タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「親愛なる八本脚の友だち」シェルビー・ヴァン・ペルト/東野さやか訳/扶桑社-タコと人間の友情。設定は奇抜だけど、内容は傷ついた心の再生と家族のありかたを描くハートウォーミングストーリー

 

 

タコが高い知能を持っているという話を聞いたことがあります。試しにGoogleで〈タコの知能〉を検索してみると、実に様々なタコの知能の高さを示す雑学や事例がヒットします。

「親愛なる八本脚の友だち」の主人公は水族館で飼育されているミズダコです。名前はマーセラス。この水族館にとらわれてから1300日になります。ミズダコの寿命は平均で4年ほどなので、マーセラスの余命は残り160日ほどです。物語は、「とらわれの身の生活一二九九日め」というマーセラスのモノローグから始まります。

物語のもうひとりの主人公が、水族館の清掃員として働くトーヴァ・サリヴァンです。彼女は、ひとり息子を若くして亡くし、夫にも先立たれて、今は家族と過ごしてきた家でひとり暮らしています。友人関係には恵まれています。なじみのスーパーの店主イーサンは、どうやら彼女に気があるようです。

ある夜、いつものように水族館内の清掃作業をしていたトーヴァは、休憩室を掃除中にテーブルの下に濃いオレンジの物体が押し込まれているのを見つけます。置きっ放しのセーターかなにかと思ったそれは、水槽から抜け出していたミズダコ(マーセラス)でした。トーヴァは、テーブルの下でコードに絡まり動けなくなっているマーセラスを救ってやります。これが、トーヴァとマーセラスの出会いでした。

こうして、余命わずかなミズダコと老婦人との奇妙な交流がスタートします。よりファンタジー色が強めの作品であれば、ふたりは心で会話したりして物語が進んでいくのでしょうが、本書ではテレパシーで通じ合うといったような演出はありません。トーヴァは、マーセラスの脱走癖を知りつつもそれを見守り、マーセラスはその知性でトーヴァの言葉を理解し彼女が抱える孤独を癒やす。言葉ではコミュニケーションできないひとりと一匹ですが、どこか互いに理解し合っているというのが、トーヴァとマーセラスの関係なのです。

こうして人とタコとの奇妙な友人関係が始まります。ここに関わってくるのがキャメロン・キャスモアという若者です。バンドマンとしての夢を追い求めるもうまくいかず、仕事をしても長続きしない。キャメロンは完全なダメ人間です。子どもの頃に母親に捨てられ、父親が何者なのかもわからないという孤独も抱えています。そんな彼が、父親と思い込む人物に会うために車を走らせる途中でトーヴァの暮らす街にやってきます。そして、いくつかの偶然が重なり、水族館の清掃員として働くことになります。

キャメロン、トーヴァ、そしてマーセラス。ふたりと一匹が交わることで、物語は動き出します。マーセラスは、ふたりを観察し、あることに気づくのです。それは、複雑な家族の真実でした。

高い知能を持ったタコが、人間と交流して、物語が展開していく。設定だけみると奇抜な内容なのではと思ってしまいそうです。ですが、本書については、そのような奇抜さはありません。むしろ、ハートウォーミングで穏やかな物語になっています。若くしてひとり息子を亡くした孤独な老婦人と父親を知らず母親にも捨てられた孤独な若者。交わるはずのなかったふたりが偶然に出会い、さらにタコを介して互いの存在と関係を知っていく。本書は、心を痛めた人の再生の物語であり、家族について考える物語です。

残された命を使って、トーヴァに寄り添うマーセラスの姿には胸にこみ上げてくるものがあります。トーヴァとマーセラスの別れの場面。そして、すべてを受け入れたトーヴァとキャメロンの新しい人生の始まり。気持ちが殺伐としたときに心が癒やされる作品でした。