タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

海外文学

【書評】ヨハンナ・シュピリ「ヨハンナ・シュピリ初期作品集」(夏目書房新社)-「アルプスの少女ハイジ」原作者のデビュー作を含む初期の作品集

ヨハンナ・シュピリという作家をご存知だろうか。 ヨハンナ・シュピリ初期作品集 作家の名前は知らなくても、彼女の作品にはなじみがあると思う。 「アルプスの少女ハイジ」だ。私の年代だと、小説作品というよりは、テレビアニメの方がなじみ深い。最近では…

【書評】カレン・ラッセル「レモン畑の吸血鬼」(河出書房新社)-著者はよく「どうしてこんなアイディアを思いつくのか」と聞かれるらしい。聞きたくなる気持ちがよくわかる

吸血鬼って、どういうイメージだろう? レモン畑の吸血鬼 作者: カレン・ラッセル,松田青子 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2016/01/26 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (5件) を見る 永遠の命を有し、美女の生き血をすすり、太陽の光を嫌い…

【イベント】第二回日本翻訳大賞授賞式に参加してきました

さる4月24日(日)に、第二回日本翻訳大賞の授賞式が日比谷図書文化館コンベンションホールにて開催された。第一回に続き、今回も参加してたので、当日の模様をレポートする。

【書評】トレヴェニアン「パールストリートのクレイジー女たち」(ホーム社)−トレヴェニアンの遺作にして自伝的小説

年末の恒例となった「このミステリーがすごい!」がスタートしたのは1988年で、その第1回めの海外ミステリー第1位になったのが、トレヴェニアン「夢果つる街」だった。それから約30年、トレヴェニアンの遺作となった自伝的小説が本書「パールストリートのク…

【書評】フェルディナント・フォン・シーラッハ「カールの降誕祭」(東京創元社)-クリスマスだからって、誰もが幸せなわけじゃない

4月なので完全に時期外れだが、フェルディナント・フォン・シーラッハ「カールの降誕祭」はクリスマスの本である。 カールの降誕祭(クリスマス) 作者: フェルディナント・フォン・シーラッハ 出版社/メーカー: 東京創元社 発売日: 2015/11/12 メディア: Ki…

【書評】キルメン・ウリベ「ムシェ 小さな英雄の物語」(白水社)ー戦争は英雄を作り、英雄を殺す。そこには人間の物語がある

本書のラストから引用する。 2010年11月28日、僕たちの娘アラネが生まれた。2011年4月24日、僕の友人アイツォル・アラマイオが亡くなった。一緒に過ごしたほとんど最後の機会となったある日、アイツォルは僕に言った。「お前は英雄の物語を書くべきだよ」「…

【書評】ヘニング・マンケル「霜の降りる前に」(東京創元社)ーヴァランダーシリーズ初読み。このシリーズは最初から読むことをオススメします

スウェーデンの作家ヘニング・マンケルによる警察小説「刑事ヴァランダーシリーズ」の日本翻訳最新刊である。実は本書が、ヴァランダーシリーズ初読み。 霜の降りる前に〈上〉 (創元推理文庫) 作者: ヘニング・マンケル,柳沢由実子 出版社/メーカー: 東京創…

【書評】パトリシア・ハイスミス「キャロル」(河出書房新社)−美しき年上の女性キャロルに魅せられた18歳の無垢な少女テレーズ。禁断の関係が生み出す美しき愛の形

このレビューを書いているのは、2016年2月29日であり、第88回アカデミー賞の授賞式が、ハリウッドで開催される日である。 www.wowow.co.jp パトリシア・ハイスミス「キャロル」を原作とした映画「キャロル」を映画館で鑑賞してきた。キャロルを演じるのは、2…

【書評】都甲幸治他「きっとあなたは、あの本が好き。~連想でつながる読書ガイド」(立東舎)-大好きな本について語り合うことの楽しさ

今、読書会がちょっとしたブームになっているらしい。本が大好きな人たちが集まって、ひとつの本について語り合ったり、テーマにそって話し合ったりするのだそうだ。うん、それは楽しそう。 オフラインでの読書会に限らず、ツイッター上でのやりとりや、「読…

【書評】オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」(光文社古典新訳文庫)-大量生産・大量消費・フリーセックス。発展の先に待ち受けるディストピア

『すばらしい新世界』の基本的なテーマとなっているのは故人と社会の軋轢で、そこに大量生産・大量消費を中心とする社会の興隆と優生学の不気味な発達を背景に、科学と政治が結びついた場合の危険性、特に官僚組織がそこに関わった場合の危険性が描かれてい…

【書評】ニコラス・ブレイク「野獣死すべし」(早川書房)−息子を亡くした父親の復讐劇。構成の妙が冴える古典ミステリーの傑作

誰かを殺したいと考えたことがあるだろうか? 野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫 17-1) 作者: ニコラス・ブレイク,永井淳 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 1976/01 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 12回 この商品を含むブログ (11件) を見る 野獣…

オ・ジョンヒ「鳥」(段々社)-訳ありな人たちが暮らす長屋は姉弟にとっての鳥籠。自由であるかのように見えて囚われている小鳥たち

オ・ジョンヒ「鳥」は、11歳の姉・宇美(ウミ)と9歳の弟・宇一(ウイル)の物語。姉・宇美の視点で語られる。 鳥 (“アジア文学館”シリーズ) 作者: オジョンヒ,文茶影 出版社/メーカー: 段々社 発売日: 2015/11 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る…

イアン・マキューアン「未成年」(新潮社)-信仰という危うさを抱えた少年と家庭という危うさを抱えた女性裁判官の危うく静かな関係

世の中には、様々な宗教があり、それぞれに強い信仰心を有する信者がある。ときに、それは過激な方向に進み、悲劇を生み出すことがある。一方で、信仰がその人の心を平穏をもたらすこともある。 未成年 (新潮クレスト・ブックス) 作者: イアンマキューアン,I…

ピエール・ルメートル「悲しみのイレーヌ」(文春文庫)-戦慄の猟奇連続殺人の残酷さが、ラストに待ち受ける衝撃を助長させる。はっきりいって、かなりのイヤミス

2014年の翻訳ミステリーは、1冊の本が話題と評価を独占した。ピエール・ルメートル「その女アレックス」である。 「その女アレックス」は、パリ警視庁犯罪捜査部の警部であるカミーユ・ヴェルーヴェンが活躍する作品だが、そのカミーユ・ヴェルーヴェン警部…

セサル・アイラ「文学会議」(新潮社クレスト・ブックス)-1回読んだだけじゃ理解できないから、2回以上読むのがオススメです

2015年の読み納めで、セサル・アイラ「わたしの物語」を読んだ際に、「2016年の読み初めには、アイラの『文学会議』を読もう」と宣言したとおり、2016年のレビュー第1号は、セサル・アイラ「文学会議」です。 文学会議 (新潮クレスト・ブックス) 作者: セサ…

読み進めていく中で、私はこの不思議な感覚に翻弄され、そして魅せられていった-セサル・アイラ「わたしの物語〈創造するラテンアメリカ2〉」(松籟社)

ガルシア・マルケスやバルガス・リョサなど、南米の作家の小説は面白い。 「マジック・リアリズム」と称されるその世界観は、読み手を翻弄し、困惑させる。時間軸、空間軸が歪み、ストーリーは展開しつつ崩壊していく。 わたしの物語 (創造するラテンアメリ…

母国語とは違う言葉で表現をするということ-ジュンパ・ラヒリ「べつの言葉で」

私は、日本で生まれて日本で育ってきた。《日本人》であることが自らのアイデンティティである。 日本人として育ってきた中で、日本語を母語としてきた私は、恥ずかしながら英語をはじめとする他国の言語を話すことができない。日本語で話し、日本語で考える…

《人形遣い》と呼ばれる猟奇殺人犯を追い詰める孤高の事件分析官-ライナー・レフラー「人形遣い~事件分析官アーベル&クリスト」

小説の中でしか起こらない(起こってほしくない)犯罪がある。例えば、猟奇的な殺人事件などは、現実に起きてほしくないタイプの犯罪の代表で、ミステリー小説の中であれば許される(いや、犯罪としては許されないよ、当たり前だけど)題材であろう。 人形遣…

飛行機事故で生き残った奇跡の子供を巡る謎。18年目に明かされる真実-ミシェル・ビュッシ「彼女のいない飛行機」

最近は、北欧ミステリ、ドイツミステリなど、英米以外のヨーロッパ諸国から発信されるミステリに魅力的な作品があって、注目されている。例えば、昨年(2014年)の翻訳ミステリでは、ピエール・ルメートル「その女、アレックス」があらゆるランキングを総ナ…

なんだかアメリカらしい小説だなぁ、という感想です-ドルトン・フュアリー「極秘偵察」

元アメリカ陸軍特殊部隊デルタ・フォース指揮官という経歴をもつ著者による戦場アクション冒険小説。いや、もう、なんというか、その、実にアメリカらしい小説である。 極秘偵察 作者: ドルトンフュアリー 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2014/09/30 メ…

《グレイマン》と呼ばれる冷酷無比な殺し屋は少女との約束を守るために苦難の道をひた走る-マーク・グリーニー「暗殺者グレイマン」

冒険アクション小説には、あまり積極的には関わってこなかった。あまり暴力的なことは好きではないという理由もあるが、これまでに冒険アクション小説であまり面白い作品に巡りあってこなかったというのもある。どうも、波長があっていないのかもしれない。 …

まるで翻訳小説を読んでいるような作品。日本の若手作家がここまで第二次大戦時のヨーロッパ戦争を描けるのかという驚きと期待-深緑野分「戦場のコックたち」

本書は、著者名を伏せて読んだら、海外文学の翻訳書と思い込んでしまうかもしれない。本書に描かれる第二次世界大戦のヨーロッパ戦線における苛烈な戦場の描写は、アメリカかイギリス出身のベテラン作家の手によるものと言われても納得してしまうほどにリア…

いつだって、戦争の犠牲になるのは無垢な子供たちなのだ-スヴェトラーナ・アクレシエーヴィチ「ボタン穴から見た戦争~白ロシアの子供たちの証言」

日本人の私からすると、第二次世界大戦におけるソヴィエトというのは、終戦間際になって突然日本への宣戦を布告して満州国などに攻め込み、多数の日本人捕虜をシベリアに抑留して強制労働につかせた国であり、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏した後も樺太や…

脚本執筆に行き詰まった作家は、誰かの話を聞くことでひとつの映画を完成させた-ミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」

ミランダ・ジュライは、映画監督であり、脚本家であり、女優であり、アーティストであり、作家である。最近では、スマホアプリを手掛けていて、「somebody」というちょっと風変わりなコミュニケーションアプリを手がけている。 wired.jp SOMEBODY - MIU MIU …

ひとつひとつの作品が、どれも強く心に刺さる。これは、私の中で間違いなく今年のマイ・ベストにラインナップされる1冊となる-ケン・リュウ「紙の動物園」

たったひとつの言葉、たったひとつの文章、たったひとつの物語が、読んでいて深く胸に刺さる小説がある。 ケン・リュウ「紙の動物園」は、間違いなく読者に深く強い印象を残す小説だ。 紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) 作者: ケン・リュウ,古沢嘉通,…

2015年ノーベル文学賞作家が綴るチェルノブイリ原発事故で人生を翻弄された無辜の人々の証言−スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り~未来の物語」

今年(2015年)のノーベル文学賞は、ベラルーシのドキュメンタリー作家・スベトラーナ・アレクシエービッチに決まった。ジャーナリストとしてのノーベル文学賞受賞も、ベラルーシ人としての受賞もはじめてのことである。 不勉強なもので、スベトラーナ・アレ…

足が動かねぇ? 物忘れがひでぇ? それがどうした、四の五の言ってると俺のマグナムが黙ってねぇぜ!−ダニエル・フリードマン「もう過去はいらない」

誰しも、「寄る年波には勝てない」はずである。身体はガタつき、歩くこともままならなくなり、物忘れもひどくなっていく。家族に先立たれることもあるだろうし、古くからの旧友たちも櫛の歯が欠けるようにひとりひとり減っていく。 もう過去はいらない (創元…

人間の暴力性を生々しく描くことで生み出される企みに満ちた世界観-アンソニー・バージェス「時計じかけのオレンジ」

アンソニー・バージェス「時計じかけのオレンジ」は、1962年にイギリスで発表された作品である。だが、小説としてよりは、1972年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の映画の方が印象に深いかもしれない。 時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi…

いつになっても忘れない。遠い子供の頃に体験した様々な思い出たち-リュドミラ・ウリツカヤ「子供時代」

今となっては遠い過去の話だが、時折ふと心に浮かぶ情景というものがある。それは、幼い子供の心に深く刻まれた思い出という宝物だ。 子供時代 (新潮クレスト・ブックス) 作者: リュドミラウリツカヤ,ウラジーミルリュバロフ,沼野恭子 出版社/メーカー: 新潮…

現場を見ずして論理的に推理を組み上げて真相にたどり着く。安楽椅子探偵の醍醐味-ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」

ミステリー小説における私立探偵像を確立したのが、コナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズであることは間違いないことだと思う。 シャーロック・ホームズは、依頼人に対していきなり本人以外にはわからないはずの事実を突きつける“かまし”のテク…