タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「あふれる家」中島さなえ/朝日新聞出版-いつも誰かであふれている破天荒な家庭で育つ明日美のたくまして想像力豊かな毎日を描く自伝的長編。

 

 

主人公稲葉明日実(わたし)は小学4年生。もうすぐ夏休みになるというのに、母さんが事故で足を骨折し入院してしまう。

「ユタとハルねえがいないあいだ、明日実ちゃんをどうするのか」

「ユタ」は父さん、「ハルねえ」は母さんのニックネームだ。ハルねえが入院したことで、稲葉家にいる人たちはその問題を話し合う。何か問題が起きたときは、その場にいる人たちで解決するのが稲葉家のルールなのだ。

明日実は、父さんと母さんの3人家族だが、父さんはいつもどこかをうろついていて家にいない。だけど、家にはいつも人があふれている。父さんや母さんの友達や友達の友達とか、いろんな人が常に何人か家で寝泊まりしているからだ。ハルねえが入院したときは、バンドマンのトキオ、薬剤師のアキちゃん、前の日から泊まりに来たハイテンションな外国人二人組などが稲葉家にあふれていた。

中島さなえ「あふれる家」は、まったく普通じゃない破天荒な家庭に育つ小学生が主人公の作品である。中島さなえは、2004年に亡くなった中島らもの娘である。これまでに、「いちにち8ミリの。」、「ルシッドドリーム」などの小説作品やエッセイ集を刊行している。本書は、著者2作目の長編小説であり、はじめての自伝的小説である。

小説としてのデフォルメはあるとしても、本書に書かれる稲葉家は一般の常識(なにが“一般”なのかという話はあるが)からすれば、かなりブッ飛んだ家庭であることは間違いない。自伝的小説なので、モデルとなっているのは中島家となる。本書の稲葉家が、常に家族以外の人たちであふれかえり、ときにまったく見ず知らずの人たちが当たり前のように入れ代わり立ち代わり出入りしているように、中島家も、中島らもを慕ったり頼ったりしてたくさんの人たちがあふれていたのだろう。「中島らもの家なら、それも不思議じゃないな」と思う。

主人公の明日実は、この特殊な家庭に生まれ育ったため、家に両親以外の誰かが何人も出入りしたり寝泊まりしたりしていることが当たり前だと疑っていない。

わたしは小学校に上がるまで、どこの家も満員御礼で暮らしているのだと疑っていなかった。しかし、周りの人に話を聞いたり、テレビ番組を観たりしているうち、どうもうちは他と違って風変わりなのかもしれないと段々気がついてきた。他の人の家では、よく知らない大人たちに交じって、父さんと母さんがどこに寝ているかわからない、などということはないのだと。

小学生になって「どうも我が家は他とは違うらしい」と気づいたものの、だからといってこの家庭環境を嫌がるわけでもなく暮らしている。実にたくましい子どもだ。

小さいときからこういう環境で育った明日実は、たくましく、想像力の豊かな子どもだ。想像力というよりは妄想力か。明日実には、保育園の頃からちょっと油断するとすぐに妄想の世界に落ちてしまう癖がある。書道の時間に自分のサイン会のことを妄想したり、大好きな尾形先生と同じサーカス団の芸人になったりする。

稲葉家にあふれる人たちも変わった大人たちばかりだ。誰もが自由だし、誰もが何かしら闇を抱えている。まとも(なにをもって“まとも”とするかという話はあるが)な人は誰もいない。社会からはぐれてしまったような人が、吸い寄せられるように稲葉家に集まり、あふれているのである。だが、そんな彼らだからこそ、明日実のことに世話を焼くし、仲間が困っていれば協力して助け合う。血はつながっていなくてもそれ以上のつながりをみせる。

「自分もこんな家で暮らしたかった」などとは思わないし(思う人もいるかもしれない)、こういう家庭で生活していることを想像することも難しい。でも、現実に中島家は稲葉家のような家庭であったのだろうし、中島らもが人を惹き寄せる魅力をもった人だったのだということを「あふれる家」は物語っているのだと思う。

ところで、この本を読んでいることをツイッターとかで話すときに「作者の中島さなえさんは、中島らもの娘さんです」と話すと「中島らもの娘!」と驚かれる反応が多かった。中島らもが急逝して16年になるが、まだまだ中島らもという作家の存在が大きいのだなと感じた。

ちなみに、本書では最初の方で「父さんはたいていどこかをうろついていて家にはいない」とあるだけで、明日実の父ユタ(モデルは当然中島らも)は一切登場しない。ただ、カバー絵には中島らもを思わせる人物が描かれていて、そこでも存在感を表している。

これまで、中島さなえさんの小説作品はすべて読んで紹介してきた。『中島らもの娘』という部分が注目されがちだが、その作品はどれも魅力的で面白いものなので、もっと読まれてほしい作家のひとりである。

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