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【書評】ニコラス・ブレイク「野獣死すべし」(早川書房)−息子を亡くした父親の復讐劇。構成の妙が冴える古典ミステリーの傑作

誰かを殺したいと考えたことがあるだろうか?

野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫 17-1)

野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫 17-1)

 
野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫)

野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

わたしは一人の男を殺そうとしている。

という一文ではじまる「野獣死すべし」は、1938年に詩人のセシル・デイ=ルイス(俳優ダニエル・デイ=ルイスの父)が別名義ニコラス・ブレイクで発表した長編ミステリー。原題の「The Beast Must Die」を「野獣死すべし」と翻訳したのは江戸川乱歩である。

フィリクス・レインというペンネームで探偵小説作家をしているフランク・ケアンズは、息子マーティンを交通事故で亡くした。マーティンをはねた車はそのまま逃げ去り、ひき逃げ犯は警察の捜査にもかかわらず発見されていない。

先述した冒頭の一文は、本書の第一部である「フィリクス・レインの日記」の冒頭部にあたる。つまり、一人の男を殺そうとしているのは、日記の書き手であるフィリクス・レイン、すなわちフランク・ケアンズの心情を示している。

本書は、第一部から第四部までの4部構成となっている。
第一部「フィリクス・レインの日記」では、ケアンズが息子をひき逃げした犯人を見つけ出し、復讐のための殺人計画を練るところまでが描かれ、第二部「仕組まれた事故」でケアンズは、ひき逃げ犯を殺害寸前まで追い詰める。第三部「この死の体より」で探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが登場し、第四部「罪は顕れたり」ですべての真相が明らかとなる。

このように物語の構成を追っていくと、ケアンズによる殺人の真相をストレンジウェイズ探偵が解き明かす“倒叙ミステリ”を想起されるかもしれないが、「野獣死すべし」についてはもう少し捻りが効いている。1938年の作品なので、古めかしさは否めないが、当時としては斬新な謎解きであったのだろうし、その後に続くミステリーのひとつの類型となっていると考えれば、やはり名作と言うべきであろう。

本書が日本で翻訳出版されたのは1954年(昭和29年)で、ハヤカワ・ポケット・ミステリ叢書のNo.115にあたる。ポケミスは、No.101(ミッキー・スピレイン「大いなる殺人」)からスタートするので、本書が15冊目ということだ。その後、文庫化されており、現在入手可能なのは文庫版もしくは電子書籍版になる。なので、このレビューでも文庫版にリンクしている。

といいつつ、私が読んだのは、古書店で入手したポケミス版である。翻訳は黒沼健氏。なお、文庫版では翻訳は永井淳氏に変わっている。ポケミス版は、翻訳文体や表記も時代を感じさせる。身長の表記、外来語の表記など、現代の感覚からするとわかりにくいが、それも古書ならではの味だと思う。

ポケミス版には、江戸川乱歩による解説が掲載されている。「野獣死すべし」は、乱歩自らが選書し、先述したとおり「野獣死すべし」と日本語題をつけたほどで、ブレイクの作品の中では一番お気に入りらしく、解説の中でもそのように言及している。

いわゆる古典ミステリーを読むのは、ずいぶんと久しぶりだったし、これまでに読んできたのも、ドイルやクリスティーといったメジャーどころばかりでクイーンもカーも読んだことがなかったのだが、今回本書を読んでみて、古典ミステリーの面白さを実感できたのはよかった。今後も機会があれば古い作品も読んでみたい。