タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「バルタン星人はなぜ美しいか 形態学的怪獣論〈ウルトラ〉編」小林晋一郎/朝日ソノラマ-バルタン星人を筆頭にウルトラシリーズに登場する怪獣のデザインや造型を形態学的観点から考察した1冊。怪獣に対する新しい視点に感心した。

 

 

ウルトラQ』、『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』などのウルトラシリーズ作品を、特撮やドラマ演出、脚本といった視点から解説したり、小説化したりした作品はこれまでいくつか読んできた。最近レビューした「星の林に月の舟」「星屑の海」(ともに実相寺昭雄著)や「怪獣使いと少年」切通理作)は、演出家だった著者による自伝的小説や4人の脚本家について書かれた評伝である。

小林晋一郎「バルタン星人はなぜ美しいか」も、ウルトラシリーズを題材とした作品である。そのテーマは、怪獣の“デザイン”、“造形”だ。著者は、本業は歯科医(2003年本書刊行)なのだが、ウルトラシリーズに登場するウルトラマンや怪獣たちの姿形に魅了され、高校生のときには『帰ってきたウルトラマン』を制作している円谷プロに、オリジナルの怪獣デザインとストーリー13本を作って送り(デザインやストーリーを一般公募していたわけではなく、著者が勝手に送ったとのこと)、そのうちの1本が採用されたり、昭和60年(1985年)には、『ゴジラvsビオランテ』の原案募集に応募して佳作入選するなど、かなりの特撮マニアといえる。

そんな特撮マニア、怪獣マニアの著者が著した本書は、そのタイトルにあるとおりウルトラシリーズに登場する怪獣を“形態学的”に論ずる研究書である。そもそも“形態学”は、生物学の分野のひとつであり、生物の形や構造の記述と法則性を探求するものだという。生物を構成する細胞や組織、器官などを比較して一般的な法則性を見出すなどが研究として行われる。当然ながらその範囲はもっと多岐にわたるが、形態学の解説をするのがこのレビューの目的ではないのでこれ以上は割愛。

本書はあくまでも“形態学的”に怪獣のデザインや造型を論じているのであって、生物学上の形態学とは異なるし、そもそも怪獣は架空の生き物なので生物学の対象でもない。本書で著者が論ずるのは、いかにウルトラシリーズに登場する怪獣や宇宙人のデザイン、造型が素晴らしいものかということと、そのデザインや造型を生み出したデザイナーや造型家の仕事の素晴らしさである。そのうえで、その匠たちが生み出した怪獣たちを形態学的に分類し、それぞれの特長や造型美を深掘りしていく。その筆頭にあげられるのが、『ウルトラマン』に登場した宇宙忍者バルタン星人である。

バルタン星人は、『ウルトラマン』を代表する怪獣である。おそらく、シリーズ全体をとおしても一番知られている怪獣かもしれない。セミのような顔をして両手は大きなハサミ状になっている。「フォーフォフォフォ」という独特の笑い声(?)のような声を発して、宇宙忍者と呼ばれるようにテレポーテーション能力を有する。故郷バルタン星が崩壊し宇宙難民状態となっていたバルタン星人は、偶然発見した地球を気に入り、20億人の同胞たちの移住の地として侵略を開始する。最終的にはウルトラマンによって侵略は食い止められ、バルタン星人は同胞20億人が乗船する宇宙船とともに破壊されることになる。

このバルタン星人のデザイン、造形について、著者はまるまる1章を使って論じている。バルタン星人誕生に至る流れ、全体的なデザインのすごさ、両手のハサミのデザインに関する分析、造型バランスのすごさなど、バルタン星人がいかに洗練された怪獣であるかを力説する。本当の学術書や論文のように、多数のデザイン画や画像、ときに著者自ら書き起こした細密な図版を駆使して、バルタン星人やその他の怪獣について考察を深めていく。

終始、著者の熱量に圧倒される。怪獣への愛の深さが溢れている。と同時に、怪獣のデザインや造型という視点で1冊の本ができてしまうところに、ウルトラシリーズの存在感というか、奥行の深さのようなものも感じてしまった。ウルトラシリーズに限らず、仮面ライダーシリーズやガンダムシリーズでも、本書のような形態学的なアプローチで本を書くことは可能かもしれないが(ガンダムはロボットなのでさすがに厳しいか?)、やはり怪獣という人智を超えた生物の存在感が、本書を成立させているように思う。

特撮テレビドラマに登場する怪獣を形態学という学術的な視点で考察し、そのデザインや造型を手がけたデザイナーや造形師の匠の技のすごさを明らかにする。これはまさに学問の領域である。そして、本書はただ学術的に怪獣の形態を論ずるだけではなく、ウルトラシリーズのファンはもちろんのこと、それほどファンというわけでもない一般的な特撮ドラマの視聴者や読者の興味も惹きつける読み応えのある内容になっている。ところどころに理解の追いつかないところはあるけれど、上下二段組かつ250ページほどの分量を一気に読ませる面白さもある。多様な視点から怪獣をとらえる機会はそうそうあるものではない。実に興味深い1冊だった。