タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

カレン・ヘス/金原瑞人訳「イルカの歌」(白水社)-イルカに育てられた少女ミラ。彼女が人間の世界に戻ったときに起きる悲劇と奇跡(ミラクル)。ミラの本当の幸せとは?

 

イルカの歌 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

イルカの歌 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

 

 

キューバ沖の孤島で野生児発見

物語は、アメリカ沿岸警備隊によってキューバ沖の孤島に11歳から16歳くらいの少女が発見されるところから始まります。たったひとりで孤島に暮らしていたと思しき少女は、沿岸警備隊によって『ミラ』と名付けられ、ボストン大学で認知神経システムを研究するエリザベス・ベック教授に預けられ、人間性を取り戻すための教育を受けることになります。

ミラは、イルカに育てられた少女でした。事故に巻き込まれ海に投げ出されたミラを救ったのはイルカのお母さん。ミラは、イルカの庇護を受け、ミルクを与えられ、食事を与えられて成長しました。イルカたちと一緒に海を泳ぎ、イルカたちに見守られて孤島に暮らしました。

ベック教授の施設に預けられたミラは、ベック教授の他、ミラの世話役のサンディ、ベック教授の息子ジャスティンたちと出会います。そして、ミラと同じ野生児であるシェイにも。ミラとシェイは、同じ頃に保護された野生児として、ベック教授の施設で教育を受けていました。

「イルカの歌」は、ミラのひとり語りで書かれています。最初、ミラは言葉がおぼつきません。何年もイルカたちと暮らしてきたミラにとっての言葉はイルカたちの歌だったからです。ミラは少しずつ人間としての能力を身に着けていきます。人間としての感情を身に着け、言葉を覚え、自分の意思を持つことを覚えていきます。

はじめはつたなかったミラの言葉は、次第にボキャブラリーが増え、表現も豊かになっていきます。やがてミラはコンピュータを操作することを覚え、自分の考えを文章としてコンピュータに記録できるようにもなるのです。それは、研究者であるベック教授にとっても驚くべきことでした。

ミラが順調に人間としての能力を取り戻していく一方で、シェイは野生児のままでした。人間として成長しないシェイは、いつしか研究施設にとってお荷物になっていきます。研究対象としては使い物にならない存在になってしまうのです。

イルカに育てられ、人間の汚い部分を知らないミラは、ベック教授がなぜ自分を施設に閉じ込めておきたがるのか、なぜ海をみせてくれないのかがわかりません。ミラは、自分がもっと人間としての能力を高めて、ベック教授が望むような人間になれば、きっと自分の願いを聞いてくれると思ったのです。自由を与えてくれると信じたのです。

ミラにとって、『自由』とは与えられるものではありません。イルカたちと暮らしていたとき、ミラはいつだって自由でした。自由に海を泳ぎ、自由に遊び、自由に眠る。誰かによって自由を束縛されることなんてなかったのです。

「イルカの歌」が描くのは、人間にとっての『自由』の意味ではないかと思います。

私たちが子どものころ、自分の周りには『自由』が溢れていました。両親や周囲の人たちの庇護の下で、という限られたスペースではありましたが、何かに束縛されたり、理不尽なルールや世の中の空気によって自由を奪われること、自由であることを我慢することはありませんでした。

ミラは、イルカたちに守られている中で自由を得ていました。だけど、人間という社会には、彼女の自由を束縛する障害がたくさんありました。政府が決めたルールであり、研究対象としての束縛です。ミラという格好の研究材料を手放すわけにはいかないと考える人たちは、彼女を施設に閉じ込めます。ミラは、自分が彼らの思うような人間になれば自由を返してくれると信じて勉強します。彼女の信じる気持ちが、読んでいて痛いほど胸に刺さります。諦めない強さに少しでも希望を見出したくなります。

成長して大人になり、親の庇護の下を離れて社会にでたときの私たちは、ミラと同じような困惑を覚えていたかもしれません。学校のルール、会社のルール、多くの人々と接することで感じられる微妙な空気感。人間社会に馴染めず成長できなかったシェイが厄介者として扱われたように、私たちもルールに従えない、空気を読めない人間は異端児として扱われ、厄介者とされます。ルールを守り、空気の読める人間こそが正しい人間であるとされます。私たちは、そのことに疑問も持たずに生きています。

ミラのように、自由を得るために努力する姿は、私たちが忘れていることなのではないでしょうか。

この物語のラストで、ミラは『自由』を取り戻すことができたのでしょうか。彼女は、再びイルカたちに出会うことができたでしょうか。ミラの本当の幸せとはなんなのか。ミラの選択が彼女の幸せの選択であったと信じたいと思います。

 

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