タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ブロード街の12日間」デボラ・ホプキンソン/千葉茂樹訳/あすなろ書房-1854年にイギリスのブロード街で起きた実話を元にした作品。『青い恐怖』に襲われたブロード街を救うためイール少年は奔走する。

 

 

巻末の「著者の覚え書き」の冒頭「執筆のきっかけ」にこう記されている。

数年前、わたしはスティーブン・ジョンソン著の『The Ghost Map』と出会いました。スノウ博士と1854年(注:書籍記載は漢数字)に起こったブロード街でのコレラ大発生のことを語ったノンフィクションです。本作はこの本から受けたインスピレーションを元に書き上げたものです。

デボラ・ホプキンソン「ブロード街の12日間」は、ブロード街を中心に起きた謎の『青い恐怖』(=コレラ)から街の人々を救おうとスノウ博士の調査活動を懸命にサポートする少年イールの視点で描かれる12日間の物語だ。

主人公の少年イールは両親を亡くしていて、弟のヘンリーのために泥さらいやライオンビール醸造所、仕立て屋のグリッグスさん、スノウ博士の手伝いをしてお金を稼いでいる。フィッシュアイという男から身を隠すように暮らしていて、自分はもう死んだと思わせるようにしていたが、どうやら感づかれてしまったらしい。

物語はイールの語り(ぼく)で進んでいく。始まりは1854年8月28日月曜日。その日イールは、泥さらい仲間の親指ジェイクからフィッシュアイが自分をさがしていることを聞く。悪いことは重なり、ライオン醸造所では一緒に働いているオーナーの甥っ子ハグジーの策略で盗みの疑いをかけられてしまう。イールが持っていたお金は、仕立て屋のグリッグスさんの手伝いやスノウ博士の実験動物の世話をしてもらった報酬だ。自分の無実を証明してもらうため、イールはブリッグスさんの店へ向かうのだが……

ぼくは目の前の光景に息もできず、なにも考えられず、なにが起こっているのか理解もできないまま、すごく長く感じる一分ほどを、凍りついたように突っ立っていた。

イールが見たもの、それはもがき苦しむグリッグスさんの姿だった。恐ろしいほどの勢いで体を何度も「く」の字に折って苦しみ、吐瀉物にまみれるグリッグスさん。彼の症状はまさに『青い恐怖』すなわちコレラによるものだった。

ブロード街でのコレラ感染はまたたく間に広がっていく。イールは、スノウ博士ならブロード街の人たちを救えると信じて彼の家を訪ねる。スノウ博士は彼の話を聞き、ブロード街で大発生しているコレラの原因を突き止めるための調査を開始する。それは、イールが期待していたものではなかったが。スノウ博士の調査がブロード街でこれ以上の犠牲者を出さないために必要と信じ、博士の助手として奔走する。

現在、コレラコレラ菌に汚染された食べ物や飲み物を口にすることで感染する感染症であることが知られている。だが、1854年にブロード街でコレラが大発生した当時、人々はこの病気が悪い空気『瘴気』によるものだと信じていた。スノウ博士は、コレラが細菌によって汚染された井戸水を飲んだためということを、はじめて疫学調査によって証明した人物とされている。「ブロード街の12日間」は、現実に起きた大規模なコレラの集団感染と、その調査にあたったスノウ博士の実話に、イールやフィッシュアイ、親指ジェイクといった架空の人物をキャスティングして描き出した小説なのだ。

2020年は、新型コロナウィルスのパンデミックにより世界中がパニックとなった。それは、2021年になったいまも続いている。新型コロナの影響は文学の世界にも影響を与えた。ジョゼ・サラマーゴ「白い闇」、カレル・チャペック「白い病」といった未知の感染症パンデミックの恐怖、その中で露呈していく人々の心の闇を描いた小説が刊行され、カミュ「ペスト」、ボッカチオ「デカメロン」が読まれた。

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「ブロード街の12日間」も、感染症の恐怖を描く点では、それらの作品と通じている。ただ、「白の闇」や「白い病」と比べると、まだ希望や救いの要素が強く、危険を顧みずにブロード街の人々のために奔走するイールの姿からは、思わず応援したくなるような懸命さが伝わってくる。スノウ博士が仮定したブロード街の井戸水からの感染を証明する決定的な証言を得るために、イールはひとりハムステッドへ向かう。この証言があれば、ブロード街のみんなを救えるのだ。だが、イールはそこでフィッシュアイに捕まり、絶体絶命のピンチに陥ってしまう。イールは、フィッシュアイから逃れ、スノウ博士のもとへ重要な証言を届けられるのか。そして、ブロード街の人たちを救えるのか。さらにイール自身の生い立ちについても、ラストには驚くような事実が明かされる。

『はじめての海外文学vol.6』で翻訳家の向井和美さんが推薦している作品。新型コロナのパンデミックの中、感染症の恐怖を描いた作品に興味はあるが、つらい気持ちになりそうで読めないという方には、この本をオススメしたい。

「キャラメル色のわたし」シャロン・M・ドレイパー/横山和江訳/鈴木出版-繰り返し読むことでいろいろなことを気づかせてくれる作品

 

 

2020年が“激動の年”であったと、後年に歴史的に語られるとすれば、その激動のひとつは“Black Lives Matter”(BLM)となるだろう。これまでも、黒人差別に対する抗議活動は活発に行われてきたが、2020年は、5月に起きた『ジョージ・フロイド事件』をきっかけに大きなうねりとなった。

「キャラメル色のわたし」は、一見BLMとは関わりがないようにも思える。しかし、帯にも引用されている訳者あとがきにあるように、本書の根底には黒人差別の問題が紛れもなく存在している。

本書の主人公はイザベラという少女。物語は彼女が語り手(わたし)となる。イザベラは、ピアノを弾くことが大好きな女の子だ。黒人のパパと白人のママの間に生まれた。だから『キャラメル色のわたし』なのだ。

イザベラの境遇を複雑にしているのは、彼女の肌の色ばかりではない。彼女の両親が離婚して、彼女に対する共同親権を有していることが、彼女の生活環境をより複雑でつらいものにしている。

イザベラは、離婚した両親の間で、一週間ごとに双方の家庭で過ごすことになっている。パパの家で一週間暮らしたら、次の週はママの家で一週間を過ごす。その繰り返し。だから、イザベラは日曜日がきらいだ。なぜなら、日曜日はモールを待ち合わせ場所として、パパからママ、ママからパパにイザベラが引き渡される日だから。

この共同親権で週ごとに子どもが離婚した両親の家を行ったり来たりして生活するという制度は、日本には存在しない制度だと思う。もしかすると別れた両親の間での個人的な取り決めとして、そういう生活スタイルをとっているケースもあるかもしれないが、別れたふたりの間で振り回される子どもの負担を考えれば、安易に選べるスタイルではないだろう。なぜなら、この生活環境では、大人の都合ばかりが優先されて、子どもにはなんの権利も与えられないから。パパもママも大好きで、家族で仲良くしたいという気持ちを誰も考えてくれないから。

物語の大半は、イザベラが精神的負担を感じながらも、両親それぞれの家で明るく振る舞おうとする姿が描かれる。彼女の心の内にどのような苦悩や葛藤があるかは察するに余りあるが、ピアノを弾くことが彼女を気持ちを落ち着かせ、救ってくれている。

冒頭で、本書がBLMのうねりについて言及し、その一方で本書が一見するとBLMとは結びつかない印象を受けるかもしれないことに言及した。確かに、要所要所のエピソードでイザベラや家族、友だちが差別的な扱いを受ける場面はあるが、その部分がことさらに強調されているような印象を私は感じなかった。それは、イザベラが置かれた特殊な境遇であったり、その環境の中で明るく振る舞うイザベラの姿が自然に描かれているからだと思う。そもそも、私自身がそういう視点から本書を読んでいなかったということもあるかもしれない。

だが、イザベラがダレンの車で会場に向かう途中に起きる“ある事件”が、それまでほとんど感じさせなかった黒人差別の問題を一気に浮き彫りにする。それは、BLM運動のうねりを生み出すきっかけとなった5月の『ジョージ・フロイド事件』や過去に起きた同種の事件を私たちに思い起こさせ、アメリカに脈々と続いている黒人差別問題の根深さを印象づける。

読み終わってからしばらく(というかかなり)時間を経て、私はいまこのレビューを書いている。あらためて、読んでいたときに印をしておいた箇所を確認しながら全体を流して再読してみて、本書が複雑で深刻な問題を扱っていることに気づかされた。最初に読んだときにはそこまでとは感じられなかったことも、繰り返して読むことで少しずつわかってくることがある。「キャラメル色のわたし」は、繰り返して読むことで少しずついろいろなことを気づかせてくれる作品だと思う。

「恋する少年十字軍」早助よう子/河出書房新社-自然な唐突感と多彩な世界観。それが早助作品の魅力です。

 

 

昨年(2019年)「ジョン」(私家版)で名だたる作家、翻訳家、書店員、読者から熱烈歓迎された早助よう子さんの新刊が9月に河出書房新社から刊行された。それが本書「恋する少年十字軍」である。

本書には、表題作を含め7篇の短編とあとがき「中篇がわからない」が収録されている。

少女神曰く、「家の中には何かある」
恋する少年十字軍
犬猛る
ポイントカード
帰巣本能
非行少女モニカ
二つの幸運

「少女神曰く、「家の中には何かある」」と「二つの幸運」が書き下ろしで、その他は「文藝」や「文學界」に掲載されたものと、2020年に開催された『本屋博』内のイベント『早助よう子作品の魅力を語る』の参加者特典として配布された「帰巣本能」が収録されているのも嬉しいところだ。

早助作品を読んで思うのは、時間の流れの自然な唐突さだ。表題作になっている「恋する少年十字軍」で説明してみたい。

「恋する少年十字軍」では、主人公の“あなた”が仕事を失い、区役所の福祉課に抗議に行く。“あなた”は、福祉課の職員に、「私の仕事を返せ」と訴える。もとを正せば、“あなた”が仕事を失ったのは、“あなた”が都会の生活に見切りをつけて両親の住む故郷の家に帰ったからで、ただ“あなた”は田舎暮しの閉塞感に耐えきれず都会に舞い戻ってきた。その間に、“あなた”が行っていた仕事は他の人が行うようになっていたわけで、これはもう自業自得と言うものだ。

福祉課の職員は、区役所で大声でわめきたてる“あなた”に辟易とする。“あなた”と職員の噛み合わないやりとりが続く中で、自然で唐突な時間の経過があらわれる。

「大声を出さないでください。お願いします」
「仕事を返してくれないなら、もっと大声出してやる」
二時間経って、職員がカウンターから身を乗り出した。
「そこで、あなたは一体なにしてるんです?」職員があなたの頭上から尋ねた。あなたはカウンターに寄りかかり、ひざを抱えて座り込んでいた。

なんの変哲もない描写だが、ここの時間経過の展開がすごいと感じた。“あなた”は、区役所で散々わめき散らしたあげくに窓口カウンター前の床に2時間も座り込んでいたわけで、もし私のような平凡なレベルの書き手なら、この2時間の間に何らかの動きを書き込みたくなってしまう。だが、そうしてしまうと場面としてはくどくなる。そのバランスは、簡単なような難しいと思うのだ。そういう意味で、早助よう子はすごい書き手だなと感じるのである。

散々に喚き散らし、2時間以上もカウンター前に座り込んでいた“あなた”は、日が暮れて区役所を出ると夜道を歩きながら明日からの旅行について考える。

「オイ!」と突っ込みたくなる展開だ。「仕事を奪った!」「仕事を返せ!」と大騒ぎしておいて、翌日からは旅行に出る主人公。なんともイタイ人だ。で、このイタイ主人公は、友人の周子に会いに行き、そこで周子の子どもの面倒をみるハメになる。そして、当然のごとくゴタゴタに巻き込まれる。

早助作品は、それだけでひとつのジャンルとして確立しているのではないかと思うくらい、独特な世界観があるように思う。それも、かなり広くて果てしない世界だ。本書には7編の短編が収録されているわけだが、ファンタジー的な作品もあれば、歴史的な事実を背景にした作品もある。それぞれに早助よう子という作家のセンスが満ちている。小説のネタとしてはありきたりなものでも、書き手によって抜群に面白い作品に化けることがあるが、早助作品はまさにそれだ。だからこそ、名うての作家や翻訳家、書店員から支持されるのだと思う。

そんなセンスを持った書き手である早助よう子の長編を読んでみたいと思うが、どうも本人は短編が好きで、長い作品を書くのは苦手としているようだ。それは、「あとがき-中篇がわからない」にそう書いている。それでも、いつか早助よう子の長編小説が読みたいと思う読者は多いはずだ。いつかその日が来るだろうと思っている。

 

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「フランクを始末するには」アントニー・マン/玉木亨訳/創元推理文庫-赤ん坊とバディを組む刑事。買い物リストだけで描かれる恐怖。奇抜なユーモアで描かれる12篇の短編ミステリー

 

 

部屋を片付けていて発掘された本を読んでみた。アントニー・マン/玉木亨訳の「フランクを始末するには」(創元推理文庫)だ。奥付には『2012年4月27日 初版』とあるので、8年半くらい前に出た本である。

巻末の野崎六助氏の解説によれば、著者のアントニー・マンはオーストラリアの作家である。本書「フランクを始末するには」が第1短編集で、表題作になっている「フランクを始末するには」で1999年に英国推理作家協会短編賞を受賞しているらしい。とても寡作な作家のようだ。

「フランクを始末するには」には12篇の短編が収録されている。

マイロとおれ

エディプス・コンプレックスの変種

買いもの
エスター・ゴードン・フラムリンガム
万事順調(いまのところは)
フランクを始末するには
契約
ビリーとカッターとキャデラック
プレストンの戦法
凶弾に倒れて

いずれの作品も基本的にはミステリーだが、ミステリーの枠には収まらない奇抜さを有している。

表題作になっている「フランクを始末するには」は、映画や音楽の世界のスターであるフランク・ヒューイットを請け負うことになった主人公(わたし)の語りで描かれるユーモアミステリー。フランクは人気絶頂のトップスターだが、彼のエージェントは彼がなかなか死なないことにイライラしている。「フランク・ヒューイットの唯一の問題点は、まだ生きているということだった」の一文からして、なかなかに奇抜だ。エージェントとしては、フランクが死ぬことで彼を特集したトリビュート番組や伝記映画を制作することもできて、最後のひと儲けができると企んでいるわけだ。こうして主人公は、フランクを殺害するために彼の元を訪れるのだが、目的は果たせず、一層困惑するような状況へと深みにハマっていく。

どの作品も個性的というか奇抜なものだが、個人的に面白かったのは「マイロとおれ」「買いもの」「ビリーとカッターとキャデラック」の3作だ。

「マイロとおれ」は、“あたらしい実験”として赤ん坊マイロとコンビを組むことになった刑事(おれ)の物語。優秀な刑事は事件をつねに純真な目で見る、という理由で赤ん坊をバディとしてコンビを組み捜査にあたろうというのだ(〈天真爛漫〉計画と呼ばれている)。殺人事件の現場に赴き、容疑者と思われる女性と対峙するマイロとおれ。コンビはこの事件を解決することができるのか。

「買いもの」は、本書の中でもダントツに風変わりな作品だろう。というのも、全編が買い物リストで構成されているのだ。6月5日の牛乳、新聞、サンドイッチ、ガム、バナナ、キャットフードという至ってシンプルな買い物から始まり、9月12日までの買い物リストだけが記されていく。最初は普通だった買い物リストの内容に、日が経つにつれて「コンドーム」「煙草」「手錠」「目隠し」「厚手のビニールシート」「縛りひも」といった品物が加わっていく。ただの買い物リストからこれほどに恐怖心を感じるとは。

「ビリーとカッターとキャデラック」も怖い作品だ。デブのトム・カッターは、悪友ビリー・ハドソンとビリーの愛車キャデラックを賭けてある勝負をする。カッターが一週間で7ポンド(約3キロ)減量できたらキャデラックをカッターに渡すという賭けだ。条件は毎日午後8時にパブに集合して飲み食いすること。デブのカッターがビールや食い物の誘惑に勝てるはずがないというビリーのずる賢い目論見だ。当然カッターは毎日バカほど飲み食いして一向に痩せる気配はない。そしていよいよ約束の日、カッターはとんでもない方法で賭けに勝つ。彼はどんな手段で賭けに勝ったのか。

おそらく新刊で出てすぐくらいに買った本だと思う。部屋の積ん読本の中に完全に埋もれていて、8年間しまい込まれていた。今回、たまたま部屋の片付けをして発掘され、たまたま手に取って読み始めてみたら、これがなかなかに面白い短編集だった。まさに“掘り出し物”でした。

「風の影」カルロス・ルイス・サフォン/木村裕美訳/集英社文庫-『忘れられた本の墓場』でダニエルが見つけた一冊の本。その謎を追う中でわかってくる不可解な事実と許されざる愛の行方はいかに?

 

 

 

 

『忘れられた本の墓場』、ある作家の本を探し焼き尽くそうとする謎の人物、そして時を経て重なるふたつの愛。カルロス・ルイス・サフォン「風の影」には、本を愛するものを虜にする極上のエンターテインメントがこれでもかと詰め込まれている。

物語の始まりは、1945年のバルセロナ。ひとりの少年が父に連れられて『忘れられた本の墓場』を訪れる。少年の名はダニエル。彼を『忘れられた本の墓場』へ導く父は、「センペーレと息子書店」という古書店を営んでいる。

「風の影」は、ダニエル少年の一人称で語られる。父に連れられて『忘れられた本の墓場』を訪れた彼は、そこで一冊の本と出会う。

『風の影』
フリアン・カラックス

タイトルも著者名も聞いたことのないその本に、ダニエルは運命を感じる。そして、その物語の世界に魅了される。

「風の影」は、ダニエル少年が出会う運命の本のタイトルだ。ダニエルは、その本に魅了され、その著者であるフリアン・カラックスという人物について調べ始める。フリアンの謎めいた足跡を探る中で、彼の著作を焼き尽くされようとしている何者かの存在がわかってくる。その人物は、ついにダニエルの前にも姿を現し、彼が持っている『風の影』を渡すように迫る。

その人物は、なぜフリアン・カラックスの作品を燃やそうとしているのか、なにより、フリアン・カラックスという人物はいったい何者で、どうしてここまで謎めいた存在なのか。本書のストーリーの軸となるのは、フリアン・カラックスと『風の影』をめぐるミステリアスな事実の解明である。『忘れられた本の墓場』で『風の影』と出会ってしまったダニエルは、フリアン・カラックスという作家に惹かれ、彼の足跡を追い求める。

その軸となるストーリーに、これでもかとさまざまな肉付けがなされているところに、本書の魅力がある。フリアンとペネロペの許されざる愛とダニエルとベアトリスの許されざる愛。ふたつの愛の物語は、それぞれに悲劇を生み、それぞれに物語を生み出す。時を隔ててふたつの愛はシンクロしあっている。合わせ鏡のような存在になっている。

ダニエルとフリアンの他に登場する人物たちの存在感も際立っている。ペネロペの父であるリカルドや兄のホルヘ、ベアトリスの父であるアギラールと兄のトマスは、ある意味ではステレオタイプなキャラクターであるが、それゆえに恋人たちの愛を深めるための高いハードルとしての役割を果たしている。

ダニエルとフリアンを支える人物たちの存在も良い。ダニエルの場合は、彼がまだ世間を知らない若造であったときに出会い、その後「センペーレと息子書店」の店員として働くことになるフェルミンであり、フリアンの場合は、彼の才能に惚れ込み、彼を支援することに人生を捧げる親友ミケルがその人物にあたる。フェルミンとミケルは、キャラクターとしては真逆の人物だ。フェルミンは、チャラいくらいに明るいキャラで、下ネタも含めて実によく喋る。だが、過去に暗い影があり、それが彼の心に強いトラウマとなっている。ダニエルを全面的にバックアップする頼もしい存在であり、人生の先輩としての経験を与えてくれる存在でもある。一方のミケルは、裕福な家庭に育ったボンボンだが、父親の放蕩ぶりには反発していて、相続した財産を慈善活動につぎ込んで自分は文筆活動で質素に暮らしている。そして、フリアンの才能を信じ、彼とペネロペの愛を信じて、フリアンの財政的なバックアップを続ける。

そして、ダニエルとフェルミン、フリアンとミケルに共通の敵とも言える存在がバルセロナ警察刑事部長のフメロだ。フメロは、フリアンを徹底的に敵視し、彼への復讐心で生きている。なぜ、彼がそこまでフリアンを憎むのか。それこそが、この物語の最大のポイントであるといえる。

本書のラストでダニエルとフリアンの人生はクロスする。そして、そこにフメロが加わることで最大のクライマックスを迎える。下巻の中盤からラストにかけての展開は、それまでの伏線も回収しつつ、徐々に読者の気持ちを昂ぶらせていく。彼らの運命がどのような最後を迎えるのか。最後の数十ページは一気読むしたくなる面白さだ。

「風の影」は、昨年の「はじめての海外文学vol.5」ではスウェーデン語翻訳家のヘレンハルメ美穂さん、今年の「はじめての海外文学vol.6」ではスペイン語翻訳家の柳原孝敦さんが推薦している作品。おふたりの翻訳家が続けて推薦するほど面白い作品だと言うことでもある。これは、この本を読む上で絶対的な説得力だと思う。ふたりが太鼓判を押す「風の影」、この機会に読んでみてよかった。

「燃えるスカートの少女」エイミー・ベンダー/管啓次郎訳/角川文庫-#はじめての海外文学 vol.6。書き出しでグイッと引き込まれる16篇の不思議で魅力的な物語が味わえる短編集

 

 

逆進化する恋人、胃に穴のあいた父と母親を産んだ母、男のおちんちんで体をいっぱいにしたいと願う図書館員、火の手をもった女の子と氷の手をもった女の子。

エイミー・ベンダー「燃えるスカートの少女」には、不思議な魅力に満ちた16の短編が収録されている。

思い出す人
私の名前を呼んで
溝への忘れもの
ボウル
マジパン
どうかおしずかに
皮なし
フーガ
酔っ払いのミミ
この娘をやっちゃえ
癒す人
無くした人
遺産
ポーランド語で夢見る
指輪
燃えるスカートの少女

さらに、文庫版特別付録として巻末には「夜」というショートストーリーが英日対訳で掲載されている。

収録されている作品は、どれも印象的だ。表題作になっている「燃えるスカートの少女」は、心臓が弱く足も弱い車椅子の父親と暮らす少女の物語。実は読む前は、スティーヴン・キングの「ファイアスターター」のような作品をイメージしていたのだが、そんなことはなく、むしろ切なさを感じる話だった。

「燃えるスカートの少女」には、表題作のような切ない作品から、「思い出す人」や「癒す人」のような特異な設定で読ませる作品(「癒す人」は同時に切ない作品でもある)、「私の名前を呼んで」や「どうかおしずかに」のような、ともすると“下品”で読者を遠ざけてしまいそうな作品が混在している。ある意味で実にバラエティに富んだ短編集だと思う。16の短編をどのようにとらえるのか、そしてどのように解釈し、どのような感情を抱くか、すべては読者に委ねられている。

『はじめての海外文学vol.6』で、“ほんにゃく仮面(マスク)”こと田内志文さんが推薦している作品。11月1日にオンラインで開催された『はじめての海外文学スペシャル2020』で、いろいろな意味で話題をさらったほんにゃく仮面の紹介動画が、ほんにゃく仮面のYoutubeチャンネルで公開されているのでぜひ視聴してみてほしい。きっと「燃えるスカートの少女」略して「燃えスカ」が読みたくなるはずだ。紹介動画を視聴して「読みたくなった!」と思った方は、チャンネル登録もぜひ。できれば、『はじめての海外文学』のYoutubeチャンネルも登録してね!

 


はじめての海外文学スペシャル 2020


はじめての海外文学スペシャル2020で浮いてきた!

 

 

 

 

 

「珈琲の哲学 ディー・レスタリ短編集1995-2005」ディー・レスタリ/福武慎太郎監訳、西野恵子、加藤ひろあき訳-#はじめての海外文学 vol.6。インドネシア現代文学を代表する作家の短編集。珈琲に憑かれた男の葛藤を描く表題作他、人間の人生の複雑さを描く18篇

 

 

インドネシア文学を読むのは、たぶんこれがはじめてだと思う。そういう意味で言えば、本書はまさに“はじめて”の海外(インドネシア)文学である。

本書冒頭の監訳者・福武慎太郎氏の解説によれば、著者のティー・レスタリは、現代インドネシアを代表する作家である。1976年生まれで、5人兄妹の4番目の娘とのこと。この解説を読むまで、なんとなく男性作家のイメージを持っていた。小説家デビューは2001年で「スーパーノバ:騎士と王女と流星」という長編小説(未邦訳)。発売35日で1万5千部を売り上げたという。インドネシアの出版事情はわからないが、かなり高い数字なのだろう。「スーパーノバ:騎士と王女と流星」というタイトルからして、SFファンタジーっぽいイメージだが、翻訳されていないので読むことはできない。ちょっと気になる。「スーパーノバ」はシリーズ化され、2016年に第6部が刊行されて完結した。

本書「珈琲の哲学」は、2006年に刊行された最初の短編集で、18の短編、散文が収録されている。

珈琲の哲学
ヘルマンを探して
とどかない手紙
砂漠の雪
心の鍵
あなたが眠るその前に
歯ブラシ
時代にかかる橋
野生の馬
一切れのパウンドケーキ
沈黙
天気
ラナの憂い
赤いろうそく
スペース
設計図
ブッダ・バー
チェロのリコ

表題作の「珈琲の哲学」は、コーヒーにとりつかれた男の物語だ。

自分のカフェをオープンするために、最高のコーヒーを求めて世界中を旅したベン。彼は、パリやローマやニューヨークのカフェのバリスタを訪ね、彼らから美味しいコーヒーを淹れる方法を学んだ。物語の語り部である僕は、ベンのビジネスパートナーとして彼のカフェ開業を支援する。こうして『珈琲店 ベン&ジョディ』はオープンする。そこは、最高の環境で最高のコーヒーを楽しむための場所。まさにベンはコーヒーの哲学の探求者だった。やがて彼は、メニューに豆のブレンドの哲学と味わいや香りに関する説明を書き込み、店名も『珈琲の哲学 あなた自身をみつける店』に変更する。

彼らの店は万事順調だった。ベンのコーヒーはあらゆる客を満足させた。しかし、あるひとりの中年男性客がベンのプライドに火をつけた。その男は、ベンは淹れた最高と自負するコーヒーを「まあまあ美味しい」と評したのだ。男は、ベンが淹れたコーヒーとほとんど変わらないくらいのコーヒーを飲んだことがあるという。それは、中部ジャワの村にあるコーヒー農家のセノさんが屋台で淹れるティウスコーヒーだった。そのコーヒーを飲んだベンは衝撃を受ける。

たった一杯のコーヒーに取り憑かれ、その味を探求し、自らの哲学として最高の作品へと昇華させる。コーヒーに人生を捧げた男は、だが、自らが探求し作り上げた最高のブレンドのコーヒーを凌駕する一杯に出会い、それまで築き上げてきた自信とプライドを失う。“コーヒー”を別のものに置き換えてみれば、ベンの味わう栄光や挫折は私たちのそばにもたくさん転がっている。完璧を目指し続けて挫折した者が、いかにして再び歩き出すか。「珈琲の哲学」が描く物語は、味わい深いコーヒーのように、読者の心にしみてくる。

その他の収録作も印象深い作品が揃っている。“ヘルマン”という名前の人物を探し求める少女ヘラがたどる数奇な運命を男友達の視点で描く「ヘルマンを探して」や、投函するつもりのない手紙を書き続ける“あなた”の人生や感情を客観的な視点で静謐に描く「とどかない手紙」などは、「珈琲の哲学」と同様に人生の苦しさや切なさを描いているように感じる。

2ページに満たない短い散文作品も収録されている。「砂漠の雪」「心の鍵」「時代にかかる橋」といった短い散文作品は、ひとつひとつの短いストーリーの中に愛や人生を描き出すと同時に、作品たちが積み重なることで大きな世界を形作っているようにも感じられる。

「はじめての海外文学vol.6」で芹澤恵さんが推薦されている作品。最初に知ったのは、2020年1月に大阪の梅田 蔦屋書店で開催された『はじめての海外文学スペシャル in 大阪』で、芹澤さんが本書を紹介していたからだった。インドネシア文学という新しいアジア圏の文学作品にふれる機会を得ることができた。

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