タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「星の林に月の舟 怪獣に夢見た男たち」実相寺昭雄/大和書房-怪獣特撮ドラマの黎明期にその最前線に立っていた男たちの物語



 

 

令和になった現代でも新作が制作され続けている特撮ドラマ「ウルトラシリーズ」。そのスタートは、昭和41年(1966年)に放送された特撮ドラマ「ウルトラQ」である。そこから、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」とシリーズは続き、途中中断していた時期もあるが、現代に至るまで数十作品が放送されている。今でも子どもから大人までファンの多いシリーズだ。

本書は、最初期のウルトラシリーズウルトラQウルトラマンウルトラセブン)やウルトラセブンの後継番組として放送された「怪奇大作戦」など、円谷プロが手掛けた特撮ドラマに携わった演出家の実相寺昭雄による長編小説である。まさに、著者が特撮ドラマ撮影の現場で経験したことや、特撮ドラマの制作に青春を捧げた人々の熱い日々が描かれている。

物語の主人公はKXTVというテレビ局でドラマの演出を手掛ける吉良平治。モデルはもちろん著者自身である。吉良は、演出部から映画部に異動となり、そこから円谷プロに出向することになる。その動きに関わったのが、KXTVで吉良の先輩であり、円谷プロ創設者の円谷英二の長男である円谷一だ。KXTV内で少し居場所がなくなりつつあった吉良に円谷プロでウルトラの仕事をするように引っ張り込んだというわけだ。「第一章 ウルトラQ」の始まりは、吉良が円谷一に連れられて世田谷区砧にある円谷プロを訪ねるところから始まる。

今でこそ、ウルトラシリーズ仮面ライダーシリーズ、戦隊ヒーローシリーズなどは、若手俳優の登竜門的な作品として人気もあり評価も高いが、最初期の特撮物は人間を描くドラマと比べると一段劣るゲテモノのような扱いだった。本書の中でも、円谷プロに出向となり特撮ドラマを演出することになった吉良に対して、愛人関係にある女優が蔑んだような態度をとる場面があったり、40%を超えるような高視聴率を出しても、尊敬されるどころかかえってバカにされるような場面があったりする。日曜日の夜7時というゴールデンタイムの中でも特別と思える時間帯に放送され、驚異的な視聴率を出しても、評価はあがらないということに驚く。小説なので多少の誇張はあるかもしれないが、特撮が子ども相手の低俗な番組とみられていたことは事実なのだろう。

しかし、吉良や円谷プロで作品を制作する人たちは、イロモノ扱いの特撮に全力で取り組んでいく。本書が描くのは、ウルトラシリーズ撮影の裏話的な部分だけではない。特撮の現場に関わる人たちやドラマの脚本づくりに携わる人たちのドラマも描いている、中でも印象深いのは、金城哲夫の存在だ。

本書は、1987年に刊行されている。巻末の「エピローグを含んだ、ちょっと長めの、あとがき」の中で著者も書いているが、刊行時にですでに故人となっていた登場人物は実名で描かれている。吉良を特撮の現場に引っ張り込んだ円谷一や特撮の神様とも呼ばれた円谷英二、そして沖縄出身でウルトラシリーズの企画構成や脚本作りの中心人物であった金城哲夫といった人たちだ。

金城哲夫は、円谷プロウルトラQウルトラマンウルトラセブンといった黎明期のシリーズ作品を企画し、脚本も書いていた人物。ウルトラシリーズを語る上では絶対に外すことのできない人物である。本書の中でも、そのバイタリティと、自らの出自でもある沖縄(ウルトラマンなどが放送されていた1960年代はまだ日本に返還されておらず、アメリカの統治下にあった。沖縄が日本に返還されたのは1972年のことである)への思いがウルトラシリーズの制作にどれほどの影響を与えていたかが記されている。

CG技術が発達して、いまやほとんどの特殊効果はCGによって作られている。しかし、本書が描く昭和の特撮撮影の現場は、もっと生々しく、デジタルなど存在しないアナログの世界だ。ミニチュアセットで暴れまわる着ぐるみの怪獣。命がけの爆破シーン。私が子どもの頃にワクワクしながらみていた特撮ヒーローの世界は、大人たちが懸命に汗水流して作り上げたものだったということが、本書にはしっかりと描かれている。

どんなに数字を出してもイロモノ扱いされ、厳しい予算の中で毎週子どもたちにウルトラマンの活躍を届ける。当初は当惑していた吉良も、円谷一金城哲夫といった人々に出会い、自らも撮影の現場に立つことで次第に特撮の世界に惹き込まれていく。そのプロセスがしっかりと描かれている。

もう60年近く昔の話であり、現代の視点でみると甚だしく時代錯誤な部分はある。だが、古い物語を読むときに現在の視点は必要ない。あの時代にはこうだったのだということを感じればよい。今の時代ではもう失われてしまったかもしれない熱量のようなものを感じられるかもしれない。