タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ルシッドドリーム」中島さなえ/講談社-「これは夢だ」と自覚して見る夢“ルシッド・ドリーム”でつながる4つの短編たち

 

 

“ルシッド・ドリーム”とは、自らで「これは夢だ」と自覚して見る夢のことであり、“明晰夢”とも言われる。本書は、そのルシッド・ドリームを題材とした様々な人間模様の描かれる連作短編集である。

八丁堀の駅近くで開催されるルシッド・ドリーム・スクール(LDS)。そこに集う人々を主人公とする4篇が収録された連作短編集である。それぞれの人生が巧みに連携し合ってひとつの物語になっている。

大学を卒業して鉄道会社に入社した小路は、乗務員試験に落ち続け、いまだに駅員として乗客からの理不尽なクレーム応対に明け暮れる生活を送っている。偶然受け取ったチラシでLDSを知り、ルシッド・ドリームの魅力に取りつかれた彼は、夢をコントロールすることに魅せられる。だが、同棲していた恋人を失ったことで初めて現実世界での彼女の存在の大きさに気づく(ゆらゆら)。

天才歌舞伎役者苑若の息子として幼い頃から舞台に立ってきた一之助は、中学生になって次第に舞台に立つことに疑問を感じるようになる。ヘヴィメタルに夢中になった彼は、ロックドラマーになりたいと考え始めるが、学校と歌舞伎の稽古、舞台をこなす毎日の中ではドラムの練習もままならい。思うようにいかないことに苛立つ一之助は、友人からルシッド・ドリームの話を聞き、せめて夢の中で夢をかなえようと、夢のコントロールを実践するが、そのことを父に知られ、激しく叱責されてしまう。喧嘩して家を飛び出した一之助だが、実は両親は自分のためにいろいろ考えてくれていたことや、父のことを誤解していたことを知り、意識が変わる(奈落の赤獅子)。

ネットの世界でしか自分を出すことができずリアル世界では誰とも交流できないひきこもりの由理は、オンラインゲームの世界でノアと名乗り絶大な人気を誇っていた。ノアは、“RYUKA”という恋人とのラブラブな毎日をブログで報告する。もちろんそれは由理の妄想であり、RYUKAは空想の産物だ。由理はLDSに通い、夢をコントロールする術を身につけると、夢の中で理想の恋人RYUKAとの生活を実現させる。しかし、近所の新築工事現場でRYUKAとそっくりの青年を見つけたことで、由理の中に迷いが生じ始める。由理は、リアル世界での恋愛を実現したいと青年に告白するが、そのことで自らのリアルを逆に突きつけられ、現実を知ってしまうのだった(Written by RYUKA)。

父に連れられて行った温泉宿でみたマジックに魅せられ、マジシャンになったファイアー高橋は、有名になり、多額のギャラを手に入れ、結婚をする。幸せと思われた生活だったが、彼自身の放蕩癖が災いして家庭は崩壊し、仕事も次第に減っていく。人生を完全に転げ落ち、老ホームレスになり下がった彼は、定期的にLDSの教室に通っていた。講義終了直前の15分間だけの参加なら受講料はとられない。彼は、いつもその時間になると教室に現れ、講師の姿を見つめる。講師は、彼の成長した息子だった。マジシャンは、息子にマジックを見せるという一世一代の舞台に立つことを決めるのだが……(折れた魔法の杖)。

4つの短編はそれぞれに主人公の人生を描きながら、どことなく相互につながっている。ルシッド・ドリームというあまり聞き覚えのない事柄を題材にして、ファンタジックな世界観を構築している構成は、どことなく著者の父中島らもの世界観に通じる部分もあるように思える。中でも、第4短編の「折れた魔法の杖」に描かれる父親としてのマジシャンの姿は、著者から見た父中島らもが投影されている部分があるのではないだろうか。

前作「いちにち8ミリの。」に続いて上梓された本書。前作の書評にも書いたかもしれないが、読者はどうしても中島らもと比較してしまうものだ。だが、前作、そして本作といずれも読者をしっかりととらえるだけの確固とした世界観が築かれていたように思う。“中島らもの娘”という冠が取れるにはまだ時間は必要かもしれないが、早晩それも取り払われる時が来るだろう。実は秘かに直木賞とか狙える逸材なのではないか、そんな気もしている。

 

s-taka130922.hatenablog.com

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