タカラ~ムの本棚

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「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ピーター・トライアス/中原尚哉訳/早川書房-ダークな雰囲気が全編に漂う歴史改変SF。日本がアメリカに勝っていたらこんなディストピア世界になっていたのかと背筋が寒くなる

 

 

歴史上の事実がもし違う形で起きていたら、という視点で描かれる小説は、古今東西で数多く発表されていて、歴史改変小説はひとつのジャンルとして確立している。

本書「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」は、太平洋戦争で日本がアメリカに勝っていたという世界線で描かれる歴史改変SF小説だ。かつ、表紙やカラー口絵にも描かれているようにロボットが登場する作品でもある。ただ、最初に書いてしまうと表紙や口絵で紹介されるほどに巨大ロボットがバシバシと活躍するというわけではない。

1948年7月、アメリカ合衆国は日本軍が投入した新型兵器による攻撃を受けて降伏した。こうして、アメリカは西側を日本、東側をナチスドイツによって占領されて分割統治されることになる。

日本の勝利から40年後の1988年、大日本帝国陸軍大尉として検閲局の所属する石村紅功(べにこ、通称ベン)は、憲兵特高からも追跡困難な回線を使った六浦賀計衛将軍からの連絡を受けとる。将軍は、「クレアは死んだ」と告げた。将軍の娘六浦賀クレアのことだ。ベンが事の次第を確認する間もなく回線は途切れる。その直後、彼のもとにひとりの女性が訪ねてくる。彼女は、特高特別高等警察)の槻野昭子。昭子は、六浦賀将軍の消息を追っていた。

かつて、天皇陛下を現人神と奉り、軍国主義によって戦争を引き起こした日本。現実の歴史では、アメリカに宣戦布告して太平洋戦争が勃発し、アメリカの圧倒的な火力の前に敗戦国となり、その先に現在の日本があるわけだが、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」では、日本がアメリカに勝利して「日本合衆国(USJ)」を築き、アメリカの西側を統治している。天皇陛下は依然として現人神であり、陛下を侮辱する発言などは厳しく処断される。戦前に国民を管理監視して支配するために組織された憲兵や思想犯を取り締まっていた特高警察といった組織もUSJでは存続しており、本書では特高警察課員である槻野昭子が、物語の中心的人物として登場する。

物語の軸となるのは、六浦賀将軍が開発したとされるゲーム「USA」と、USJに抵抗する旧アメリカ人抵抗組織ジョージ・ワシントン団(GW団)である。六浦賀将軍が開発しアンダーグラウンドで頒布され人気となっている「USA」は、アメリカが戦争に勝利したという架空世界を舞台にゲリラ戦で勝利する方法をシミュレーションするというゲームだ。特高の昭子は、反動的ゲームとして開発者の六浦賀将軍を追っており、かつて将軍と関係があり検閲局でこうしたアンダーグラウンドなゲームなどの検閲調査を行っているベンに白羽の矢をたてたのである。こうして、昭子とベンは六浦賀将軍の消息を追ってコンビで行動することとなった。

冒頭にも書いたが、表紙や口絵に大々的に巨大ロボットのイラストが使われているが、物語の中ではロボットが活躍する場面は思った以上に少ない。基本的には、六浦賀将軍とGW団の消息や関係を追う昭子とベンのコンビによる捜査のプロセスを描くことが物語の基本軸となっている。その中で、実に様々なことが起きる。捜査のためには手段を選ばない特高課員の昭子が行う苛烈な尋問や、逆にGW団に囚われた昭子が受ける拷問の場面などは、よくぞこれほどに凄惨なやり口を思いついたものだと感心するほどに悍ましいものとなっている。巨大ロボットが登場する小説となると、派手な戦闘シーンや登場キャラクターも個性的な面々で丁々発止やり合う場面があったりを想像したくなるが、昭子とベン、終盤になって登場する久地楽、その他のキャラクターが個性的ではあるが、全体としてはダークな雰囲気で占められているので、エンターテインメント小説ではあるが痛快さはあまり感じない。

あくまで小説として描かれている世界線なので、非現実的ではあるのだけれど、もしリアルで日本が戦争でアメリカに勝利し、戦前の日本の天皇制や軍国主義、その他の社会体制がそのまま継続していたなら、本書に書かれているようなディストピア世界になっていたかもしれないと想像するととても恐ろしく感じた。エンタメ小説なのだから難しく考える必要はないが、なんだかとても考えさせられる作品である。