タカラ~ムの本棚

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「林檎の種」馬場孤蝶訳/ヒラヤマ探偵文庫-新聞各社に届いた銀行頭取殺害予告。現場に残された林檎の種。敏腕記者シャムウェーが事件の謎に挑む!

 

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2023年5月30日号をもって休刊した老舗週刊誌「週刊朝日」。その創刊間もない1922年(大正11年)3月20日号から同年5月14日号まで全10回にわたり馬場孤蝶訳で連載されたのが、本書「林檎の種」である。ヒラヤマ探偵文庫による本書が初の書籍化となる作品だ。

イヴニング・スタンダアドの外勤記者の中でも腕利きとされるウオルヅオン・シャムウエーが仕事を終えた午後3時55分のことだった。ふいに市内版編集部が騒がしくなり、なにやら重大事件の発生を予感させた。セコンド・ナショナル銀行のヘンリイ・ダブリュー・リイヴスが惨殺されたのだという。すぐさま銀行に駆けつけたシャムウエーだったが、不思議なことにそのような惨劇が起きているとは思えない。やがて、同様に事件を知った他の新聞社の記者も集まってくる。これは何者かに一杯食わされたのだろうかと誰もが訝しむ中、シャムウエーはリイヴス氏への面会を求め、重役室へと足を踏み入れる。すると、なんとそこには首を掻き切られて殺害されたリイヴス氏の死体があったのだ。そして、現場には林檎の種が落ちており、リイヴス氏の手には“Z”と記された赤い紙が握られていた。いったいリイヴス氏は何者によって殺害されたのか。新聞社に予告電話をかけてきた“Z”と名乗る人物とは。予告殺人発生の事態に騒然とする中、“Z”は銀行頭取ばかりを狙った連続殺人を起こす。シャムウェーは、犯人逮捕に向けてある作戦を企てるのであった。

古き良き探偵小説を世に送り出す同人『ヒラヤマ探偵文庫』が今回発掘したのは、いまから100年前に英文学者であり評論家、翻訳家、詩人として活動し、樋口一葉らとも親交厚く、「樋口一葉全集」の編集にも携わった馬場孤蝶が、まだ創刊して間もない「週刊朝日」誌上に全10回にわたって翻訳連載した「林檎の種」である。原著者名は記されていないが、訳者あとがきによれば、エドウィン・ベアードが1921年に発表した「Z」が原作とのこと。

本書は、ページ数にして60ページ弱、二段組なのでボリュームとしては少し長めの短編小説くらいになるだろうか。新聞各社に銀行頭取を殺害したとの告白電話が届くところから始まり、その後も銀行頭取ばかりを狙った連続殺人事件が起きる。そのすべてで、“Z”と名乗る犯人は新聞社に殺害予告連絡を行い、厳重な警戒の中でやすやすと殺人を実行する。現場には必ず、“Z”と記した赤い紙と林檎の種が残されていた。

物語において探偵役をつとめるのは敏腕記者のシャムウェーである。彼は、現場に残された林檎の種や殺害の状況などを踏まえ、犯人を捕まえるためにある作戦を企てる。60ページ弱という短い作品の中で、かなりボリューム感のある連続殺人が起きるという展開なので、いろいろと無理やりな部分があるのは否めない。シャムウェーが、犯人逮捕のためにある作戦を企てるのだが、その作戦を考えるに至る彼の思考プロセスがほぼ書かれていないので、非常に唐突な印象を受ける。結末に至って、シャムウエーが連続殺人犯の人物像や犯行動機をいかに推測していたかが明らかとなるが、読んでいる途中は少しモヤモヤした。また、ラストにシャムウエーと“Z”が直接対峙する場面があって物語は終焉を迎えるが、ここも強引といえば強引な展開と思われるかもしれない。

ただ、いろいろとツッコミどころはあるかもしれないが、それ以上に面白い部分もたくさんある。エンタメ小説として楽しめるし、主人公であるシャムウエーや“Z”のキャラクターも面白い。短い作品だからこそギュッと凝縮されているともいえるわけで、100年前の翻訳文体ということで読みにくさを感じる部分はあるが、その部分を差し引いても楽しめる作品だと思う。