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「チビ犬ポンペイ冒険譚」フランシス・コヴェントリー/山本雅男、植月惠一郎、久保陽子訳/彩流社-夏目漱石「吾輩は猫である」のネタ本?とも言われる18世紀イギリス小説

 

 

明治の文豪夏目漱石が、デビュー作「吾輩は猫である」を発表したのは1905年になります。名前のない猫の一人称視点で飼い主である苦沙弥先生やその家族、門弟たちの姿をユーモラスに描くことで、当時の日本社会を風刺的に描き出す小説です。読んだことの有無に関わらず、そのタイトルを知らない者はほとんどいないのではないでしょうか。

その誰もが知る有名な作品のネタ本となる作品があったとしたら? 本書「チビ犬ポンペイ冒険譚」は、丸谷才一氏が「漱石は『猫』執筆にあたって本書を参考にしたに違いないと力説していた」と巻末の「訳者付言」で触れられているように、動物を主人公として当時の社会風俗描写や社会を風刺する作品となっているという点で「吾輩は猫である」でネタ本と言えるかもしれません。もちろん、それは憶測でしかなく、漱石自身が本書を読んだのか、参考にして作品を書いたのかはわかりません。可能性としてはありそう、という程度です。

「チビ犬ポンペイ冒険譚」は、そのタイトルどおりポンペイという小犬が主人公となってストーリーが展開する作品です。「猫」のようにポンペイ視点の一人称で語られるわけではありません。というか、ポンペイは言葉を発しません。物語は、ポンペイの生涯において彼に関わった人々の姿を描いているのです。

ポンペイは、1735年5月25日にイタリアのボローニャで生まれます。父は貴族に飼われていたジュリオ、母はその貴族が寵愛する高級娼婦に飼われていたフィリスです。ポンペイは、娼婦の客であった英国紳士に引き取られてイギリスへとわたります。そして、テンペスト夫人に引き取られることになります。

こうしてポンペイの人生(犬生)がスタートします。上流階級の家庭で何不自由なく生活する日々を過ごし、やがてちょっとした事故でテンペスト夫人とはぐれてしまうと、そこからは、商家の息子(親とは違って商売の才能はない放蕩家族)、ナルシストな近衛連隊の大尉、エールハウスの経営者の娘、盲目の乞食、旅籠の女将、シオドアとオーロラ姉妹といった具合に違う飼い主のもとを転々とすることになります。十分な富の下で自由気ままに愛される日々が続いたかと思えば、貧者の下で苦しい暮らしを送ることもありました。優しくされることもあれば暴力的に扱われることもある。実に波乱万丈な人生です。

ポンペイの人生を描く中で、18世紀のイギリスの風俗や社会風刺が描かれていきます。様々な階級、立場の飼い主のもとを転々とすることで、その階級、立場の人間がどのような生活を送っていたのか、彼らを巡る社会的な状況はどのようなものだったのかを描いているのです。

波乱万丈な人生を歩んだポンペイは、14歳でこの世を去ります。晩年のポンペイは、彼の所有権を巡る争いごとに巻き込まれるなど、最後まで波乱万丈の中に生きていましたが、その最期は御主人様の手厚い看病も受け、愛されたまま旅立ったのです。まあ、死後にも御主人様の深すぎる愛情に翻弄されるところはありましたが。

吾輩は猫である」のネタ本ではないか? という謳い文句に興味を惹かれて読み始めた本書ですが、途中からそんな話は関係なく、ポンペイの波乱万丈な人生と次々と巻き起こる出来事に惹きつけられて、最後まで楽しく読んでしまいました。ラストでポンペイが犬としては幸福な最期を迎えられたのもよかったです。犬好きとしては最後に犬が不幸になる終わり方は悲しいですからね。

本書を「吾輩は猫である」のネタ本だと感じるかどうかは読者次第でしょう。巻末の「訳者付言」でも、「そうした興味で本書を読まれる楽しみもあります」と書かれているとおりで、読んでみて、「このあたりは『猫』と似ているな」とか「『猫』のあの描写はこの本の影響があるかも」なんて考えながら読むのも楽しいと思います。