タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「郊外の探偵たち」ファビアン・ニシーザ/田村義進訳/早川書房-小さな町で数十年ぶりに起きた殺人事件。現場を末っ子のおしっこで荒らしてしまった元FBIプロファイラーのアンドレアが事件の調査で掴んだこの町の忌まわしい過去とは

 

 

ニュージャージーの小さな行政区であるウェスト・ウィンザー署の管内でインド人青年のサトクナナンタン・サスマルが殺害される事件が発生し、ウェスト・ウィンザー署勤務のミシェル・ウー巡査とニケット・パテル巡査が現場となったガスステーションの保全業務をしている場面から物語は始まります。ウェスト・ウィンザー署管内での殺人事件は、30年以上前に妻を侮辱した夫が頭に電子レンジを叩きつけられて以来の出来事というくらい、この小さな行政区は穏やかな場所です。

ふたりの巡査が、捜査班到着までの現場保全をなんとかこなそうと奮闘している中で珍事が起きます。4人の子どもを乗せ、5人目を妊娠中の妊婦が現場にやってきたのです。彼女は、末っ子のトイレを借りようとガスステーションに車を乗りつけます。もちろん、そこが殺人現場であるとは知るよしもありません。彼女と巡査が揉めている間に、末っ子は我慢しきれずにおしっこを漏らしてしまいました。巡査は母親に抗議しますが、逆に言い返されてしまいます。彼女は、ふたりの巡査が現場の保全に関してどれだけの不手際を犯しているか、何ができていないのかを一気呵成にまくしたてます。その指摘はどれも的確で的を射たものでした。さらに去り際に彼女はこう伝えます。

「おまけにもうひとつ。着弾の角度からすると、犯人は車から降りて、発砲した可能性が高い」

殺人現場に現れて、末っ子のおしっこで現場を汚し(不可抗力)、抗議する巡査に的確な指摘をして立ち去った女性。彼女は、元FBIのプロファイラーで現在は専業主婦のアンドレア・スターンでした。アンドレアは、過去に自らのプロファイリングで殺人犯を特定したことがあり、今回のサトクナナンタン・サスマル殺害の現場に遭遇して、自分が過去の事件以来の高まりを感じていることを自覚していました。アンドレアは、元FBIプロファイラーとして今回の事件で警察に協力しようと決めます。

「郊外の探偵たち」には、アンドレアとコンビを組むもうひとりの登場人物がいます。プリンストン・ポスト・ウィークリー紙の記者ケニー・リーです。ケニーは、かつて州知事のスキャンダルを告発する記事でピュリッツァー賞を受賞するも、その後は鳴かず飛ばずとなり、焦るあまりに捏造記事を出したことでいまや完全に落ち目となっています。彼は、今回の事件の裏に何か隠された事実があるのではないかと警察の発表に疑念をもち、自身の名誉回復の機会になるのではと、事件の調査に乗り出します。

華々しい過去の経歴がありながら、結婚と子育て、でっちあげ記事による名誉失墜というそれぞれの事情によって現在はくすぶっているアンドレアとケニーは、調査の過程で偶然に出会い、お互いに調査に協力することとなります。主婦として母として妊婦として何かと行動に制約の多いアンドレアと記者としてある程度自由な立ち位置で動けるケニーは、相互に不足する部分を補いながら調査を進めていきます。

アンドレアもケニーも、インド人青年殺害事件の裏にこの町が隠している過去の事件が関わっていることに気づきます。プールの建設許可が、いかにももっともらしいが不可解な理由で却下されているのはなぜか。過去に農場で発見された骨とはなにか。さらに、かつて白人が経営する農場での苦役を強いられた黒人の歴史。そして、現在に至るも根深く残る白人による異人種への差別的言動。様々な人種が小さなコミュニティの中で混在しながら暮らしている町で、過去に起きた忌まわしい事件が、数十年を経た現在にまで影響を及ぼし、秘密は永遠に隠し続けられなければならないという呪縛のようなものに、警察も行政も囚われているというのが、物語の背景にあるのです。

本書を読んで感じたのは、アンドレアの家庭事情が意外にも家父長制となっていることでした。アンドレアは、FBIプロファイラーとして輝かしい実績がありましたが、ジェフとの結婚、妊娠を機に退職して専業主婦となります。その後、次々と子どもが生まれて現在は5人目を妊娠中です。そのような状況で、アンドレアが殺人事件の調査に首を突っ込むことに反対するジェフとの関係に、アンドレアは少しうんざりしています。遊びたい盛りの子どもたちの面倒をみることも彼女を疲れさせています。そんな憂うべき生活に活力を与えてくれるのが、今回の殺人事件であり、過去に起きた事件の謎を解くことなのです。アンドレアにとって事件を捜査することが、自らの存在価値を確認する手段となっているのだと感じました。

アンドレアとケニーは、FBIの協力も得て、ウェスト・ウィンザー署の署長を始めとする警察組織からの妨害も乗り越えて、過去にこの町で起きた事件の真相を解き明かし、さらにインド人青年殺害事件の真相も解き明かします。

ラストシーン。すべての事件の真相を解明した立役者としてアンドレアは記者会見にのぞみます。その席で、またしても起こる珍事。最初に事件現場で起きた珍事とラストの記者会見場で起きた珍事とのコンビネーションが、忌まわしい事件の記録の中でユーモアを生み出していると思います。

取り上げている事件や物語の背景など、相当に複雑で陰鬱となるところではありますが、本書自体は全編にわたってユーモアに溢れていると思います。軽快なテンポでスイスイと読めて、それでありながらアメリカらしい複雑な問題を含有している。読み応えのある作品ではないかと思います。