タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「成瀬は信じた道をいく」宮島未奈/新潮社-成瀬あかり再び!

 

 

前作「成瀬は天下を取りにいく」で読者に強烈なインパクトを与えたあの成瀬あかりが帰ってきました!

本書には5つの短編が収録されています。

ときめきっ子タイム
成瀬慶彦の憂鬱
やめたいクレーマー
コンビーフはうまい
探さないでください

前作と変わらず、成瀬は彼女に関わる人たちにいつの間にか影響を与えていきます。本人には、まったくそんな自覚はありません。タイトル通り、成瀬は成瀬の信じた道をいくだけです。そんな成瀬と接することで人々は自分の弱さと向き合い、彼女の自然体な姿に共鳴して自身を見直していくのです。

ゼゼカラ(成瀬と幼なじみの島崎で結成された漫才コンビ)の活動を目の当たりにして、ゼゼカラ推しとなった小学生のみらいは、学校のときめきっ子タイム(総合学習)のテーマにゼゼカラを調べて発表することになります。みらいは、推しの活動を調べることに張り切りますが、はじめは協力的と思っていた同じ班の友人が陰でコソコソと悪口を言っているのを知ってショックを受けます。それでも、成瀬や島崎と出会えたことでふたりから勇気をもらいます。

スーパーに行くと些細なことにクレームを入れたくなってしまう言実。でも、彼女はそんなクレーマーな自分を嫌悪し、やめたいと思っています。そんな彼女に、ある日成瀬が声をかけます。成瀬は、細かいことでもクレームを入れてくれる言実に、「いつもお客様の声を寄せてくれる熱心な人物だから」とスーパーでたびたび起きる万引き犯の発見に協力してほしいと頼みます。言実は拒否しますが、偶然万引きの現場を目撃してしまい…。

祖母、母と続けてびわ湖大津観光大使に選ばれ自身もその任に選ばれると信じるかれん。成瀬とともに観光大使に選ばれた彼女は、求められる役割をそつなくこなしていく中で、成瀬の言動に翻弄されていきます。ですが、成瀬と一緒に活動をしていく中で、成瀬に影響され、次第に彼女自身のうちなる本当の自分を表に出すことの大切さに気づいていきます。

前作「成瀬は天下を取りにいく」でもそうだったように、本書でも成瀬はただ成瀬として自然体で存在しています。それが、成瀬の当たり前であり、それが成瀬の魅力です。自然体でいるということは、簡単なようで実際にはとても難しい。他人からどう見られているかとか、こんなことを言って相手はどう感じるだろうかとか、私たちは多かれ少なかれ他者からの見られ方が感じられ方を気にして、自分を繕っていると思います。自分では自然に振る舞っているつもりでも、自然に振る舞うことを意識してしまう。それが当たり前なのだろうと思います。

だからこそ、成瀬のような人物に出会ったとき、彼女の嘘偽りのない自然体な言動に困惑し、不安になり、でも最後には感化される。本書に収録されている5つの短編でも、成瀬と出会った人たちは、それぞれに彼女から影響を受け、自分の生き方を見つめ直し、自分の気持ちに正直に向き合うようになっていきます。

本書で成瀬は高校生、そして大学生(京都大学!)になります。滋賀を離れることなく、びわ湖大津を世界に発信するべく日々を過ごす成瀬。いつの日か、本当に彼女がびわ湖大津の存在とその魅力を世界に轟かせるかもしれません。成瀬の未来はまだまだこれからです。今後どれだけ彼女の世界が広がっていくのか楽しみでなりません。

s-taka130922.hatenablog.com

「シャーロック・ホームズの護身術バリツ 英国紳士がたしなむ幻の武術」エドワード・W.バートン=ライト/田内志文訳/新見智士監修/平凡社-シャーロック・ホームズをライヘンバッハの滝から生還させた格闘技バリツ。そのもととなったとされる幻の武術バーティツの創始者による解説書

 

 

「崖っぷちから落ちかけたぼくたちは一瞬ふたりそろってよろめいたんだ。でもぼくは日本の格闘技であるバリツを少々かじっていて、何度もそれに救われたことがあってね。ぼくをつかんでいる手をするりとすり抜けると、教授はおそろしいような悲鳴をあげて何秒か足をばたつかせ、空をつかもうと両手を振りまわした。だけど必死の努力もむなしく、ついに崖から落ちてしまったのさ。崖っぷちから覗いて見たら、延々と落ちていく教授の姿が見えた。やがて岩にぶつかって跳ね返り、水しぶきを立てて滝つぼに落ちてしまったよ」

これは、本書「シャーロック・ホームズの護身術バリツ 英国紳士がたしなむ幻の武術」(以下長いので「バリツ」とします)の「監修者まえがき」および第1章扉裏にある「空き家の冒険」の引用です。1893年に発表された「最後の事件」で、宿敵モリアーティ教授と戦い、ライヘンバッハの滝でともに消息を絶ったとされていたシャーロック・ホームズですが、10年後の1903年に「空き家の冒険」で復活します。その中で、ホームズがライヘンバッハの滝で生還できたのが、彼が習得していた日本の武術バリツという武術でした。

ところで、ホームズの命を救った日本の格闘技バリツとはいったい何なのでしょうか。シャーロック・ホームズシリーズの作品を読んだことがある方の多くが、「バリツって何?」と思った経験があるのではないでしょうか。柔道でもなく、剣道でもなく、空手でも合気道でもない謎の武術バリツ。その謎めいた武術のもとになったと言われているのが「バーティツ」です。

本書は、「バーティツ」について解説した本になります。著者は、エドワード・ウィリアム・バートン=ライト。彼が日本で学んだ武術などをもとに生み出したのが「バーティツ」です。本書は、1899年から1900年にイギリスの「ピアソンズ・マガジン」に掲載された「バーティツ」の解説を全訳したものになります。

本書は、バーティツの技を使った護身術の解説書です。第1章、第2章では新しい護身術として、背後から羽交い締めにされた場合や上着の襟を掴まれた場合、殴りかかられた場合などのシチューエーションに応じた護身術について写真入りで詳細に説明しています。内容はとても実践的で、日本の柔術などがもとになっているからか、親近感を覚えます。見たことある、聞いたことあるような護身術がバーティツとして解説されている印象です。

第3章、第4章は杖を使った護身術の解説になっています。杖(ステッキ)を持ち歩いているシチュエーションというのは、日本人的にはなじみはありませんが、19世紀末から20世紀初頭のロンドンの街頭で、杖を手にした英国紳士同士が対決している様子を思い浮かべながら護身術の解説を読んでみるのも面白いかと思います。

第1章から第4章については、このように真面目な護身術(いくつかシチュエーション的に笑ってしまいそうなところもあるのですが)についての解説になっていますが、付録の「強い男に見せるには」は、ちょっと違った内容になっています。2本の指で男を制圧する、4人乗った椅子を持ち上げる、体を浮かせた状態でふたつの椅子の上に横になり胸に上に人を乗せるといった、びっくり人間大集合的な技が紹介されているのです。巻末の訳者あとがきによれば、この付録として書かれている技は、バーティツの魅力をアピールする広告的な役割と当時の芸人たちが披露していたパーラー・トリック(隠し芸)のネタばらしの意味合いもあったとのこと。バーティツ普及のためにいろいろな策を練っていたようです。

ホームズの命を救った護身術バリツのもととなったとされるバーティツですが、残念ながらほとんど普及することはなく数年でほぼ完全に閉鎖となってしまったのだそうです。「空き家の冒険」でホームズがバリツを使ったとされたときには、バーティツはすでに終了した武術でした。こうしたバーティツの創設から終了、その後の復活に至る経緯などは監修者である新見智士さんのまえがきやあとがきに詳しく記されています。

長く幻の武術となっていたバーティツですが、2002年になって世界各地の愛好家によるネットワークが発足し、バーティツ協会として活動するようになります。19世紀の護身術として“スチームパンク・マーシャルアーツ”と呼ばれることもあるようです。

120年以上前に消えた幻の武術が、こうして私たちの前に紹介され、また脚光を浴びる。シャーロック・ホームズのファンの人もそうでない人も、本書を読んでバーティツの魅力を見つけてみてください。

 

「化学の授業をはじめます。」ボニー・ガルマス/鈴木美朋訳・文藝春秋-「料理は化学です。化学とは変化です」。化学がエリザベスの運命を切り開く!

 

 

最近では、物理や科学、数学などの理系分野で学んだり活躍したりしている女性は珍しくありません。

ボニー・ガルマス「化学の授業をはじめます」の主人公エリザベス・ゾットも、優秀な研究者です。彼女の能力は、男性研究者をはるかに凌駕しています。彼女が所属する研究所でも、その能力はトップクラスといえます。

しかし、この物語の舞台は1960年前後のアメリカ。その時代、女性が理化学の研究分野で働くことは考えられないことでした。女性とは、結婚して子どもを生み、家庭を守るために存在するものという考え方が当たり前の時代だったのです。それだけ才能や知識を持っていても、女性ということだけでその才能は認められず、勤務するヘイスティングス研究所でエリザベスは、自分より能力の劣る研究者の実験助手という役割しか与えてもらえません。

男性優位の科学界で苦闘するエリザベスの唯一の味方となるのがキャルヴィン・エヴァンズです。エリザベスに負けず劣らぬ有能な化学者ですが、ちょっと変わり者であるがゆえに、性差など関係なく対等な研究者としてふたりは接近していきます。ですが、その関係も突然に終わりを告げ、エリザベスはまた研究所で孤立していきます。そして、妊娠が発覚したことで彼女は研究所を解雇されてしまうのです。

女性だから正規の研究者になれない。妊娠したから職場を解雇される。女性だからという理由で様々な圧力を受ける社会。物語の舞台となる時代的な背景があるとはいえ、ここまでの性差別社会には驚かされます。と同時に、ここまで露骨な形ではなくても、性差による様々な差別や格差、生きづらさは現代社会にも存在していることに気づかされます。

研究所を解雇され、無職のシングルマザーとなってしまったエリザベスですが、娘マデリンのお弁当を巡るある出来事をきっかけにテレビ局に勤めるウォルター・パインからテレビ番組の司会を任されることになります。それが〈午後六時に夕食を〉です。テレビ局側からは「セクシーに、男性の気を引く料理を教えろ」と衣装やスタジオセットが準備されますが、エリザベスはそれをことごとく無視し、自らの化学の知識を使って科学的に料理の解説をしていきます。これが視聴者に受け、〈午後六時に夕食を〉は大人気番組となるのです。エリザベスの存在が周囲の人々や番組の視聴者に影響を与え、変化していきます。しかし、人気司会者となったエリザベスをメディアが放っておくはずもなく、さらに番組内での発言によって、彼女を巡る状況は思わぬ方向へと進んでいくことになります。

本書は、男性優位社会で女性が働くことの難しさ、女性は家庭を守るものという凝り固まった意識が人々の中に根強かった時代と向き合い闘った主人公の姿を描く作品であり、テーマ的には重苦しいものだと思います。ですが、そのテーマをユーモラスな作風で描き出すことで、読みやすくて楽しめる作品に仕上がっていると思います。何より、主人公のエリザベスを始めとする登場人物たちのキャラクターがどれも魅力的です。エリザベスを支える側のキャルヴィンやハリエット・スローン、娘のマデリンに愛犬シックス=サーティー(彼の存在のなんと魅力的なことか!)、悪役であるヘイスティングス研究所のドナティ博士や人事部秘書のミス・フラスクさえも見事にその存在感を示しています。

500ページ超の長編小説ですが、最初から最後まで飽きさせることなく読み進めることのできる作品だと思います。内包されたテーマは深刻なものかもしれませんが、読んでしまえば深刻さよりも楽しさの方が断然上回るでしょう。最後には、スカッと胸のすく展開とホッと安堵して胸が熱くなる結末が待ち構えています。2024年を代表する海外文学作品になるんじゃないかなと思います。

「パリ警視庁迷宮捜査班魅惑の南仏殺人ツアー」ソフィー・エナフ/山本知子・山田文訳/早川書房-シリーズ第2弾。パリで起きた元警視正殺人事件と未解決事件をつなぐ20年前の銀行強盗事件。特別班がたどり着いた真実とは

 

 

“死神”、“疫病神”と呼ばれる警部補、人気小説家・脚本家として活躍する警部、アルコール依存症の警部にスピード狂の巡査部長、ギャンブル依存症の警部補。パンチドランカーになった元ボクサーでパソコンオタクの警部。そんなパリ警視庁内の曲者たちの寄せ集め集団を率いるのは、過剰防衛で無防備な犯人を射殺してしまい6ヶ月の停職処分となったアンヌ・カペスタン警視正。彼女が率いる特別班の活躍を描くシリーズの第2弾となるのが、「パリ警視庁迷宮捜査班魅惑の南仏殺人ツアー」です。

前作「パリ警視庁迷宮捜査班」では、この曲者たちの寄せ集め集団である特別班が、それぞれの個性を発揮し、ふたつの未解決事件をつなぐ謎を解明し、パリ警視庁内を震撼させる結末を導き出すという成果をあげました。ですが、その成果は特別班に対する評価にはつながりませんでした。むしろ、警察内の仲間の秘密を暴いた奴らというレッテルを貼られ、裏切り者扱いされてしまう有様です。特別班を率いるカペスタンとしては、どうすれば特別班の存在を認めてもらえるかに頭を悩ませる日々でした。

本作では、パリで起きた殺人事件の捜査に、特別班にもお声がかかります。司法警察局長ピュロンからの呼び出しを受けて現場に赴いたカペスタンは、この事件の捜査に自分たち特別班の他、刑事部と捜査介入部(BRI)も関わっていることを知ります。そして、特別班がなぜ呼ばれたのかも。

事件の被害者は、セルジェ・リュフュス。元パリ司法警察警視正だった人物。そして、アンヌ・カペスタンの元夫ポール・リュフュスの父、すなわちカペスタンの元義父にあたる人物だったのです。

刑事部、BRI、特別班による三つ巴の捜査がこうして始まります。特別班のメンバーは、捜査記録から同じ手口、同じ謎めいたギミックを用いた未解決の殺人事件にたどり着きます。リュフュス殺人事件とこれらの未解決事件を結びつける因縁とは何か。そこには、1992年に起きた銀行強盗事件がありました。被害者は、銀行強盗事件になんらかの形で関わりがあったのです。それは、カペスタンにとっては衝撃的な真実でした。

さて、パリ警視庁内の厄介者集団である特別班ですが、本作から新メンバーがひとり登場します。“ダルタニアン”と呼ばれているアンリ・サン=ロウ警部です。彼がなぜ“ダルタニアン”と呼ばれているのか。彼は、自分が王の銃士としてこの仕事をしていると思いこんでいて、中世の騎士の精神で行動します。そのため精神疾患を患っていると診断され、精神科病棟に入院していたのです。その“ダルタニアン”が退院し、特別班に加わることになります。

さらに、特別班には“2匹”の補助員も在籍しています。ロジエールの愛犬ピロットと、メルロのペットのネズミ(ラタフィア)です。この2匹、単なる特別班のマスコット的存在にとどまらない存在感を示しています。本作の中で、パリで開催された〈パリ・サンジェルマン〉と〈チェルシー〉のサッカーの試合に駆けつけたフーリガンたちの暴動を特別班が制御しようと奮闘した際には、ピロットもラタフィアもフーリガンたちの尻に噛みついて戦うのです。

シリーズ第1作となる前作を読んだときも思いましたが、本シリーズに登場する特別班のメンバーたちの個性は実にバラエティに富んでいます。テレビドラマ化に適した推理小説のための『ポラール・アン・セリー賞』を受賞しているということから見ても、本シリーズが、テレビドラマや映画などのメディア化向きの作品だと評価されているのがわかります。そのうちに、Netflixとかで配信されるかもしれません(ちょっと期待しています)。

20年前の銀行強盗事件によって結び付けられた3件の殺人事件。その結末は、カペスタンにとって苦しいものになったと言えるかもしれません。彼女が事件の捜査を通じて知った真実、そして元夫であり被害者の息子であるポールが、父の死によって知ってしまった真実。その悲しくて切ない真実は、作品が全体的にユーモラスになっているので、そのギャップでより一層胸苦しく感じられるものでした。

フランスでは、シリーズ第1作が15万部を超える人気となり、シリーズ第2作となる本書、さらにシリーズ第3作まで発表されていることが、前作「パリ警視庁迷宮捜査班」の訳者あとがきで記されていました。ぜひシリーズ第3作も翻訳刊行してほしいです。特別班の次なる活躍を読める日が来るのを期待しています。

 

「パリ警視庁迷宮捜査班」ソフィー・エナフ/山本知子・川口明百美訳/早川書房-売れっ子作家、アルコール依存症、ギャンブル依存症にスピード狂、そして死神。パリ警視庁内の厄介者の寄せ集め特別班が迷宮入り事件の真実をあぶり出す

 

 

組織のはみ出し者や曲者たちで構成されたチームが、エリートたちの鼻を明かすドラマティックなストーリーは、エンターテインメントの世界ではわりと王道と言えるかもしれません。

ソフィー・エナフ「パリ警視庁迷宮捜査班」は、パリ警視庁内の曲者たちによって構成された特別班のメンバーが、押し付けられた迷宮事件から真実を探り出し、事件を解決する警察小説です。

パリ警視庁のアンヌ・カペスタン警視正は、発砲により犯人を射殺してしまったことが過剰防衛であるとして懲罰委員会から6ヶ月の停職処分を言い渡されていました。そんなカペスタンに、局長のビュロンからの呼び出しがかかります。覚悟を決めて局長室を訪れたカペスタンに、ピュロンは新たに編成される特別班のリーダーになるように命じます。特別班といえば聞こえはいいですが、その実態は、パリ警視庁内でクビにすることもできない厄介者を集めた寄せ集めの集団でした。カペスタンは、厄介者たちのリーダーとしての役割が押し付けられたのです。

特別班に集められた厄介者たちを紹介しましょう。

ジョゼ・トレズ警部補。コンビを組んだ相棒がことごとく怪我をしたり死亡したりすることから“死神”、“疫病神”と恐れられている。

ルイ=バティスト・ルブルトン警視。元はカペスタンの件も調査した監査官室に所属していたが、彼が同性愛者であったことで組織内での居場所を失う。

エヴァ・ロジエール警部。ミステリ作家、脚本家として才能を発揮し成功を収めるが、その内容が警察をネタにしたものだったため組織内では厄介者となる。

メルロ警部。調書の作成を担当する現場警察官。酒好きで有名で話しだしたらきりがなくなるほど。アルコール依存症である。

オルシーニ警部。元リヨン芸術学校でヴァイオリンを教えていた異色の経歴の持ち主。マスコミとのつながりや組織内の秘密をジャーナリストに流したがる性癖があることから上層部に煙たがられている。

エヴラール警部補。賭博対策部に所属していながらギャンブル依存症になり、カジノへの出入りを禁じられている。

ダクス警部補。サイバー犯罪専門の凄腕であったが、ボクサーでもあったためその影響でパンチドランカーとなってしまった。

ヴィッツ巡査部長。とにかく車が大好きでサイレンを鳴らして走るために警察という仕事を選んだようなところがある。ただし、その運転は極めて危険なスピード狂。ハンドルを握ると人が変わるタイプ。

カペスタンの下に集められたのは人気作家からアルコール依存症ギャンブル依存症、スピード狂、相棒がなぜか不幸に遭う死神といった曲者ばかり。この曲者たちを従えてリーダーとしてどう特別班を切り回していくかがカペスタンの任務となります。

特別班に与えられたのは、パリ警視庁内で未解決となっている迷宮入り事件の山です。カペスタンたちは、まずその山の中から捜査する事件を探し始めます。特別班が目をつけたのは、1993年に発生したヤン・ゲナンという男性が殺害された事件と2005年にマリー・ソーゼルという老婦人が自宅で押し込み強盗に殺害されたとされる事件でした。特別班のメンバーは、パリ警視庁からの協力はほとんど得られない(むしろ邪魔をされる)中、関係者への聞き込みや独自に切り開いた情報からそれぞれの事件の真相を探っていきます。そして、最後には、ふたつの事件を結びつける重要な手がかりと驚くべき真実をあぶり出すのです。

個性的なキャラクター、警察内部での対立構造、ドラマティックな展開など、「パリ警視庁迷宮捜査班」はこのまま映像化しても面白そうな作品です。読んでいて映像が頭に浮かんでくるような感覚がありました。実際にドラマ化はされていないようですが、本作はフランスで優れたミステリ小説に与えられる『アルセーヌ・ルパン賞』、テレビドラマ化に適した推理小説のための『ポラール・アン・セリー賞』を受賞していると訳者あとがきにありましたので、もしかするとフランスでは映像化されている可能性もあります。

けしてエリートではないはみ出し物の刑事たちが、それぞれの強みを活かしてエリートたちを出し抜く警察小説。かつての「太陽にほえろ!」や「西部警察」、「あぶない刑事」といった警察ドラマが好きだった人は楽しめる作品じゃないかと思います。

 

「犬は知っている」大倉崇裕/双葉社-ファシリティドッグとして入院患者の心に寄り添うピーボには、ある特別な裏の任務があった

 

 

世の中には働くワンコがたくさんいます。代表的なのは警察犬や災害救助犬盲導犬や空港の検疫で働く動植物探知犬といったところでしょうか。

本書に登場するゴールデン・レトリバーのピーボ(7歳・オス)は、ファシリティドッグとして働くワンコです。ファシリティドッグとは、病院で入院患者のケアをサポートする目的で育成されているワンコで、看護師の資格を持つハンドラーと一緒に活動します。ピーボの所属する病院は警察病院。ハンドラーは笠門達也巡査部長です。

ピーボが活動するのは主に小児病棟です。入院する子どもたちに寄り添い、治療への不安や手術への不安、入院生活の不安などを癒やす存在として、子どもたちの人気者です。

しかし、ピーボと笠門には、小児病棟でファシリティドッグとして子どもたちを癒やす他に特別な任務があります。それは、警察病院の最上階である7階の特別病棟に入院する余命わずかな囚人患者から、彼らしか知らない秘密を聞き出すという任務。ピーボに心を許した患者が話した秘密をきっかけに、笠門は事件を再捜査し、新たな真実を導き出すのです。

本書は、ピーボと笠門のコンビが特別病棟に入院する囚人患者から聞き出した秘密を元に事件の謎に迫る連作短編集です。5つの短編が収録されています。

第一話 犬に囁く
第二話 犬は知っている
第三話 犬が寄り添う
第四話 犬が見つける
最終話 犬はともだち

セラピードッグは聞いたことがありましたが、ファシリティドッグという働くワンコがいることは本書を読んで初めて知りました。作中の笠門の言葉から引用します。

「あの犬は警察犬なんですか?」
よく尋ねられる質問だった。
「違います。ピーボはファシリティドッグとしての訓練を受けた犬で、警察犬ではないんです」
「ファシリティ?」
「こうした病院で患者さんに寄り添う、つまり、恐怖や苦痛といった精神面の負担を和らげるために働いている犬の事です。セラピードッグとも、少し意味合いが違ってくるんですよ。特定の病院に常駐するための専門的な訓練も受けています。能力がないとなれないですし、患者の治療計画にも介入します」

ネットでファシリティドッグを検索すると、まだ数は少ないものの、いくつかの主に小児科病棟で導入されているようです。病院専属で働いているため、そこに入院する患者に合わせた介入計画を立てられるなどのメリットがあるとされています。

著者の大倉崇裕さんは、「福家警部補シリーズ」や「警視庁いきもの係シリーズ」など、警察を舞台にしたシリーズ作品を手掛けるミステリ作家です。福家警部補のような個性的なキャラクターを主人公とした作品は、ドラマ化もされるなど人気があります。ファシリティドッグのピーボを登場させた本作も、ピーボのハンドラーである笠門巡査部長や、彼が所属する警視庁総務部総務課の課長である須脇警視正、ピーボと笠門が捜査する事件の資料や情報を提供してくれる資料編纂室の五十嵐いづみ巡査といった個性的なキャラクターたちが登場し、いつでもテレビドラマ化できそうな作品になっています。

これまでにも、犬と人間がコンビを組んで事件に挑む作品はありましたが、その多くは警察犬と刑事のコンビがほとんどだったと思います。今回、ファシリティドッグという、まだ世間的にはそれほど浸透していない存在に着目し、ミステリとして作品にした著者のアイディアが面白いと思います。1話完結の連作短編というスタイルなので読みやすく、気楽に読めるのも良いところ。ピーボの魅力もあいまって人気シリーズとなるのではないでしょうか。次回作でのピーボと笠門巡査部長のコンビの活躍が楽しみです。

「これはちゃうか」加納愛子/河出書房新社-同世代女子の他愛もない日常から次々と駅が生えてくる架空の町まで、バラエティに富んだ6つの短編を収録する初の小説集

 

 

Aマッソというコンビの存在を最初に知ったのは、作家の大前粟生さんのイベントでした。そのイベントの中で、大前さんがAマッソのライブを見に行った話をしていて、コンビ名を知りました。ただ、そのときはAマッソが女性コンビとは思わず男性コンビだと思いこんでいて、だから存在を知ってしばらくしてから女性コンビと知って驚いたのを覚えています。私がAマッソを知った頃は、まだ「知る人ぞ知る」というコンビで、テレビで見ることもほとんどありませんでした。その後、「THE W」という女性お笑い芸人の頂点を争う大会でプロジェクションマッピングを使った斬新なネタを披露して注目を浴び、そこから一気にメディアへの進出を果たしたことはご存知のかたも多いのではないでしょうか。

「これはちゃうか」は、Aマッソのメンバーである加納愛子さんによる初の小説集です。河出書房新社の「文藝」に掲載された短編と書き下ろしを含めた6編が収録されています。

了見の餅
イトコ
最終日

ファシマーラの女
カーテンの頃

同じアパートに住む同世代女子同士の他愛もない会話や“イトコ”という存在のわからなさをバズらせたいWebライター、最終日に行列してマウントをとりたがるヤツといった日常の風景であり会話だったりを描く作品から、映画研究会で締め切り間近になると現れるという『宵』という怪奇現象、次々と駅が生えてくるファシマーラという架空の町で起きる出来事のような非現実な世界観の作品、両親の友人“にしもん”と少年との奇妙な共同生活のようなどこかほっこりしてしまうような作品まで、6つの短編はひとつひとつが個性的で、バラエティ豊かな作品たちだと感じました。

加納さんは、Aマッソのネタ作りを担当していて、漫才やコントの台本を書いています。本書に収録されている6つの短編も、Aマッソの漫才での掛け合いだったり、しっかり作り込まれたコントとして演じられている場面を想像しながら読んでみても面白いのではないかと思います。

ところで、本書のタイトルは「これはちゃうか」ですが、表題作となる短編は6つの中にはありません。このタイトルはなぜつけられたのでしょう。ネットで検索してみたら、朝日新聞「好書好日」2022年12月3日発信の刊行記念インタビューの中で、「タイトルにはどんな思いを込めましたか」という問いに加納さんはこう答えていました。

book.asahi.com

いやぁ~、「初小説集」とか、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。ちょっと、そんなやめてな、じっくり評価とかせんといてな、っていう。1回出して、「これは……ちゃうか」ってすぐ引っ込められる感じで。私の生き方のせこさが凝縮されたタイトルです(笑)。

タイトルは「生き方のせこさが凝縮されたタイトル」とのことですが、収録されている作品はどれも個性的で想像力も豊か。加納愛子という作家の今の姿や今の感性が凝縮されていると思います。まだまだもっとたくさん小説を書いてほしい、読んでみたいと思いました。