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「優等生は探偵に向かない」ホリー・ジャクソン/服部京子訳/東京創元社-〈向かない3部作〉シリーズ第2作。友人の兄の失踪事件を調査するピップを待ち受ける心を押しつぶされるような結末

 

 

※前作「自由研究には向かない殺人」及び本作のネタバレがありますので未読の方はご注意ください。

「自由研究には向かない殺人」が2021年末ミステリーの各種ベストテンの上位に軒並みランクインし、高い評価を得たシリーズの第2作となる作品です。

アンディとサルに関する事件の調査を終えたピップは、その顛末を〈グッドガールの殺人ガイド〉というポッドキャスト番組として配信して人気を得ていました。リスナーからはシーズン2の配信を期待する声がありますが、ピップは自分の探偵稼業は終わりと考えていて、セカンドシーズンを否定していました。

そんなピップを友人のコナーが訪ねてきます。彼は、兄のジェイミーが行方不明になったと告げ、ピップに兄を探してほしいと頼みます。ですが、ピップはもう自分が何らかの事件に首を突っ込むことはしないつもりでした。サルの事件の調査のときに、家族やたくさんの友人を巻き込み、事件の真相を知ることでピップ自身も深く傷づいていたからです。それでも、コナーの頼みに応じ、まずは警察にジェイミーの失踪事件をちゃんと捜査してくれるように頼みに行きます。しかし、警察は事件性の乏しい失踪案件を捜査するのに重い腰をあげようとはしませんでした。だからピップは、再び探偵業に足を踏み出すことになります。

前作から本作を通じて感じるのは、ピップが実に正義感に溢れた人物だということです。「自由研究には向かない殺人」では、サルが恋人を殺して自殺したという汚名を被せられ、そのことでサルの家族が村八分のような扱いを受けていることに憤り、サルの名誉を回復するために事件の調査を進めていきました。本作では、父親に反発したジェイミーが勝手に家出しただけと軽視する警察の態度に憤り、ジェイミーの身を心から心配する彼の母や弟を信じて調査活動に身を投じます。どちらの事件も、他人事として見て見ぬふりをすることは簡単なことです。だけどピップは、そうすることができないのです。そんな彼女の正義感が、小さなコミュニティの中に隠されていた不都合な真実を白日の下に晒すことなります。それゆえピップに対する評価は二分され、彼女を信頼し協力的に接してくれる人と彼女を嫌い排除しようとする人が生まれます。

ジェイミー失踪事件の調査と並行して描かれるのが、マックス・ヘイスティングスに対する裁判です。マックスは、前作で睡眠薬を使って女性をレイプする事件を起こしていたことが判明し、彼の毒牙にかかったことがアンディ・ベル殺害事件の真相にもつながっていました。本作では、マックスの裁判の経緯も〈グッドガールの殺人ガイド〉のコンテンツとして配信されていきます。この裁判の結果も、ピップにとって大きなターニングポイントとなり、3部作の完結編となる次作の「卒業生には向かない真実」へと繋がっていくことになります。

ジェイミー失踪事件の調査を進めていく中でピップとラヴィは、ジェイミーがレイラという女性とチャットを通じてやりとりしていたことを突き止めます。レイラは、ジェイミー以外にも29歳から30歳くらいの年齢の男性とつながっていて、ピップはレイラが事件の鍵を握っていると推測します。レイラの存在が浮かび上がったところから、ジェイミー失踪事件の調査は加速し、それに合わせて事態はピップも想像しない結末へと向かっていくことになります。

〈向かない〉シリーズのテーマのひとつに“過去の呪縛”があると思います。「自由研究には向かない殺人」では、殺人犯としての汚名を被ったまま命を絶たれたサルとその家族、サルを殺害して犯人したてあげようとしたエリオットとその家族、マックス・ヘイスティングスの悪行を知りながら声もあげられず傍観者となった友人たちが、5年前の事件の呪縛に苦しめられました。「優等生は探偵に向かない」では、さらに根深い過去の呪縛がジェイミー失踪事件の根幹にあり、さらにラストではスタンリー・フォーブスという、過去の呪縛から逃れてリトル・キルトンの町で平和に暮らしたいと願っていた男の命と名誉が失われます。そして、スタンリーの死に直面したことで、ピップは深い心の傷を負うことになります。

前作「自由研究には向かない殺人」は、2019年にイギリスで刊行され、2020年にはブリティッシュ・ブックアワードのチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。ジャンルとしてはヤングアダルト小説ということになるのですが、作品のテーマはかなりセンシティブで重いものになっていて、子ども向け、若者向けという印象はありません。前作はまだ明るい雰囲気も感じられましたが、「優等生は探偵に向かない」になると、明るい部分としてはピップとラヴィの恋愛やピップの家族(特に弟のジョシュアの存在)との関係が描かれますが、作品全体としては先述のように過去の呪縛によって悲劇的なラストを迎える展開になっていて、読み終わって胸が苦しくなりました。

それでも、作品としては前作よりも本作の方が完成度も高く、読み応えがあると思います。前作の読み心地を期待して読むと苦しく感じますが、ストーリー展開や登場人物たちの描き方などもとてもよく考えられていて、グイグイと読ませる力があります。

スタンリー・フォーブスの死に直面し、リトル・キルトンという小さな町の醜悪な一面を目の当たりにすることになったピップ。さらには、彼女がもっとも憎む相手マックスが裁判で無罪となったことで、彼女の精神的ストレスは頂点に達することになります。シリーズ完結編となる次作でピップにどのような運命が待ち受けているのか。不安な気持ちを抱えつつ、少しでも前向きで明るい結末が訪れることを期待したいと思います。

 

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