読み始めるまで、本書は小説だと思っていた。というか、読み始めてからも、少しの間は小説のつもりで読んでいた。
額賀澪「拝啓、本が売れません」は、デビュー3年目の著者が、出版不況と言われ続けている業界の中で、どうすれば自分の本が売れるようになるかを、編集者、書店員、Webコンサルタント、映像プロデューサー、ブックデザイナーといった業界内外の人々に会って話を聞くことで追求するドキュメンタリーである。
と書くと何やら堅苦しさを感じさせるが、そこまで真面目くさったものではない。もちろん、著者や担当編集者にしてみれば切実な問題とは思うが。
『本が売れない』という話は、ずいぶんと前から聞いてきた。数十万部を売り上げる一握りの売れっ子作家を除けば、ほとんどの作家は初版が売れて重版がかかれば売れた方に入るのだという。本が売れないから書店も次々と姿を消していて、地元に書店がないという地域も少なくない。私が住む地域でも、10年くらい前には歩いていける範囲に数件の書店があったが、今では駅前のスーパーにテナントとして入る書店が1軒あるだけ。その書店も、売り場の半分は文房具が占めていて、本も週刊誌などの雑誌やベストセラーになっている自己啓発本やダイエット本がほとんどに、文庫本とコミックスが並んでいる程度しかない。単行本は少しだけ、海外文学は影も形もないという有様だ。
「なぜ本が売れないのか」
著者にとっては切実な問題だ。自分の出した本が売れなければ、当然収入は減ってしまう。なにより、これまでに出した本の売上実績が次に出す本の初版部数に影響するのだ。松本清張賞を受賞してデビューしたときは、初版で1万部出してもらえたのに、それが8千部になり、5千部になる。実にシビアな世界だ。
「とにかく本を売りたい。そのためにはどうしたらいいのか」
著者は、その答えを求めて様々な人に会いに行って話を聞く。
過去に数々のライトノベルをヒットさせた元敏腕編集者の三木一馬氏、様々な仕掛けで出版業界から注目される『さわや書店』の書店員松本大介氏、Webコンテンツによるマーケティングに精通したWebコンサルタントの大廣直也氏、メディアミックス戦略を仕掛る映像プロデューサーの浅野由香氏、書籍の顔とも言える表紙カバーに斬新なデザインを取り入れヒット作を生み出すブックデザイナーの川谷康久氏。こうした人たちの話をひとつずつ聞いていく中で、著者は本を売るために何をするべきなのかのヒントを得ていく。
著者が聞いた話のすべてを実践したからといって、それがすぐに本の売上につながるわけではない。だが、長い目でみたときにコンスタントに売れる作家になることは可能なのかもしれない。近い将来、著者の小説が大なり小なりヒット作となっているところを見ることがあるかもしれない。
ただ、もしかすると本書が著者にとって一番のヒット作になるかもしれない。だって、これまで額賀澪という作家の存在にも気づいていなかった私のような読者が、書店の店頭で思わず手にとり買ってしまったくらいなのだから。