タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「水曜日は働かない」宇野常寛/ホーム社-今まで当たり前と感じていた「する」を「しない」ことで見えてくること

 

 

2019年の7月24日の、たぶん午前11時30分ごろ。僕たちは毎週水曜日に働くことを、やめた。

宇野常寛「水曜日は働かない」は、こんな書き出しで始まります。サラリーマンとして働いている身からすると、毎週水曜日を休みにするのは、できたらいいなとは思いますが現実的には難しいことです。

本書は、社会批評家として様々なメディアで活動し、多数の著書もある著者によるエッセイ集になります。エッセイ集なので、宇野さんの日常や身の回りのこと、人間関係などを題材にして軽い読み心地となっています。ところどころに批評家としての視点が含まれていて、「フムフム、なるほど」と考えさせられるエッセイ集です。

「働くこと」だったり、職場の上司や同僚、仕事に関係する方々との「酒の席」や「飲みニケーション」といった、これまでなんとなく常識的にやってきた「する」を「しない」に変えることで、新しい世界や幸せが見えてくる。そういう視点で書かれたエッセイには、すごく共感するというか、羨望の気持ちで読みました。

例えば、本書のタイトルにもなっている「水曜日は働かない」は、もともと夜型の生活スタイルだった宇野さんと相棒T氏が、T氏がパリに移り住んだことをきっかけに宇野さんが「業界」から距離を置くようになり、生活も夜型から朝型に切り替え、ランニングをするようになり、帰国したT氏と4年ぶりに再会してみると宇野さんと同様にT氏も朝型の人間に変わっていた。生活スタイルの変わったもの同士のふたりは、毎週水曜日の朝に集まって一緒にランニングをする仲になり、T氏から「水曜日は働かないことにしているんですよ」と告げられるという、ざっくり書いてしまうとそういう話です。T氏の話を受けて宇野さんはこう記します。

水曜日は働かないことによって1年365日、ありとあらゆる日が休日に隣接することになる。路上でストロングゼロを開けながら、T氏は述べた。オールフリーを開けながら、僕は思った。もしかしたらあのNPCたちも、水曜日に働くことをやめられたら世界の見え方が、もっと変わるかもしれない、と。

NPCとは、ドラクエなどのRPGに登場するキャラクターです。主人公に話しかけられるといつも同じセリフを返してくるキャラクター。毎日決まった時間にオフィスに出勤し、決まった仕事をし、時間が来れば家に帰る。決まった生活パターンで日々を過ごす私のようなサラリーマンは、ゲーム中のNPCのような存在なのかもしれません。

NPCであることが悪であるという意味ではありません。見方を変えれば、宇野さんやT氏のような人の方がNPCのような存在になるかもしれません。月曜から金曜まで働いて土日に休むという生活スタイルも、夜遅くまで残業して同僚と酒を飲んで上司や取引先の愚痴を吐いてストレスを発散するという生活スタイルも、何も間違ってはいないですし、すべて正しいというわけでもないと思います。それぞれの生活スタイルも客観的に見ればNPCのように画一的なパターンで動いているように見えるということです。

「水曜日は働かない」というエッセイが、自分の中にスッと入り込んできたのは、コロナによる生活スタイルの変化も影響していると思います。2020年に世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナは、私の生活スタイルに大変化をもたらしました。緊急事態宣言による外出自粛から仕事は完全テレワークへと移行しました。2020年4月以降、現在(2024年2月)に至るまでの4年間で私がオフィスに出社した回数は10回にも満たない状況です。ほぼコロナ前の日常に戻った2023年以降も会社はテレワーク主体のワークスタイルを継続し、私も今ではオフィスに出社して仕事をすることに抵抗感があるほどになっています。

こうした生活スタイルの変化に直面した状況で読んだから、「水曜日は働かない」が自分の中でスッと腑に落ちたように感じられたのかなと思っています。

「水曜日は働かない」というエッセイ1編だけで長々と書いてしまいました。本書には、このように当たり前にしていることを客観的な視点で観察し、そこから変化させることで違う世界が見えてくるのだということを書いたエッセイが他にも多数収録されています。「僕たちに酒は必要ない」では、「酒の席」や「飲みニケーション」という昔ながらのサラリーマンには当たり前のように存在したコミュニケーションスタイルをなくすことで見えてくる世界があります。

自分の生活や働き方、他者とのコミュニケーションの取り方、様々なコミュニティとの繋がり方など、いろいろな側面で当たり前のようにあるものや当たり前のようにしていることを、ないもの、しないものとしたときに、自分にどのような変化がもたらされるのか、どのような影響があるのか、本書に収録されたエッセイを読んで想像してみるのがよいかもしれません。