タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「パリ警視庁迷宮捜査班」ソフィー・エナフ/山本知子・川口明百美訳/早川書房-売れっ子作家、アルコール依存症、ギャンブル依存症にスピード狂、そして死神。パリ警視庁内の厄介者の寄せ集め特別班が迷宮入り事件の真実をあぶり出す

 

 

組織のはみ出し者や曲者たちで構成されたチームが、エリートたちの鼻を明かすドラマティックなストーリーは、エンターテインメントの世界ではわりと王道と言えるかもしれません。

ソフィー・エナフ「パリ警視庁迷宮捜査班」は、パリ警視庁内の曲者たちによって構成された特別班のメンバーが、押し付けられた迷宮事件から真実を探り出し、事件を解決する警察小説です。

パリ警視庁のアンヌ・カペスタン警視正は、発砲により犯人を射殺してしまったことが過剰防衛であるとして懲罰委員会から6ヶ月の停職処分を言い渡されていました。そんなカペスタンに、局長のビュロンからの呼び出しがかかります。覚悟を決めて局長室を訪れたカペスタンに、ピュロンは新たに編成される特別班のリーダーになるように命じます。特別班といえば聞こえはいいですが、その実態は、パリ警視庁内でクビにすることもできない厄介者を集めた寄せ集めの集団でした。カペスタンは、厄介者たちのリーダーとしての役割が押し付けられたのです。

特別班に集められた厄介者たちを紹介しましょう。

ジョゼ・トレズ警部補。コンビを組んだ相棒がことごとく怪我をしたり死亡したりすることから“死神”、“疫病神”と恐れられている。

ルイ=バティスト・ルブルトン警視。元はカペスタンの件も調査した監査官室に所属していたが、彼が同性愛者であったことで組織内での居場所を失う。

エヴァ・ロジエール警部。ミステリ作家、脚本家として才能を発揮し成功を収めるが、その内容が警察をネタにしたものだったため組織内では厄介者となる。

メルロ警部。調書の作成を担当する現場警察官。酒好きで有名で話しだしたらきりがなくなるほど。アルコール依存症である。

オルシーニ警部。元リヨン芸術学校でヴァイオリンを教えていた異色の経歴の持ち主。マスコミとのつながりや組織内の秘密をジャーナリストに流したがる性癖があることから上層部に煙たがられている。

エヴラール警部補。賭博対策部に所属していながらギャンブル依存症になり、カジノへの出入りを禁じられている。

ダクス警部補。サイバー犯罪専門の凄腕であったが、ボクサーでもあったためその影響でパンチドランカーとなってしまった。

ヴィッツ巡査部長。とにかく車が大好きでサイレンを鳴らして走るために警察という仕事を選んだようなところがある。ただし、その運転は極めて危険なスピード狂。ハンドルを握ると人が変わるタイプ。

カペスタンの下に集められたのは人気作家からアルコール依存症ギャンブル依存症、スピード狂、相棒がなぜか不幸に遭う死神といった曲者ばかり。この曲者たちを従えてリーダーとしてどう特別班を切り回していくかがカペスタンの任務となります。

特別班に与えられたのは、パリ警視庁内で未解決となっている迷宮入り事件の山です。カペスタンたちは、まずその山の中から捜査する事件を探し始めます。特別班が目をつけたのは、1993年に発生したヤン・ゲナンという男性が殺害された事件と2005年にマリー・ソーゼルという老婦人が自宅で押し込み強盗に殺害されたとされる事件でした。特別班のメンバーは、パリ警視庁からの協力はほとんど得られない(むしろ邪魔をされる)中、関係者への聞き込みや独自に切り開いた情報からそれぞれの事件の真相を探っていきます。そして、最後には、ふたつの事件を結びつける重要な手がかりと驚くべき真実をあぶり出すのです。

個性的なキャラクター、警察内部での対立構造、ドラマティックな展開など、「パリ警視庁迷宮捜査班」はこのまま映像化しても面白そうな作品です。読んでいて映像が頭に浮かんでくるような感覚がありました。実際にドラマ化はされていないようですが、本作はフランスで優れたミステリ小説に与えられる『アルセーヌ・ルパン賞』、テレビドラマ化に適した推理小説のための『ポラール・アン・セリー賞』を受賞していると訳者あとがきにありましたので、もしかするとフランスでは映像化されている可能性もあります。

けしてエリートではないはみ出し物の刑事たちが、それぞれの強みを活かしてエリートたちを出し抜く警察小説。かつての「太陽にほえろ!」や「西部警察」、「あぶない刑事」といった警察ドラマが好きだった人は楽しめる作品じゃないかと思います。

 

「犬は知っている」大倉崇裕/双葉社-ファシリティドッグとして入院患者の心に寄り添うピーボには、ある特別な裏の任務があった

 

 

世の中には働くワンコがたくさんいます。代表的なのは警察犬や災害救助犬盲導犬や空港の検疫で働く動植物探知犬といったところでしょうか。

本書に登場するゴールデン・レトリバーのピーボ(7歳・オス)は、ファシリティドッグとして働くワンコです。ファシリティドッグとは、病院で入院患者のケアをサポートする目的で育成されているワンコで、看護師の資格を持つハンドラーと一緒に活動します。ピーボの所属する病院は警察病院。ハンドラーは笠門達也巡査部長です。

ピーボが活動するのは主に小児病棟です。入院する子どもたちに寄り添い、治療への不安や手術への不安、入院生活の不安などを癒やす存在として、子どもたちの人気者です。

しかし、ピーボと笠門には、小児病棟でファシリティドッグとして子どもたちを癒やす他に特別な任務があります。それは、警察病院の最上階である7階の特別病棟に入院する余命わずかな囚人患者から、彼らしか知らない秘密を聞き出すという任務。ピーボに心を許した患者が話した秘密をきっかけに、笠門は事件を再捜査し、新たな真実を導き出すのです。

本書は、ピーボと笠門のコンビが特別病棟に入院する囚人患者から聞き出した秘密を元に事件の謎に迫る連作短編集です。5つの短編が収録されています。

第一話 犬に囁く
第二話 犬は知っている
第三話 犬が寄り添う
第四話 犬が見つける
最終話 犬はともだち

セラピードッグは聞いたことがありましたが、ファシリティドッグという働くワンコがいることは本書を読んで初めて知りました。作中の笠門の言葉から引用します。

「あの犬は警察犬なんですか?」
よく尋ねられる質問だった。
「違います。ピーボはファシリティドッグとしての訓練を受けた犬で、警察犬ではないんです」
「ファシリティ?」
「こうした病院で患者さんに寄り添う、つまり、恐怖や苦痛といった精神面の負担を和らげるために働いている犬の事です。セラピードッグとも、少し意味合いが違ってくるんですよ。特定の病院に常駐するための専門的な訓練も受けています。能力がないとなれないですし、患者の治療計画にも介入します」

ネットでファシリティドッグを検索すると、まだ数は少ないものの、いくつかの主に小児科病棟で導入されているようです。病院専属で働いているため、そこに入院する患者に合わせた介入計画を立てられるなどのメリットがあるとされています。

著者の大倉崇裕さんは、「福家警部補シリーズ」や「警視庁いきもの係シリーズ」など、警察を舞台にしたシリーズ作品を手掛けるミステリ作家です。福家警部補のような個性的なキャラクターを主人公とした作品は、ドラマ化もされるなど人気があります。ファシリティドッグのピーボを登場させた本作も、ピーボのハンドラーである笠門巡査部長や、彼が所属する警視庁総務部総務課の課長である須脇警視正、ピーボと笠門が捜査する事件の資料や情報を提供してくれる資料編纂室の五十嵐いづみ巡査といった個性的なキャラクターたちが登場し、いつでもテレビドラマ化できそうな作品になっています。

これまでにも、犬と人間がコンビを組んで事件に挑む作品はありましたが、その多くは警察犬と刑事のコンビがほとんどだったと思います。今回、ファシリティドッグという、まだ世間的にはそれほど浸透していない存在に着目し、ミステリとして作品にした著者のアイディアが面白いと思います。1話完結の連作短編というスタイルなので読みやすく、気楽に読めるのも良いところ。ピーボの魅力もあいまって人気シリーズとなるのではないでしょうか。次回作でのピーボと笠門巡査部長のコンビの活躍が楽しみです。

「これはちゃうか」加納愛子/河出書房新社-同世代女子の他愛もない日常から次々と駅が生えてくる架空の町まで、バラエティに富んだ6つの短編を収録する初の小説集

 

 

Aマッソというコンビの存在を最初に知ったのは、作家の大前粟生さんのイベントでした。そのイベントの中で、大前さんがAマッソのライブを見に行った話をしていて、コンビ名を知りました。ただ、そのときはAマッソが女性コンビとは思わず男性コンビだと思いこんでいて、だから存在を知ってしばらくしてから女性コンビと知って驚いたのを覚えています。私がAマッソを知った頃は、まだ「知る人ぞ知る」というコンビで、テレビで見ることもほとんどありませんでした。その後、「THE W」という女性お笑い芸人の頂点を争う大会でプロジェクションマッピングを使った斬新なネタを披露して注目を浴び、そこから一気にメディアへの進出を果たしたことはご存知のかたも多いのではないでしょうか。

「これはちゃうか」は、Aマッソのメンバーである加納愛子さんによる初の小説集です。河出書房新社の「文藝」に掲載された短編と書き下ろしを含めた6編が収録されています。

了見の餅
イトコ
最終日

ファシマーラの女
カーテンの頃

同じアパートに住む同世代女子同士の他愛もない会話や“イトコ”という存在のわからなさをバズらせたいWebライター、最終日に行列してマウントをとりたがるヤツといった日常の風景であり会話だったりを描く作品から、映画研究会で締め切り間近になると現れるという『宵』という怪奇現象、次々と駅が生えてくるファシマーラという架空の町で起きる出来事のような非現実な世界観の作品、両親の友人“にしもん”と少年との奇妙な共同生活のようなどこかほっこりしてしまうような作品まで、6つの短編はひとつひとつが個性的で、バラエティ豊かな作品たちだと感じました。

加納さんは、Aマッソのネタ作りを担当していて、漫才やコントの台本を書いています。本書に収録されている6つの短編も、Aマッソの漫才での掛け合いだったり、しっかり作り込まれたコントとして演じられている場面を想像しながら読んでみても面白いのではないかと思います。

ところで、本書のタイトルは「これはちゃうか」ですが、表題作となる短編は6つの中にはありません。このタイトルはなぜつけられたのでしょう。ネットで検索してみたら、朝日新聞「好書好日」2022年12月3日発信の刊行記念インタビューの中で、「タイトルにはどんな思いを込めましたか」という問いに加納さんはこう答えていました。

book.asahi.com

いやぁ~、「初小説集」とか、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。ちょっと、そんなやめてな、じっくり評価とかせんといてな、っていう。1回出して、「これは……ちゃうか」ってすぐ引っ込められる感じで。私の生き方のせこさが凝縮されたタイトルです(笑)。

タイトルは「生き方のせこさが凝縮されたタイトル」とのことですが、収録されている作品はどれも個性的で想像力も豊か。加納愛子という作家の今の姿や今の感性が凝縮されていると思います。まだまだもっとたくさん小説を書いてほしい、読んでみたいと思いました。

 

「受験生は謎解きに向かない」ホリー・ジャクソン/服部京子訳/東京創元社-〈向かない3部作〉シリーズの前日譚。まだ自由研究の題材を決めあぐねているピップはコナー宅で開催される犯人当てゲームに参加するが...

 

 

衝撃的な展開と意味深なラストでミステリファンの間でも賛否の渦を巻き起こした〈向かない3部作〉。その前日譚となるのが、本書「受験生は謎解きに向かない」です。

前日譚となるだけあって、シリーズの主役ピッパ(ピップ)・フィッツ=アモービはまだ『自由研究で得られる資格』のテーマを決めあぐねている段階です。彼女は、そのことに焦りを感じているようですが、彼女の友人たちはASレベルの試験を終えて開放感に浸っています。

そんな中でピップは、友人のコナー・レノルズ宅で開催される犯人当てゲームに参加することになります。コナーといえば、シリーズ第2作「優等生は探偵に向かない」で、ピップに行方不明の兄ジェイミーの捜索を依頼した人物です。彼の家で開催されるゲームなので、本作にはジェイミーも登場しますし、他にもシリーズに登場したメンバーが本作に登場します。

ピップの親友であるカーラとローレン。
ピップの同級生であるアンソニー(アント)とザック。

全部で7人の友人たちが集まってゲームは幕を開けることになります。ゲームの舞台設定は1924年。とある孤島に建つ大富豪レジナルド・レミーの館に彼の誕生日を祝うため親族が集まります。その孤島には、1日1便しかない船に乗る以外に上陸する手段はなく、次の船が来るまでは絶海の孤島となってしまう。その孤島の館で、主であるレジナルド・レミーが何者かに殺害されます。犯人は館に集まった者たちの中にいる。ロンドン警視庁の警部に扮したジェイミーが進行役となってマーダーミステリはスタートします。ピップたちは、ゲームの進行する中で与えられる手がかりをもとに殺人事件の謎を解き、犯人をつきとめるというわけです。

本作では、ゲームの設定上の殺人は発生しますが、現実に事件が起きるわけではありません。試験が終わってうわついているコナーたちとは違って、自由研究のテーマ選びに悩んでいるピップは今回のゲームの参加にはあまり乗り気ではありません。しかし、そこは持ち前の好奇心と探究心に満ち溢れたピップのこと、ゲームの中で起きたことや証言をノートにびっしりとメモをとり、ストーリーが進展していく中で次第にゲームの世界にのめり込んでいきます。そして、最後には、誰もが思いもよらない大胆な推理を展開することになります。

本書は、200ページにも満たない中編小説ですが、シリーズをすでに読んでいる読者にとっては、ピップという人物像をよくわかっているだけに、ところどころでシリーズ作品の中のエピソードや彼女の言動などを思い出して、納得したり面白がったりできると思います。

逆に、まだシリーズ作品を未読の読者は、本書から読み始めて、シリーズ第1作の「自由研究には向かない殺人」から順番にシリーズ作品を読んでいく楽しみがあると思います。本書でピップという少女の人物像を掴んでからシリーズを読むのは、知らずに読むよりも楽しめるのではないでしょうか。

シリーズ3部作の中で、本書に登場するピップとその友人たちの関係は、いくつかの事件や出来事を通じて大きく変化していきます。すでにシリーズ作品を読んだ読者にとっては、彼らがもともとは一緒にゲームを楽しむ、高校生活をエンジョイする友人同士だったことを改めて実感し、シリーズ作品の中で起きたことを今一度思い返すでしょう。シリーズ未読の読者は、本書で楽しそうに犯人当てゲームに興じる友人同士の関係が、この先どんな変化をしてしまうのかドキドキしてシリーズ作品を読むことができるでしょう。

〈向かない3部作〉シリーズの前日譚となる作品が刊行されるという話を聞いたときは、期待が半分ありつつも変に話を作ってシリーズのインパクトを削いでしまう可能性もあるのではないかと不安も感じていました。ですが、翻訳刊行された「受験生は謎解きに向かない」を読んで、不安を感じていたことを申し訳なく思いました。さすがホリー・ジャクソン。読者の期待を裏切らない作家だなと思います。

本書は、〈向かない3部作〉シリーズ作品と合わせて読むことで真価を発揮する作品です。シリーズを未読の方は本書をきっかけにシリーズの作品を読んでみてほしいなと思います。

〈向かない3部作〉レビュー ※ネタバレ注意

s-taka130922.hatenablog.com

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「水曜日は働かない」宇野常寛/ホーム社-今まで当たり前と感じていた「する」を「しない」ことで見えてくること

 

 

2019年の7月24日の、たぶん午前11時30分ごろ。僕たちは毎週水曜日に働くことを、やめた。

宇野常寛「水曜日は働かない」は、こんな書き出しで始まります。サラリーマンとして働いている身からすると、毎週水曜日を休みにするのは、できたらいいなとは思いますが現実的には難しいことです。

本書は、社会批評家として様々なメディアで活動し、多数の著書もある著者によるエッセイ集になります。エッセイ集なので、宇野さんの日常や身の回りのこと、人間関係などを題材にして軽い読み心地となっています。ところどころに批評家としての視点が含まれていて、「フムフム、なるほど」と考えさせられるエッセイ集です。

「働くこと」だったり、職場の上司や同僚、仕事に関係する方々との「酒の席」や「飲みニケーション」といった、これまでなんとなく常識的にやってきた「する」を「しない」に変えることで、新しい世界や幸せが見えてくる。そういう視点で書かれたエッセイには、すごく共感するというか、羨望の気持ちで読みました。

例えば、本書のタイトルにもなっている「水曜日は働かない」は、もともと夜型の生活スタイルだった宇野さんと相棒T氏が、T氏がパリに移り住んだことをきっかけに宇野さんが「業界」から距離を置くようになり、生活も夜型から朝型に切り替え、ランニングをするようになり、帰国したT氏と4年ぶりに再会してみると宇野さんと同様にT氏も朝型の人間に変わっていた。生活スタイルの変わったもの同士のふたりは、毎週水曜日の朝に集まって一緒にランニングをする仲になり、T氏から「水曜日は働かないことにしているんですよ」と告げられるという、ざっくり書いてしまうとそういう話です。T氏の話を受けて宇野さんはこう記します。

水曜日は働かないことによって1年365日、ありとあらゆる日が休日に隣接することになる。路上でストロングゼロを開けながら、T氏は述べた。オールフリーを開けながら、僕は思った。もしかしたらあのNPCたちも、水曜日に働くことをやめられたら世界の見え方が、もっと変わるかもしれない、と。

NPCとは、ドラクエなどのRPGに登場するキャラクターです。主人公に話しかけられるといつも同じセリフを返してくるキャラクター。毎日決まった時間にオフィスに出勤し、決まった仕事をし、時間が来れば家に帰る。決まった生活パターンで日々を過ごす私のようなサラリーマンは、ゲーム中のNPCのような存在なのかもしれません。

NPCであることが悪であるという意味ではありません。見方を変えれば、宇野さんやT氏のような人の方がNPCのような存在になるかもしれません。月曜から金曜まで働いて土日に休むという生活スタイルも、夜遅くまで残業して同僚と酒を飲んで上司や取引先の愚痴を吐いてストレスを発散するという生活スタイルも、何も間違ってはいないですし、すべて正しいというわけでもないと思います。それぞれの生活スタイルも客観的に見ればNPCのように画一的なパターンで動いているように見えるということです。

「水曜日は働かない」というエッセイが、自分の中にスッと入り込んできたのは、コロナによる生活スタイルの変化も影響していると思います。2020年に世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナは、私の生活スタイルに大変化をもたらしました。緊急事態宣言による外出自粛から仕事は完全テレワークへと移行しました。2020年4月以降、現在(2024年2月)に至るまでの4年間で私がオフィスに出社した回数は10回にも満たない状況です。ほぼコロナ前の日常に戻った2023年以降も会社はテレワーク主体のワークスタイルを継続し、私も今ではオフィスに出社して仕事をすることに抵抗感があるほどになっています。

こうした生活スタイルの変化に直面した状況で読んだから、「水曜日は働かない」が自分の中でスッと腑に落ちたように感じられたのかなと思っています。

「水曜日は働かない」というエッセイ1編だけで長々と書いてしまいました。本書には、このように当たり前にしていることを客観的な視点で観察し、そこから変化させることで違う世界が見えてくるのだということを書いたエッセイが他にも多数収録されています。「僕たちに酒は必要ない」では、「酒の席」や「飲みニケーション」という昔ながらのサラリーマンには当たり前のように存在したコミュニケーションスタイルをなくすことで見えてくる世界があります。

自分の生活や働き方、他者とのコミュニケーションの取り方、様々なコミュニティとの繋がり方など、いろいろな側面で当たり前のようにあるものや当たり前のようにしていることを、ないもの、しないものとしたときに、自分にどのような変化がもたらされるのか、どのような影響があるのか、本書に収録されたエッセイを読んで想像してみるのがよいかもしれません。

「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」シオドラ・ゴス/鈴木潤訳/早川書房-偉大なる大英帝国を復活させ、世界征服を目論むモリアーティ教授。2000年の眠りから目覚めたエジプトの女王テラ。〈アテナ・クラブ〉はその野望を打ち砕くことができるのか?

 

 

メアリ・ジキル、ダイアナ・ハイド、キャサリン・モロー、ベアトリーチェ・ラパチーニ、ジュスティーヌ・フランケンシュタイン、そしてルシンダ・ヴァン・ヘルシング。6人のモンスター娘たちが結成した〈アテナ・クラブ〉の冒険を描く「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズもいよいよ最終巻となります。前作「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」のラスト、ブダペストに滞在するメアリたちにロンドンのミセス・プールから届いた電報は、アリスが何者かにさらわれたという衝撃の知らせでした。アリスを救出するためにメアリたちはロンドンへと戻ることになります。

アリスをさらったのは、シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授でした。そして、シリーズ第1巻「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」で、ダイアナが預けられていた(事実上閉じ込めていた)聖マグダレン協会の院長だったミセス・レイモンドが彼の協力者でした。ミセス・レイモンドは、実は強力な催眠術を操る能力を持っているのです。そして、驚くべきことにアリスは、ミセス・レイモンドの娘リディアなのです。アリスの能力は母から受け継いだものでした。アリスもミセス・レイモンドも、メアリたちと同じモンスターなのです。

なんとなんと、ここにきてシャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授までもが、このシリーズのキャラクターとして登場してきました。オリジナルでは、ライヘンバッハの滝で死んだはずのモリアーティ教授ですが、実は生き延びて、こうして自らの野望を叶えるべくロンドンに舞い戻ってきたのです。さあ、話の風呂敷がどんどん広げられていきます。

モリアーティ教授の野望、それは栄光ある大英帝国復権。偉大なるイングランドを取り戻すべく、彼は〈黄金の夜明け団〉を組織します。また何やら新しい組織が出てきましたよ。彼らは、その野望を実現するためにある壮大な計画を練っていました。その計画の実現には、アリスの能力が必要だったのです。モリアーティ教授の野望を知ったアリスは、彼らに協力するふりをして脱出の機会を伺います。そんな中、屋敷の一室にホームズが監禁されているのを発見します。

偉大なる大英帝国を取り戻す。そのためにエジプトの女王テラを蘇らせる。それがモリアーティ教授が組織する〈黄金の夜明け団〉の計画でした。蘇ったテラの力と、ミセス・レイモンド、アリスの力を利用して、大英帝国の威信を取り戻し、世界を征服するのです。でました、世界征服!

モリアーティ教授が生きていること。彼とミセス・レイモンドがアリスをさらった犯人であること。彼らがアリスの能力を悪用して何やら壮大な悪事を企てようとしていること。アリスの監禁されている場所を知ったメアリたちは、ベイカー街遊撃隊の少年たちの力も借りてアリス奪還に向かいますが、ミセス・レイモンドの能力によってあっさり捕まってしまいます。そして、モリアーティ教授たちの計画実行の場に立ち会うことに。そこには、ホームズの姿もありました。彼は、モリアーティ教授の計画の中で生贄として捧げられるのです。メアリたちの前で行われる女王テラの復活の儀式。そこで起きる衝撃の展開。メアリたちの運命はどうなるのか。

迫力のクライマックス!そして衝撃のラスト!と言いたいところですが、なんとここまでで物語はまだ道半ば。後半はブダペストから帰還したキャサリンベアトリーチェ、シュタイアーマルクの古城でカーミラから吸血鬼としての生き方を学んでいたルシンダ、そして〈錬金術師協会〉の会長アッシャも合流して、蘇った女王テラ、ミセス・レイモンド、ミス・トレローニーたちの野望を打ち砕き、シャーロック・ホームズとアリスを救出するためにコーンウォールでの決戦へと突き進んでいくのです。

それにしても次から次へと登場するキャラクターたちの豪華なこと。19世紀から20世紀初頭に書かれて21世紀の現在でも世界中で読まれている数多のミステリーやホラー、SF小説のキャラクターたちがこれでもかと登場して物語を盛り上げていきます。前作のレビューでも書いたように、私は本シリーズに登場するキャラクターたちが登場するオリジナルの作品は「シャーロック・ホームズ」シリーズくらいしかちゃんと読んだことがないので、このキャラはオリジナルではどういうキャラなのだろうと思いながら読んでいたのですが、オリジナルを知らなくても本シリーズは全然楽しめるので気にする必要はありません。それでも、気になるという方は、ファンタジイ研究家の中野善夫さんによる解説に詳しいので読んでみてください。

「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズは、本書をもって完結となりますが、〈アテナ・クラブ〉の活躍はまだまだ続いていきそうです。メアリたちの次なる新たな冒険が、また私たちの前に登場することを期待したいと思います。

 

「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」シオドラ・ゴス/原島文世訳/早川書房-ルシンダを救出しブダペストへ向かうメアリたちを待ち受ける試練。〈アテナ・クラブ〉はヴァン・ヘルシング教授の野望を阻止できるのか?

 

 

「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズ第2弾となる「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行」。前編となるウィーン編では、ヴァン・ヘルシング教授によりマリア=テレジア・クランケンハウスに監禁されていたルシンダを救出したメアリたち。後編となる本書ブダペスト編では、アイリーンが手配してくれた馬車でブダペストへ向かうことになります。

さあ、物語も後半に突入して、いよいよメアリたちは〈錬金術師協会〉の本部があるブダペストを目指すことになります。ですが、その途中で彼女たちを待ち受けていたのは、前作「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」で、殺人事件の容疑者として逮捕されたはずのハイド氏の罠でした。メアリ、ダイアナ、ジュスティーヌ、ルシンダは、ハイド氏の策略により彼の隠れ家へと拉致されてしまいます。ハイド氏の目的は、ルシンダの血。彼は、ルシンダの血を使って何かを企んでいる様子です。

メアリたちがブダペストを目指し、ハイド氏の手中に落ちる頃、キャサリンベアトリーチェは、〈驚異と歓喜のサーカス〉一座とともにウィーンに到着します。そして、アイリーンからブダペストに向かったはずのメアリたちが行方不明になっていると聞かされ、アイリーンの手配したチケットでオリエント急行に乗り込んでブダペストに向かうことになります。同じ列車には、ヴァン・ヘルシング教授たちも乗っていました。キャサリンは、彼らが〈錬金術師協会〉の会合で計画していることを盗み聞きします。

ハイド氏によってシュタイアーマルクの古城に囚われてしまったメアリたちですが、ある人物の登場により脱出に成功します。その人物とはカーミラ・カルンスタイン。彼女は、メアリにルシンダの手紙を寄越した元家庭教師ミナ・マリーに頼まれて、メアリたちを救いにきたのです。古城の城壁をまるでトカゲのように登り降りする謎めいた人物。そう、「吸血鬼カーミラ」のカーミラです。ヴァン・ヘルシングが登場するのですから、その対抗にいる吸血鬼が登場するのも当然でしょう。メアリたちがブダペストに到着してキャサリンたちと合流し、〈アテナ・クラブ〉のメンバーが集結したところは、伯爵(ヴラディーミル・アールバード・イシュトヴァーン)の館でした。

もう登場人物が膨らみすぎて誰が誰やらよくわからなくなってきます。なにしろ登場人物のほぼ全員が、それぞれにオリジナル作品の登場人物なのです。しかししかし、オリジナルはオリジナル、本作は本作と割り切って読まないと人物の相関関係やらなんやらが頭の中でゴチャゴチャしてしまいます。幸い(と言っていいのかわかりませんが)、私は「シャーロック・ホームズ」以外のオリジナル作品は、あらすじは知っていますがほとんど未読でしたので、「オリジナルではこの人物とこの人物は役割が違っていたな」とか「この人物はオリジナルでは悪役だけどこっちでは正義の側になっているんだな」みたいなことを考えずに済んで、楽しく読めたと言えるかもしれません。もちろん、オリジナルを知っている人が読めば、それはそれで楽しめるのだろうと思います。

ブダペストで合流した〈アテナ・クラブ〉のメンバーは、伯爵やミナ、カーミラとともに〈錬金術師協会〉でのヴァン・ヘルシングたちの計画を阻止すべく動き出します。協会本部に潜入し、ヴァン・ヘルシングの計画に介入する機会をうかがい実行します。人々が入り乱れパニックとなる会場。混乱を制し、ヴァン・ヘルシングの野望は打ち砕かれるのか。それを成し遂げるのは〈アテナ・クラブ〉のメンバーなのか、それとも別の力なのか。これまで想像もしなかった驚くべき展開へと突き進み、「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズ第2弾は幕を下ろすことになります。

しかし、メアリたちの冒険はまだまだ終わりではありません。本作のラスト。〈錬金術師協会〉の記録保管所で自分たちの父が行ってきた実験について資料を調査していたメアリたちのもとへロンドンのミセス・プールからの電報がもたらされます。そこには、アリスがさらわれたとの知らせがありました。アリスは、前編「ウィーン編」でキャサリンヴァン・ヘルシングたちの動向を探っていたときに、催眠術の能力を持っていることがわかったのです。アリスがさらわれたのは、彼女の能力と関係があるのでしょうか。

こうして、メアリ、ジュスティーヌ、ダイアナはアリスとシャーロック・ホームズを探すためロンドンに戻ることになります。メアリたちは、アリスとホームズの行方を探し出して救出することができるのか。アリスの正体とは。アリスをさらったのは誰なのか。そして、ダイアナは伯爵の子犬をロンドンに連れ帰ることができるのか(「どういうこと?」と思ったら本書をチェック!)。

キャサリン こうした疑問すべて、そしてそのほかのことへの解答も、アテナ・クラブの冒険シリーズの第3巻であきらかになります。(以下略)

ということで、シリーズ第3巻にして最終巻となる「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」に乞うご期待!