タカラ~ムの本棚

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「柬埔寨の月」加藤朝鳥訳/ヒラヤマ探偵文庫-カンボジア王朝の莫大な財宝を巡る大冒険活劇と麗しき姫君と英国青年の恋物語。

 

名探偵セクストン・ブレイクをご存知だろうか。おそらく、多くの人がその名を知らないと思う。私も、本書を読むまではまったく知らなかった。

巻末の湯浅篤志氏による解説「セクストン・ブレイク探偵ふたたび」から引用したい。

セクストン・ブレイク探偵と言えば、イギリスではシャーロック・ホームズと並んで、皆に愛された物語上の名探偵である。セクストン・ブレイクがイギリスの探偵小説界にデビューしたのが、1893(明治26)年のことであり、ハリー・ブリス(Harry Blyth)の書いた「失踪した百万長者(The Missing Millonaire)」という冒険小説からであった。

なんと、セクストン・ブレイクはシャーロック・ホームズと並ぶ人気を博した名探偵なのだという。さらに解説によれば、1893年の初登場以降、1970年代後半までセクストン・ブレイクの物語は書き継がれ、その数は4000あまりに及ぶという。

なぜ、セクストン・ブレイクの物語はおよそ80年もの長きにわたり4000あまりも書かれてきたのか。それは、セクストン・ブレイクの物語が、一人の作家によって書かれ続けたものではないからだ。セクストン・ブレイクの物語は、200から300人の作家によって書かれ続けてきたのである。

日本では、大正から昭和にかけて「新青年」などの探偵小説誌やその他の読み物雑誌にいくつかの作品が翻訳掲載された。その頃は、日本でもセクストン・ブレイクという名探偵はそれなりに認知されていたのかもしれない。だが、その後はまったくと言っていいほどセクストン・ブレイクという存在は忘れられてしまっていた。今回、忘れられていた名探偵セクストン・ブレイクを再び表舞台に引っ張り出してきたのが、古き良き探偵小説を個人出版で紹介する『ヒラヤマ探偵文庫』の「セクストン・ブレイク・コレクション」シリーズである。その第1巻となるのが、本書「柬埔寨の月」である。(“柬埔寨”はカンボジアの漢字表記)

「柬埔寨の月」は、東南アジアのカンボジアを舞台に、カンボジア王朝の姫ラオチバとイギリス人青年マルコルム・グレーとのラブロマンスとカンボジア王朝の莫大な財宝を狙うバシル・ウィクショウという悪漢とそれを阻止しようとする探偵セクストン・ブレイク(本書内では訳者加藤朝鳥の訳文により“セクストン・ブレーク”と表記)との対決というふたつの要素が盛り込まれた冒険ロマンス小説となっている。140ページほどの中編小説だが、そのボリュームの中にさまざまなエンタメ要素がたっぷりと描かれていて、とても楽しめる作品となっている。カンボジアのジャングルに逃げ込んだ悪漢一味を追い詰めるセクストン・ブレイクたちの攻防戦や禁断の恋の行く末など、どういう結末が待っているのか、セクストン・ブレイクがどのような活躍をみせるのか。読み始めたら最後まで一気読みしてしまった。

探偵セクストン・ブレイクは、シャーロック・ホームズとほぼ同時期に誕生し、同じくらいの人気を誇った。その人物像もかなり近しいものがあるが、作品としてはシャーロック・ホームズが謎解きメイン、セクストン・ブレイクはアクションメインという印象を受ける。どちらも頭脳明晰で高い推理力があり、警察からの信頼も厚いという共通点はある。作風の違いは、シャーロック・ホームズコナン・ドイルというひとりの作家によって書かれた作品であるのに対して、セクストン・ブレイクが複数の作家によって書かれた作品ということかもしれない。

シャーロック・ホームズは、世界一有名な名探偵だ。おそらく今後もその名声は長く続いていくだろう。セクストン・ブレイクは、ホームズと比べれば無名の探偵だが、その物語はホームズにはない魅力があり、負けず劣らぬ面白さを持っている。こうした忘れられた作品をふたたび表舞台に立たせて、ミステリ好き、冒険小説好きの読者に届けようというヒラヤマ探偵文庫の取り組みによって、セクストン・ブレイクの物語が人気となることを期待したい。