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【書評】ヨハンナ・シュピリ「ヨハンナ・シュピリ初期作品集」(夏目書房新社)-「アルプスの少女ハイジ」原作者のデビュー作を含む初期の作品集

ヨハンナ・シュピリという作家をご存知だろうか。

ヨハンナ・シュピリ初期作品集

ヨハンナ・シュピリ初期作品集

 作家の名前は知らなくても、彼女の作品にはなじみがあると思う。

アルプスの少女ハイジ」だ。私の年代だと、小説作品というよりは、テレビアニメの方がなじみ深い。最近では、某家庭教師派遣会社のテレビCMに採用されているので、若い人でも知っているだろう。

ヨハンナ・シュピリ初期短編集」は、彼女のデビュー作「フローニの墓に一言」をはじめとする初期の短編5編が収録されている。

5編の短編に共通するのは、ヨハンナ・シュピリが信仰していたキリスト教(彼女はプロテスタントである)の教えである。訳者による前書きや解説によれば、そもそもシュピリが「フローニの墓に一言」を執筆したきっかけは、「堅信礼」と呼ばれる信仰を確認する儀式のプレゼント用として教会新聞の編集者に依頼されたからだ。

キリスト教になじみのない私をはじめとする面々には、「堅信礼」なるものがなんなのかは知らないのだが、確認した限りでは、生まれてすぐに洗礼を受けたこどもが成長しある程度の年齢(16歳くらい)になったところで行われる信仰確認の儀式なのだという。

その堅信礼のために書かれた作品であるため、「フローニの墓に一言」には信仰と救いが主題となっている。

語り部である私は、9月のある日に町の郊外の病院を訪れる。看護婦は、近くの教会を指さし「あの人はもうあそこで眠っているのよ」と告げた。

あの人-フローニは教会番の娘で、私と2歳年上のフローニは友だちだった。ふたりはともに学び、遊び、そして成長する。学校を卒業したふたりは、それぞれの道へと進み、離れ離れとなる。

フローニはどうしているのだろう。私は、フローニの境遇を尋ねる。すると、彼女が結婚していて、粗暴な夫に暴力的に支配されていることを知る。私はフローニの消息を探し、彼女が病院に入っていることを知る。フローニと再会した私は、そこで彼女の不幸な生活を彼女の口から直接聞くことになる。

「フローニの墓に一言」の登場人物である私とフローニは、信仰心が厚い。夫の暴力を受けるフローニは、苦しさに耐えかね、教会に救いを求める。自分がいかに虐げられつらい日々を送っているか、フローニは教会で訴える。話を聞き終えた牧師は、彼女にこう告げる。

「フローニ、あなたの夫はあなたにひどい仕打ちをしましたね。神は彼を見付けるでしょう。彼はあなたを探していますが、あなたはあなた自身を見付けなくてはなりません。あなたの夫ではなく、あなた自身が自分から逃げなくてはなりません。そうしないと、あなたには決して自由は来ません」

牧師の言うことが理解できないフローニに、牧師はこう言う。

「あなたの夫がいる家に帰りなさい。もし彼に対する怒りがわいて来たら、手を組んで、心の中でずっと祈りなさい。私たちを誘惑に導かないでください、と。聖書をとって、日曜日に教会へ行きなさい。あなたは知らない、何に打ち勝つことができるかということを」

フローニは、牧師の言葉を理解し、救われ、日曜日に教会に通うことで自分を保つことができるようになる。その気持ちのままに、フローニはその生涯を終えるのである。

おそらく、キリスト教の信仰に縁がない現在の私たちには、フローニの考え方にはまったく共感できないかもしれない。夫からのDVを、神への信仰だけで耐え忍び、幸福を見出そうという話は、きっと受け入れ難い。

だが、この作品が書かれた当時(1800年代後半)の社会情勢は、フローニのような考え方が当たり前だったのかもしれない。

ヨハンナ・シュピリという作家の存在を今回はじめて知り、彼女の代表作が「アルプスの少女ハイジ」であると知った上で本書を読んでみたが、「ハイジ」のイメージと本書に収録されている作品のイメージのギャップに驚いた。

もっとも、私も「ハイジ」はアニメのイメージしかなく、原作を読んだわけではない。ましてや、最近はCMの影響で「ハイジ」のイメージは間違いなく原作からは逸脱しているはずだ。「フランダースの犬」でも感じたことだが、あまりに原作を逸脱して翻案してしまったアニメだけで、その世界観を定着させてしまってはいけないなと思うところである。

 

ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106))

ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106))

 
ハイジ (下) (岩波少年文庫 (107))

ハイジ (下) (岩波少年文庫 (107))