タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ZENOBIA(ゼノビア)」モーテン・デュアー文、ラース・ホーネマン絵/荒木美弥子/サウザンブックス-デンマークの作家が描き出すシリア難民少女の物語

 

 

遠く水平線が広がる海原に、ぎっしりと大勢の人を乗せたちっぽけな小舟が浮かんでいる。舟にはひとりの少女が大人たちと肩を寄せあって窮屈そうに座っている。やがて、おとなしかった海は波の荒れ狂う海へと姿を変え、ちっぽけな小舟はその波に飲み込まれる。少女は海に沈みながら、今よりもまだ幼かったときの家族との日々を思い出す。

北欧デンマーク発のグラフィックノベルZENOBIAゼノビア)」は、内戦状態のシリアから脱出し、平和な生活を求めて亡命を図る難民の姿を描いている。

2011年に始まったシリアの内戦は、2020年になった現在でもまだ続いている。アサド政権に反対する反政府勢力との対立により、シリア国内は大混乱し、国内各地の都市での戦闘や空爆によって多くの市民が犠牲となった。その状況が、今なお続いているのだ。

今から5年ほど前、1枚の写真が世界中に衝撃を与えた。内戦状態のシリアから家族とともに舟で逃げ出してヨーロッパを目指した3歳の男の子が、トルコの海岸に死体となって打ち寄せられた写真だ。今回このレビューを書くために検索してみたら、この写真は今でも多くのネットニュースサイトなどに残されていた。だが、私はネット検索しただけで検索結果のリンクをクリックすることはできなかった。なぜなら、見るまでもなく当時見た写真の記憶がまざまざと思い出されたからだ。波打ち際に横たわる子どもの姿はそう簡単に忘れられるものではない。

シリア内戦、シリア難民のことをデンマーク人の作家が描くことに不思議な感じがある。訳者はあとがきで冊書のモーテン・デュアーにしたときに彼が語ったことを記している。少し長くなるが引用したい。

「2015年、多くの人々がシリアからヨーロッパへと戦火をのがれるためにやってきました。その後SNSや既存メディアなどで難民問題について大きく取り上げられるようになりました。突然みんながまるでその専門家のように自分の意見を主張し、この問題をどう解決すべきかと議論がヒートアップしていったのです。私には、それが難民当事者たちを置いてきぼりにした、彼らの気持ちを考えていないもののように見えました。そこでほんの数分でもいいから心をおだやかにし、紛争の犠牲になった人々の命の尊さを考えたいという気持ちで物語を書きました。そういうわけで、この本には文章もとても少ないのです」

海の中で少女は思い出す。お母さんとのかくれんぼのこと。お世辞の下手なお父さんのこと。おじさんに連れられてたったひとりで舟に乗り込んだこと。

シリア内戦で犠牲になった人の多くは、なんの罪もない市民だ。子どももいるし、老人もいる。彼らはただ平和に暮らしたいだけなのに、内線に巻き込まれ、日々死の恐怖と向き合っている。

2年前にシリア人の少女バナ・アベドの「バナの戦争」という本のレビューを書いた。7歳のバナがTwitterで発信した「I need peace」というツイートをきっかけに世界が動いたことが記された本だ。「ZENOBIA」の少女はバナのような知恵もツールも持てなかったが、同じシリア人の少女だ。「ZENOBIA」の少女やバナ・アベドのように内戦の恐怖にさらされている人がシリアにはまだたくさんいる。

遠い日本に暮らしていると、シリアがいまどうなっているかなんて全然わからない。わからないのではなくてわかろうとしていないというのが正しいかもしれない。今なお、こうして死の恐怖にさらされる人がたくさんいることを考えなければいけないと思った。

 

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