タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「受験生は謎解きに向かない」ホリー・ジャクソン/服部京子訳/東京創元社-〈向かない3部作〉シリーズの前日譚。まだ自由研究の題材を決めあぐねているピップはコナー宅で開催される犯人当てゲームに参加するが...

 

 

衝撃的な展開と意味深なラストでミステリファンの間でも賛否の渦を巻き起こした〈向かない3部作〉。その前日譚となるのが、本書「受験生は謎解きに向かない」です。

前日譚となるだけあって、シリーズの主役ピッパ(ピップ)・フィッツ=アモービはまだ『自由研究で得られる資格』のテーマを決めあぐねている段階です。彼女は、そのことに焦りを感じているようですが、彼女の友人たちはASレベルの試験を終えて開放感に浸っています。

そんな中でピップは、友人のコナー・レノルズ宅で開催される犯人当てゲームに参加することになります。コナーといえば、シリーズ第2作「優等生は探偵に向かない」で、ピップに行方不明の兄ジェイミーの捜索を依頼した人物です。彼の家で開催されるゲームなので、本作にはジェイミーも登場しますし、他にもシリーズに登場したメンバーが本作に登場します。

ピップの親友であるカーラとローレン。
ピップの同級生であるアンソニー(アント)とザック。

全部で7人の友人たちが集まってゲームは幕を開けることになります。ゲームの舞台設定は1924年。とある孤島に建つ大富豪レジナルド・レミーの館に彼の誕生日を祝うため親族が集まります。その孤島には、1日1便しかない船に乗る以外に上陸する手段はなく、次の船が来るまでは絶海の孤島となってしまう。その孤島の館で、主であるレジナルド・レミーが何者かに殺害されます。犯人は館に集まった者たちの中にいる。ロンドン警視庁の警部に扮したジェイミーが進行役となってマーダーミステリはスタートします。ピップたちは、ゲームの進行する中で与えられる手がかりをもとに殺人事件の謎を解き、犯人をつきとめるというわけです。

本作では、ゲームの設定上の殺人は発生しますが、現実に事件が起きるわけではありません。試験が終わってうわついているコナーたちとは違って、自由研究のテーマ選びに悩んでいるピップは今回のゲームの参加にはあまり乗り気ではありません。しかし、そこは持ち前の好奇心と探究心に満ち溢れたピップのこと、ゲームの中で起きたことや証言をノートにびっしりとメモをとり、ストーリーが進展していく中で次第にゲームの世界にのめり込んでいきます。そして、最後には、誰もが思いもよらない大胆な推理を展開することになります。

本書は、200ページにも満たない中編小説ですが、シリーズをすでに読んでいる読者にとっては、ピップという人物像をよくわかっているだけに、ところどころでシリーズ作品の中のエピソードや彼女の言動などを思い出して、納得したり面白がったりできると思います。

逆に、まだシリーズ作品を未読の読者は、本書から読み始めて、シリーズ第1作の「自由研究には向かない殺人」から順番にシリーズ作品を読んでいく楽しみがあると思います。本書でピップという少女の人物像を掴んでからシリーズを読むのは、知らずに読むよりも楽しめるのではないでしょうか。

シリーズ3部作の中で、本書に登場するピップとその友人たちの関係は、いくつかの事件や出来事を通じて大きく変化していきます。すでにシリーズ作品を読んだ読者にとっては、彼らがもともとは一緒にゲームを楽しむ、高校生活をエンジョイする友人同士だったことを改めて実感し、シリーズ作品の中で起きたことを今一度思い返すでしょう。シリーズ未読の読者は、本書で楽しそうに犯人当てゲームに興じる友人同士の関係が、この先どんな変化をしてしまうのかドキドキしてシリーズ作品を読むことができるでしょう。

〈向かない3部作〉シリーズの前日譚となる作品が刊行されるという話を聞いたときは、期待が半分ありつつも変に話を作ってシリーズのインパクトを削いでしまう可能性もあるのではないかと不安も感じていました。ですが、翻訳刊行された「受験生は謎解きに向かない」を読んで、不安を感じていたことを申し訳なく思いました。さすがホリー・ジャクソン。読者の期待を裏切らない作家だなと思います。

本書は、〈向かない3部作〉シリーズ作品と合わせて読むことで真価を発揮する作品です。シリーズを未読の方は本書をきっかけにシリーズの作品を読んでみてほしいなと思います。

〈向かない3部作〉レビュー ※ネタバレ注意

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「水曜日は働かない」宇野常寛/ホーム社-今まで当たり前と感じていた「する」を「しない」ことで見えてくること

 

 

2019年の7月24日の、たぶん午前11時30分ごろ。僕たちは毎週水曜日に働くことを、やめた。

宇野常寛「水曜日は働かない」は、こんな書き出しで始まります。サラリーマンとして働いている身からすると、毎週水曜日を休みにするのは、できたらいいなとは思いますが現実的には難しいことです。

本書は、社会批評家として様々なメディアで活動し、多数の著書もある著者によるエッセイ集になります。エッセイ集なので、宇野さんの日常や身の回りのこと、人間関係などを題材にして軽い読み心地となっています。ところどころに批評家としての視点が含まれていて、「フムフム、なるほど」と考えさせられるエッセイ集です。

「働くこと」だったり、職場の上司や同僚、仕事に関係する方々との「酒の席」や「飲みニケーション」といった、これまでなんとなく常識的にやってきた「する」を「しない」に変えることで、新しい世界や幸せが見えてくる。そういう視点で書かれたエッセイには、すごく共感するというか、羨望の気持ちで読みました。

例えば、本書のタイトルにもなっている「水曜日は働かない」は、もともと夜型の生活スタイルだった宇野さんと相棒T氏が、T氏がパリに移り住んだことをきっかけに宇野さんが「業界」から距離を置くようになり、生活も夜型から朝型に切り替え、ランニングをするようになり、帰国したT氏と4年ぶりに再会してみると宇野さんと同様にT氏も朝型の人間に変わっていた。生活スタイルの変わったもの同士のふたりは、毎週水曜日の朝に集まって一緒にランニングをする仲になり、T氏から「水曜日は働かないことにしているんですよ」と告げられるという、ざっくり書いてしまうとそういう話です。T氏の話を受けて宇野さんはこう記します。

水曜日は働かないことによって1年365日、ありとあらゆる日が休日に隣接することになる。路上でストロングゼロを開けながら、T氏は述べた。オールフリーを開けながら、僕は思った。もしかしたらあのNPCたちも、水曜日に働くことをやめられたら世界の見え方が、もっと変わるかもしれない、と。

NPCとは、ドラクエなどのRPGに登場するキャラクターです。主人公に話しかけられるといつも同じセリフを返してくるキャラクター。毎日決まった時間にオフィスに出勤し、決まった仕事をし、時間が来れば家に帰る。決まった生活パターンで日々を過ごす私のようなサラリーマンは、ゲーム中のNPCのような存在なのかもしれません。

NPCであることが悪であるという意味ではありません。見方を変えれば、宇野さんやT氏のような人の方がNPCのような存在になるかもしれません。月曜から金曜まで働いて土日に休むという生活スタイルも、夜遅くまで残業して同僚と酒を飲んで上司や取引先の愚痴を吐いてストレスを発散するという生活スタイルも、何も間違ってはいないですし、すべて正しいというわけでもないと思います。それぞれの生活スタイルも客観的に見ればNPCのように画一的なパターンで動いているように見えるということです。

「水曜日は働かない」というエッセイが、自分の中にスッと入り込んできたのは、コロナによる生活スタイルの変化も影響していると思います。2020年に世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナは、私の生活スタイルに大変化をもたらしました。緊急事態宣言による外出自粛から仕事は完全テレワークへと移行しました。2020年4月以降、現在(2024年2月)に至るまでの4年間で私がオフィスに出社した回数は10回にも満たない状況です。ほぼコロナ前の日常に戻った2023年以降も会社はテレワーク主体のワークスタイルを継続し、私も今ではオフィスに出社して仕事をすることに抵抗感があるほどになっています。

こうした生活スタイルの変化に直面した状況で読んだから、「水曜日は働かない」が自分の中でスッと腑に落ちたように感じられたのかなと思っています。

「水曜日は働かない」というエッセイ1編だけで長々と書いてしまいました。本書には、このように当たり前にしていることを客観的な視点で観察し、そこから変化させることで違う世界が見えてくるのだということを書いたエッセイが他にも多数収録されています。「僕たちに酒は必要ない」では、「酒の席」や「飲みニケーション」という昔ながらのサラリーマンには当たり前のように存在したコミュニケーションスタイルをなくすことで見えてくる世界があります。

自分の生活や働き方、他者とのコミュニケーションの取り方、様々なコミュニティとの繋がり方など、いろいろな側面で当たり前のようにあるものや当たり前のようにしていることを、ないもの、しないものとしたときに、自分にどのような変化がもたらされるのか、どのような影響があるのか、本書に収録されたエッセイを読んで想像してみるのがよいかもしれません。

「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」シオドラ・ゴス/鈴木潤訳/早川書房-偉大なる大英帝国を復活させ、世界征服を目論むモリアーティ教授。2000年の眠りから目覚めたエジプトの女王テラ。〈アテナ・クラブ〉はその野望を打ち砕くことができるのか?

 

 

メアリ・ジキル、ダイアナ・ハイド、キャサリン・モロー、ベアトリーチェ・ラパチーニ、ジュスティーヌ・フランケンシュタイン、そしてルシンダ・ヴァン・ヘルシング。6人のモンスター娘たちが結成した〈アテナ・クラブ〉の冒険を描く「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズもいよいよ最終巻となります。前作「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」のラスト、ブダペストに滞在するメアリたちにロンドンのミセス・プールから届いた電報は、アリスが何者かにさらわれたという衝撃の知らせでした。アリスを救出するためにメアリたちはロンドンへと戻ることになります。

アリスをさらったのは、シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授でした。そして、シリーズ第1巻「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」で、ダイアナが預けられていた(事実上閉じ込めていた)聖マグダレン協会の院長だったミセス・レイモンドが彼の協力者でした。ミセス・レイモンドは、実は強力な催眠術を操る能力を持っているのです。そして、驚くべきことにアリスは、ミセス・レイモンドの娘リディアなのです。アリスの能力は母から受け継いだものでした。アリスもミセス・レイモンドも、メアリたちと同じモンスターなのです。

なんとなんと、ここにきてシャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授までもが、このシリーズのキャラクターとして登場してきました。オリジナルでは、ライヘンバッハの滝で死んだはずのモリアーティ教授ですが、実は生き延びて、こうして自らの野望を叶えるべくロンドンに舞い戻ってきたのです。さあ、話の風呂敷がどんどん広げられていきます。

モリアーティ教授の野望、それは栄光ある大英帝国復権。偉大なるイングランドを取り戻すべく、彼は〈黄金の夜明け団〉を組織します。また何やら新しい組織が出てきましたよ。彼らは、その野望を実現するためにある壮大な計画を練っていました。その計画の実現には、アリスの能力が必要だったのです。モリアーティ教授の野望を知ったアリスは、彼らに協力するふりをして脱出の機会を伺います。そんな中、屋敷の一室にホームズが監禁されているのを発見します。

偉大なる大英帝国を取り戻す。そのためにエジプトの女王テラを蘇らせる。それがモリアーティ教授が組織する〈黄金の夜明け団〉の計画でした。蘇ったテラの力と、ミセス・レイモンド、アリスの力を利用して、大英帝国の威信を取り戻し、世界を征服するのです。でました、世界征服!

モリアーティ教授が生きていること。彼とミセス・レイモンドがアリスをさらった犯人であること。彼らがアリスの能力を悪用して何やら壮大な悪事を企てようとしていること。アリスの監禁されている場所を知ったメアリたちは、ベイカー街遊撃隊の少年たちの力も借りてアリス奪還に向かいますが、ミセス・レイモンドの能力によってあっさり捕まってしまいます。そして、モリアーティ教授たちの計画実行の場に立ち会うことに。そこには、ホームズの姿もありました。彼は、モリアーティ教授の計画の中で生贄として捧げられるのです。メアリたちの前で行われる女王テラの復活の儀式。そこで起きる衝撃の展開。メアリたちの運命はどうなるのか。

迫力のクライマックス!そして衝撃のラスト!と言いたいところですが、なんとここまでで物語はまだ道半ば。後半はブダペストから帰還したキャサリンベアトリーチェ、シュタイアーマルクの古城でカーミラから吸血鬼としての生き方を学んでいたルシンダ、そして〈錬金術師協会〉の会長アッシャも合流して、蘇った女王テラ、ミセス・レイモンド、ミス・トレローニーたちの野望を打ち砕き、シャーロック・ホームズとアリスを救出するためにコーンウォールでの決戦へと突き進んでいくのです。

それにしても次から次へと登場するキャラクターたちの豪華なこと。19世紀から20世紀初頭に書かれて21世紀の現在でも世界中で読まれている数多のミステリーやホラー、SF小説のキャラクターたちがこれでもかと登場して物語を盛り上げていきます。前作のレビューでも書いたように、私は本シリーズに登場するキャラクターたちが登場するオリジナルの作品は「シャーロック・ホームズ」シリーズくらいしかちゃんと読んだことがないので、このキャラはオリジナルではどういうキャラなのだろうと思いながら読んでいたのですが、オリジナルを知らなくても本シリーズは全然楽しめるので気にする必要はありません。それでも、気になるという方は、ファンタジイ研究家の中野善夫さんによる解説に詳しいので読んでみてください。

「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズは、本書をもって完結となりますが、〈アテナ・クラブ〉の活躍はまだまだ続いていきそうです。メアリたちの次なる新たな冒険が、また私たちの前に登場することを期待したいと思います。

 

「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」シオドラ・ゴス/原島文世訳/早川書房-ルシンダを救出しブダペストへ向かうメアリたちを待ち受ける試練。〈アテナ・クラブ〉はヴァン・ヘルシング教授の野望を阻止できるのか?

 

 

「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズ第2弾となる「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行」。前編となるウィーン編では、ヴァン・ヘルシング教授によりマリア=テレジア・クランケンハウスに監禁されていたルシンダを救出したメアリたち。後編となる本書ブダペスト編では、アイリーンが手配してくれた馬車でブダペストへ向かうことになります。

さあ、物語も後半に突入して、いよいよメアリたちは〈錬金術師協会〉の本部があるブダペストを目指すことになります。ですが、その途中で彼女たちを待ち受けていたのは、前作「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」で、殺人事件の容疑者として逮捕されたはずのハイド氏の罠でした。メアリ、ダイアナ、ジュスティーヌ、ルシンダは、ハイド氏の策略により彼の隠れ家へと拉致されてしまいます。ハイド氏の目的は、ルシンダの血。彼は、ルシンダの血を使って何かを企んでいる様子です。

メアリたちがブダペストを目指し、ハイド氏の手中に落ちる頃、キャサリンベアトリーチェは、〈驚異と歓喜のサーカス〉一座とともにウィーンに到着します。そして、アイリーンからブダペストに向かったはずのメアリたちが行方不明になっていると聞かされ、アイリーンの手配したチケットでオリエント急行に乗り込んでブダペストに向かうことになります。同じ列車には、ヴァン・ヘルシング教授たちも乗っていました。キャサリンは、彼らが〈錬金術師協会〉の会合で計画していることを盗み聞きします。

ハイド氏によってシュタイアーマルクの古城に囚われてしまったメアリたちですが、ある人物の登場により脱出に成功します。その人物とはカーミラ・カルンスタイン。彼女は、メアリにルシンダの手紙を寄越した元家庭教師ミナ・マリーに頼まれて、メアリたちを救いにきたのです。古城の城壁をまるでトカゲのように登り降りする謎めいた人物。そう、「吸血鬼カーミラ」のカーミラです。ヴァン・ヘルシングが登場するのですから、その対抗にいる吸血鬼が登場するのも当然でしょう。メアリたちがブダペストに到着してキャサリンたちと合流し、〈アテナ・クラブ〉のメンバーが集結したところは、伯爵(ヴラディーミル・アールバード・イシュトヴァーン)の館でした。

もう登場人物が膨らみすぎて誰が誰やらよくわからなくなってきます。なにしろ登場人物のほぼ全員が、それぞれにオリジナル作品の登場人物なのです。しかししかし、オリジナルはオリジナル、本作は本作と割り切って読まないと人物の相関関係やらなんやらが頭の中でゴチャゴチャしてしまいます。幸い(と言っていいのかわかりませんが)、私は「シャーロック・ホームズ」以外のオリジナル作品は、あらすじは知っていますがほとんど未読でしたので、「オリジナルではこの人物とこの人物は役割が違っていたな」とか「この人物はオリジナルでは悪役だけどこっちでは正義の側になっているんだな」みたいなことを考えずに済んで、楽しく読めたと言えるかもしれません。もちろん、オリジナルを知っている人が読めば、それはそれで楽しめるのだろうと思います。

ブダペストで合流した〈アテナ・クラブ〉のメンバーは、伯爵やミナ、カーミラとともに〈錬金術師協会〉でのヴァン・ヘルシングたちの計画を阻止すべく動き出します。協会本部に潜入し、ヴァン・ヘルシングの計画に介入する機会をうかがい実行します。人々が入り乱れパニックとなる会場。混乱を制し、ヴァン・ヘルシングの野望は打ち砕かれるのか。それを成し遂げるのは〈アテナ・クラブ〉のメンバーなのか、それとも別の力なのか。これまで想像もしなかった驚くべき展開へと突き進み、「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズ第2弾は幕を下ろすことになります。

しかし、メアリたちの冒険はまだまだ終わりではありません。本作のラスト。〈錬金術師協会〉の記録保管所で自分たちの父が行ってきた実験について資料を調査していたメアリたちのもとへロンドンのミセス・プールからの電報がもたらされます。そこには、アリスがさらわれたとの知らせがありました。アリスは、前編「ウィーン編」でキャサリンヴァン・ヘルシングたちの動向を探っていたときに、催眠術の能力を持っていることがわかったのです。アリスがさらわれたのは、彼女の能力と関係があるのでしょうか。

こうして、メアリ、ジュスティーヌ、ダイアナはアリスとシャーロック・ホームズを探すためロンドンに戻ることになります。メアリたちは、アリスとホームズの行方を探し出して救出することができるのか。アリスの正体とは。アリスをさらったのは誰なのか。そして、ダイアナは伯爵の子犬をロンドンに連れ帰ることができるのか(「どういうこと?」と思ったら本書をチェック!)。

キャサリン こうした疑問すべて、そしてそのほかのことへの解答も、アテナ・クラブの冒険シリーズの第3巻であきらかになります。(以下略)

ということで、シリーズ第3巻にして最終巻となる「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」に乞うご期待!

「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅰ ウィーン編」シオドラ・ゴス/原島文世訳/早川書房-ヴァン・ヘルシング教授により精神病院に監禁されたルシンダを救出するため〈アテナ・クラブ〉のメンバーはウィーンを目指す

 

 

メアリ・ジキル(父は「ジキルとハイド」のヘンリー・ジキル博士)、ダイアナ・ハイド(父は「ジキルとハイド」のエドワード・ハイド)、ベアトリーチェ・ラパチーニ(父は「ラパチーニの娘」のジャコモ・ラパチーニ)、キャサリン・モロー(父は「モロー博士の島」のモロー博士)、ジュスティーヌ・フランケンシュタイン(父は「フランケンシュタイン)のヴィクター・フランケンシュタイン)によって結成された〈アテナ・クラブ〉。本書は、〈アテナ・クラブ〉の冒険を描く「アテナ・クラブの驚くべき冒険」シリーズの第2弾「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行」の前編となります。

前作「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」のラストで、かつてメアリの家庭教師をしていて、現在はウィーンに暮らすミナ・マリーからメアリ宛に届いた手紙。そこには、ルシンダ・ヴァン・ヘルシングからの救いを求める手紙が同封されていました。

ルシンダからの手紙を受け取った〈アテナ・クラブ〉のメンバーは、シャーロック・ホームズのサポートもあり、メアリとジュスティーヌがオリエント急行でウィーンを目指すことになります。ホームズは、かつて「ボヘミアの醜聞」事件で彼を唯一翻弄させたアイリーン・アドラー、現在はウィーンに暮らすアイリーン・ノートンにメアリたちのサポートも依頼してくれました。こうしてメアリたちは、ロンドンからヨーロッパへ冒険の舞台を移すことになります。

〈アテナ・クラブ〉に救いを求めるルシンダ・ヴァン・ヘルシングは、「ドラキュラ」で吸血鬼ドラキュラ伯爵と対決したエイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授の娘。本書には、父のヴァン・ヘルシング教授も〈錬金術師協会〉内での“生物的変成特別変異”の実験を自由に行えるようにさせる野望を叶えるべく暗躍するマッド・サイエンティストとして登場します。ルシンダは、母とともに父の実験台にされ、ウィーンにある精神病院に隔離されているのです。

「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行」の前編となる「ウィーン編」では、メアリたちがホームズが手配したオリエント急行でロンドンからウィーンに向かう道中と、ウィーンに到着し、アイリーンと彼女に仕える凄腕のメイドたちやジークムント・フロイト博士の協力を得て、ルシンダが監禁されているマリア=テレジア・クランケンハウスにダイアナを潜入させ、ルシンダを救出すべく立ち向かう姿が描かれます。

ダイアナの大胆な行動でルシンダを監禁場所から脱出させたメアリたちですが、謎の集団に襲撃されてしまいます。銃で撃たれても執拗に襲いかかってくる集団からどうにか逃れたメアリたちは、アイリーンの手配で〈錬金術師協会〉の会合が行われるブダペストに向けて旅立つことになります。

前作では、「ジキルとハイド」、「ラパチーニの娘」、「モロー博士の島」、「フランケンシュタイン」、「シャーロック・ホームズ」といった名作の登場人物が続々と出演してきましたが、第2弾となる本書では、「ドラキュラ」に登場するヴァン・ヘルシング教授やその娘のルシンダ、「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場したアイリーン・アドラーが登場し、さらに精神分析医のジークムント・フロイト博士も登場するなど、豪華絢爛なメンバーの共演となっています。

ヴァン・ヘルシング教授が目論む野望とは何か。その野望を実現するために、彼は妻や娘にどのような人体実験を行っていたのか。メアリたちが監禁場所から救出したルシンダは、肉体的にも精神的にも衰弱し、意味不明なことを話すようになっています。これは、ヴァン・ヘルシング教授が行った実験の結果なのです。そして、そのすべての謎は後編の「ブダペスト編」で明らかとなるのです。

本書は、前作に引き続き作中人物のひとりであるキャサリン・モローが作家となって書いた作品という形になっています。前作同様、合間合間で〈アテナ・クラブ〉の他のメンバーたちからのツッコミや指摘が差し込まれ、さらにキャサリンがチョイチョイと前作の宣伝を入れてくるので、そこがちょうどいい感じのユーモラスさを醸し出してくれます。

ブダペストに向けてアイリーンのもとから出発したメアリ、ダイアナ、ジュスティーヌ、そしてルシンダ。彼女たちは無事にブダペストのミナ・マリーのもとに到着し、ヴァン・ヘルシング教授の野望を打ち破り、〈錬金術師協会〉の謎を解明することができるのでしょうか。続きは「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」にて。早川書房の『新☆ハヤカワ・SF・シリーズ』から税込2,640円(電子版ならタイミングによりお得なキャンペーン価格もあります!)で購入できます! 前作「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」もぜひ!(と締めはキャサリンの宣伝告知風に)

「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」シオドラ・ゴス/鈴木潤・他訳/早川書房-ジキル、ハイド、モロー、フランケンシュタイン、ラパチーニ。マッド・サイエンティストの娘たちがシャーロック・ホームズとともにヴィクトリア朝ロンドンで謎の組織の秘密に迫る!

 

 

「ジキルとハイド」、「フランケンシュタイン」、「モロー博士の島」、「ラパチーニの娘」、そして「シャーロック・ホームズ」。19世紀から20世紀初めに書かれた名作の数々は、今でもたくさんの読者に読まれています。

「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」は、これらの名作に登場する主人公の娘たちがシャーロック・ホームズとともにロンドンを恐怖におとしいれる連続殺人事件と、その裏にある謎の組織〈錬金術師協会〉の謎に迫っていくという作品。ホラーの要素、ミステリーの要素、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にしたスチームパンクの要素が融合した作品です。本作は、〈アテナ・クラブの驚くべき冒険〉シリーズの第1作にあたり、以下第2作が「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅰ ウィーン編」と「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行Ⅱ ブダペスト編」、第3作が「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」となっています。

本作に登場するマッド・サイエンティストの娘たちとは、

「ジキルとハイド」のジキル博士の娘であるメアリ・ジキル。
同じく「ジキルとハイド」のハイドの娘であるダイアナ・ハイド。
フランケンシュタイン」のフランケンシュタインの娘であるジュスティーヌ・フランケンシュタイン
「モロー博士の島」のドクター・モローの娘であるキャサリン・モロー。
「ラパチーニの娘」のジャコモ・ラパチーニの娘であるベアトリーチェ・ラパチーニ。

といった面々です。彼女たちは、それぞれの父親と謎の組織との繋がりから、互いに惹きつけ合うように出会い、ときに反発しあいながら事件の謎に迫っていくことになります。

母アーネスティンを失ったメアリ・ジキルは、母が特別な口座を持っていて、そこから毎月1ポンドずつが聖メアリ・マグダレンに対して“ハイドの世話代”という名目で支払われていたことを知ります。

“ハイド”とは、かつての父の友人で、ダンヴァース・カリュー卿殺人事件の容疑者として追われているエドワード・ハイドのことではないか。ハイドの逮捕につながる情報の提供者には100ポンドの報奨金がでることになっていたはずと思い当たったメアリは、シャーロック・ホームズに事の次第を話し、ワトソン博士とともに、まずは聖メアリ・マグダレン協会を訪れることになります。しかし、そこにいたのはハイド氏本人ではなく、ハイドの娘ダイアナでした。

こうしてダイアナと出会ったメアリは、さらにベアトリーチェ、キャサリン、ジュスティーヌと出会い、彼女たちはメアリの家で暮らすことになります。そして、彼女たちの父親が関わっていた〈錬金術師協会〉とロンドンで起きている連続殺人事件の謎をシャーロック・ホームズとともに調査していくことになるのです。

名作の主人公やその息子、娘を登場人物として描く小説は、これまでも数多く書かれてきていますが、〈アテナ・クラブの驚くべき冒険〉シリーズほどオールスターキャストで描かれている作品は少ないかなと思います。これだけのキャストを、きちんとそれぞれに元作品での設定を踏まえて役割を与え、破綻なく物語を進行していくのは、かなり大変なのではないかと思います。

本作の面白い仕掛けは、マッド・サイエンティストの娘たちとシャーロック・ホームズが事件の謎に挑むというストーリーにあるだけではありません。本書は、キャサリン・モローが作家となって書いているという設定になっているのです。そして、執筆にはメアリやダイアナ、ベアトリーチェ、ジュスティーヌも参加していて、さらにジキル家で働いているミセス・プールやアリスも加わって、作中のところどころで作品にツッコミを入れていくのです。そのツッコミ部分が、作品のユーモア度を高めています。

連続殺人事件の謎が解決し、シリーズ第1作は幕を下ろすことになりますが、〈錬金術師協会〉の謎はまだ残されたまま、最後には新たな難題が〈アテナ・クラブ〉に降り掛かってきます。彼女たちは、新たな難題と向き合い、〈錬金術師協会〉の謎、彼女たちの父にまつわる謎を追って、ロンドンからヨーロッパへと舞台を広げていくことになるのです。

彼女たちがヨーロッパでどのような冒険を繰り広げるのか、〈錬金術師協会〉は何を企む組織なのか。まだまだ謎がひしめくシリーズ。続きを読むのが楽しみです。

「BUTTER」柚木麻子/新潮社-幸せの形ってなんだろう、と考えてしまう

 

 

「バターはエシレというブランドの有塩タイプを使いなさい。丸の内に専門店があるから、そこで手に取って、よく見て買うといいわ。バター不足の今、海外の高級バターを試すいい機会よ。美味しいバターを食べると、私、なにかこう、落ちる感じがするの」
「落ちる?」
「そう。ふわりと、舞い上がるのではなく、落ちる。エレベーターですっと一階下に落ちる感じ。舌先から身体が深く沈んでいくの」

柚木麻子「BUTTER」は、2007年から2009年にかけて起きた首都圏連続不審死事件をモチーフとして描かれた作品です。週刊誌の記者である町田里佳は30代の女性。彼女は、結婚詐欺の末に3人の男性を殺害した容疑で逮捕され、現在裁判中の“カジマナ”こと梶井真奈子と面会し、彼女を取材して記事をものにしたいと考えていました。しかし、カジマナは面会には一切応じることはなく、特に女性記者の面会には応じてくれません。ですが、里佳は親友の伶子からのアドバイスもあり、どうにか面会の許可を得ます。

冒頭の引用は、里佳が初めて東京拘置所でカジマナと面会したときの会話です。里佳の家の冷蔵庫にマーガリンがあると聞いたカジマナは、そのワードに反応します。マーガリンがいかに身体に悪いかを滔々と語り、フェミニストとマーガリンは許せない」とまで息巻いたうえで、その勢いに恐縮する里佳に告げます。

「バター醤油ご飯を作りなさい」

訝しむ里佳に、さらに畳み掛けるようにカジマナが語ったのが冒頭の引用になります。

こうして、カジマナとの奇妙なファーストコンタクトを果たした里佳は、カジマナとの面会を重ね、彼女の気持ちを理解するために、彼女が話す様々な料理を味わい、様々なシチュエーションを経て口にする食事に心を動かされ、いつしかカジマナの不思議な魅力に取りつかれていきます。カジマナの放つ異様なオーラに飲み込まれて翻弄されていくのです。

「BUTTER」の主要な登場人物(カジマナ、里佳、伶子)は、それぞれに違った形でこじらせてしまった女性です。

カジマナは、女とは男につくすことで幸せになれると信じています。美貌やスタイルの良さなどの見てくれでチヤホヤされるのではなく、美味しい料理を振る舞ったり、甲斐甲斐しく面倒をみて、男たちがカジマナの存在に魅了されていくことが彼女の幸せです。

里佳は、仕事で認められることが自分にとっての幸せだと考えています。週刊誌記者という男性中心の職場で男性記者と対等になるために、里佳はカジマナへの独占インタビューという特ダネをものにしようとします。しかし、カジマナと会い、取材を進めていくうちに、彼女の犠牲となった男たちと同様に里佳もカジマナの不思議な魅力に惹き込まれていきます。

伶子は、子どもを産み育てることの幸せに固執しています。そのことが、夫との関係に影響していることに玲子自身も気づいてはいます。彼女は、夫との関係を打開する一助としてカジマナの存在を意識するようになり、なぜ彼女がこれほどに男の心を掴んだのかを探ろうとします。

3人の女性たちの、それぞれに抱えている理想の姿と現実とのギャップや、彼女たちがそれぞれに互いに影響を与え合い、心の空白を埋めようとしたり、その逆に心の隙間をこじ開けられたりする関係性がこの物語の鍵になっているのではないかと思います。他人からどう思われたいのか、自分の理想を他人にいかに認めてもらうか、理解してもらうか。常に他者の視線を気にして生きているように思います。

取材が進んでいく中で里佳は、次第にカジマナの本性、本心に近づいていきます。里佳が暴いていくカジマナの本質と、彼女の本質を見抜いたからこそ気づく本当の幸せの形。里佳は、自分にとっての本当の幸せの形を実現するために、古いマンションを購入し、家族や親友、仲間たちが気兼ねなく集まれる場所を作ります。

本書のラストで描かれるような人間関係や空間の存在が、すべての人に共通する幸せの形であるとは限りません。カジマナが思い描き実現してきた生き方も、間違えなければ幸せの形として成り立っているかもしれません。幸せの形とは人それぞれであって、特定の形にのみ収束されるものではないと思います。しかし、「BUTTER」という物語の中にあっては、里佳が築こうとしているものが幸せの形なのだと思います。

私にとっての幸せの形とは? そんなことを考えてしまいました。