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【書評】パトリシア・ハイスミス「キャロル」(河出書房新社)−美しき年上の女性キャロルに魅せられた18歳の無垢な少女テレーズ。禁断の関係が生み出す美しき愛の形

このレビューを書いているのは、2016年2月29日であり、第88回アカデミー賞の授賞式が、ハリウッドで開催される日である。

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パトリシア・ハイスミス「キャロル」を原作とした映画「キャロル」を映画館で鑑賞してきた。キャロルを演じるのは、2013年に「ブルージャスミン」でアカデミー主演女優賞を受賞したケイト・ブランシェット。キャロルに魅せられ、彼女との恋に落ちていくテレーズを演じるのは、この作品でカンヌ映画祭の主演女優賞を受賞したルーニー・マーラ。ふたりとも、本作で第88回アカデミー賞に女優賞にノミネートされている(ケイト・ブランシェットは主演女優賞、ルーニー・マーラは助演女優賞にノミネート)。

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本書は、「見知らぬ乗客」や「リプリー」など、映画化された著作も多いパトリシア・ハイスミスが、別名義(クレア・モーガン)で発表した恋愛小説である。発表当時の原題は「The Price of Salt」で、その後、パトリシア・ハイスミス名義で復刊された際に「Carol」と改題されている。

キャロル (河出文庫)

キャロル (河出文庫)

 

デパートのアルバイト店員として働くテレーズは、娘へのクリスマスプレゼントを買いに来た女性に惹きつけられ、彼女宛にクリスマスカードを送る。するとその女性・キャロルから連絡があり、ふたりは一緒に食事をしたりするようになる。テレーズは、キャロルの魅力に深く魅せられ、憧れはいつしか愛情へと昇華していく。だが、キャロルには、夫ハージとの離婚問題と娘リンディの親権問題があり、テレーズの愛情にはなかなか応えてくれない。それでも、テレーズの愛の力はやがてキャロルの心に届く。ただしそれは、ふたりにとってのつらい日々の幕開けでもあるのだ。

本書は、キャロルとテレーズという女性同士の恋愛関係を描いたレズビアン小説である。

レズビアンやゲイなど、いわゆる“LGBT”と呼ばれるマイノリティに対する社会の理解は、ここ最近になってようやく広まってきている。日本でも、渋谷区が同性婚カップルを親族関係として認める条例を制定したり、企業においてもLGBTマイノリティに対する差別的な処遇を改善する動きが見え始めている。しかし、本書「キャロル」が刊行された1950年台初頭においては、アメリカであってもレズビアンを公然と描く恋愛小説の出版は難しかったようだ。本書が、パトリシア・ハイスミス名義ではなく、クレア・モーガン名義で発表されたのも、そういう背景があったという。

レズビアンを描いた小説であるが、本書はけっしてポルノまがいの下世話な小説というわけではない。本書で描かれるキャロルとテレーズの関係は、禁断の関係であるが実に美しく、読むものを魅了する。

さらにいえば、本書はテレーズという少女が大人の女性へと成長する様を描いた成長小説という側面もある。むしろ、そちらの方が作品としての位置づけではメインになるのではないだろうか。

本書は、終始テレーズ側からの視点で物語が進んでいく。テレーズからみたキャロルであり、テレーズが体験する様々な人間関係であり、そこから導き出される彼女の成長が描かれる。読者である私たちは、様々な経験を通じてテレーズが大人になっていく様を見守っているのである。

映画「キャロル」は、そうした小説世界に描かれるふたりの女性の美しき愛の姿と、ひとりの少女の成長が見事に映像化されている。ルーニー・マーラが演じるテレーズは、ときに無防備で、ときに壊れやすく、揺れる心を表現しているし、テレーズが愛するキャロルは、ケイト・ブランシェットという妖艶な大人の女優が醸し出す雰囲気によって、美しく妖しくそしてミステリアスな女性としてスクリーンにその姿をあらわす。

「キャロル」は、小説と映画の両方で相乗的に魅力を増す作品なのだと思う。なので、小説と映画の両方をぜひ体験してほしい。

【追記】
残念ながら、ケイト・ブランシェットルーニー・マーラも、最優秀女優賞の受賞は逃してしまったそうです。
 第88回アカデミー最優秀主演女優賞:ブリー・ラーソン(ルーム)
 第88回アカデミー最優秀助演女優賞:アリシア・ビカンダー(リリーのすべて)

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