タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「1793」ニクラス・ナット・オ・ダーグ/ヘレンハルメ美穂/小学館-両手足を切断され両目をえぐり取られた惨殺死体。労咳で残り少ない人生を生きる法律家と戦争で左腕を失った義腕の引っ立て屋は猟奇殺人の謎を追う。

 

 

1793年のスウェーデンを舞台に、労咳(肺結核)を病んでいる法律家セーシル・ヴィンゲと、ロシアとの戦争に従軍して左腕を失い義腕となった引っ立て屋ミッケル・カルデルがコンビとなって猟奇殺人事件の謎に挑むミステリ小説。

著者はあとがきで、「1793年という年を選んだのは、ヨハン・グスタフ・ノルリーン警視総監がいたからだ」と記している。1973年のスウェーデンは、前年に国王グスタフ3世が暗殺され、1789年にフランス革命が勃発したヨーロッパ全体の流れもあって国内は混乱した状態にあった。政治は腐敗し、庶民は貧困にあえいでいた。その腐敗し混乱した時代の中で、ノルリーン警視総監は公明正大な人物であったとされている。だが、公明正大であったがためか在任期間が短った。そういう時代を背景にすることで、この物語が有する猟奇性や胸をえぐるような恐怖が増幅されている。

事件は、引っ立て屋のミッケル・カルデルが湖に浮かぶ惨殺死体を発見する場面からはじまる。それは、常軌を逸する悲惨な死体だった。両手足を切断され、両目をえぐり取られていたのだ。

ノルリーン警視総監からの事件の捜査を依頼されたセーシル・ヴィンゲは、カルデルとコンビを組んで動き出す。ヴィンゲが探偵でカルデルが助手・用心棒といった役割だ。このふたりの対比が物語を面白くしている。

ヴィンゲとカルデルが最初に会ったときの場面から引用してみる。

ヴィンゲは線の細い、痩せた男だった。不自然なほどに痩せている。カルデルとは似ても似つかない。(中略)カルデルはというと、肩幅はヴィンゲの二倍はありそうだ。軍人上がりのたくましい背中のせいで外套がきつく、不恰好なしわができている。(後略)

ヴィンゲは労咳を患っていて、警察の中では彼がいつ死ぬがで賭けが行われているほどだ。しかし、身体の病気に反比例するように頭脳は明晰であり、犯罪捜査では常に真実を追い求める。カルデルは戦争で左腕を失っていて同時に仲間を助けられなかったトラウマがある。ときに暴力的だが正義感の強い人物だ。

物語は全4部で構成される。

第一部 インデベトゥー館の亡霊
第二部 ほとばしる赤
第三部 夜の蝶
第四部 無双の狼

第一部で両手足を切断され、両目をえぐられた身元不明の惨殺死体が発見され、ヴィンゲとカルデルが捜査に乗り出す。いくつかの手がかりを掴み、捜査が進展していく中で、ふたりの友情が徐々に形成されていく。

第二部は、ある男が妹にあてた手紙というスタイルで事件が描かれる。残酷な描写が多く、直接な描写もあって読んでいて背筋が寒くなってくる。直接の描写ではなくても、作品全体の持つ空気感が恐怖心を増幅されるようにも思う。

第三部は、貧しい私生児として生まれた少女の物語だ。少女は、母親を失い自らも無実の罪をなすりつけられて紡績所(事実上の女子刑務所)に送られる。そこはまさに地獄のような場所であり、彼女たちを監視する管理人の悪逆非道な振る舞いには怒りを覚える。著者あとがきによれば、この紡績所の管理人や所長、牧師の関係は実際あった話らしい。

第四部では、猟奇殺人事件の真相が描かれる。読者は、第四部が始まって早々に驚かされることになる。やがてそれは杞憂に終わり、事件は解決に向けて動き出す。第一部で描かれたことと、第二部、第三部で描かれた物語が重なり合い、犯人へと結びついていく。そして、犯人の忌まわしい過去や破壊的な思想が事件の背景として存在することが明かされ、ラストの展開へと進んでいく。

いろいろな方から本書の面白さを聞いてきた。「読み始めたら一気読み」「年末年始に没頭した」などなど。この本の話をしてくれた方はみんな絶賛していた。実際に読んでみたら、その期待を裏切らない作品だった。

訳者あとがきには、三部作として続刊が予定されていて、2019年に続編の「1794」が刊行されたとある。翻訳されるのを心待ちにしたい。