タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「スモモの木の啓示」ショクーフェ・アザール/堤幸訳/白水社-革命に翻弄され壊れゆく家族の姿をマジックリアリズム小説として描くことで幻想的な世界に変容させる。重く苦しいのに魅惑的な作品。

 

 

革命は、その国や地域の社会や文化を大きく変容させる。革命によって、それまでの腐敗した政治や上流階級による富の独占から解放され、新たな正義や平和がもたらされることもあれば、軍事独裁政権のような新たな悪政が生まれることもある。ひとつ言えるのは、結果がどのようなものであれ、革命によって翻弄され犠牲となるのはその国や地域に暮らす無辜な人々であるということだ。

「スモモの木の啓示」は、イラン・イスラーム革命によって翻弄される一家を描いた小説であり、13歳の少女バハールを語り部として物語が展開していく。イラン・イスラーム革命は、1978年から79年にかけて起きた革命であり、イスラムシーア派の最高指導者ホメイニ師を中心とする勢力が当時イランを支配していたパフレヴィー朝を倒し、イラン=イスラーム共和国を建国した。その革命と革命後のイラン=イスラーム共和国内での混乱の中で、バハールの家族はそれまでの平和な暮らしを失い、テヘランを離れ、遠く離れた隔絶された村ラザーンにたどり着く。その場所で家族は、平穏な日々を取り戻すはずだった。しかし、革命の波は遠く離れたラザーン村にも容赦なく押し寄せる。そして、家族はその荒波の中でただただ翻弄され続ける。

『革命に翻弄される家族の物語』という本質的なところだけでみれば、「スモモの木の啓示」は暗く重たい作品と思われるだろう。確かに、家族を見舞うのは暗く苦しいことばかりだ。革命の興奮に酔いしれた者たちの手で家族の家は焼かれ、バハールは命を落とす。兄のソフラーブは、いわれなき罪により連行され拘禁され処刑される。

このような革命に翻弄される家族という重い素材がストレートに描かれていれば、この作品は重苦しい物語となっていただろう。その重苦しさを幻想的な雰囲気の作品へと変貌させるのが、“マジックリアリズム”である。「スモモの木の啓示」は、マジックリアリズムの手法を用いて描かれており、現実と非現実の間を行き来することで作品世界を幻想的な空間へと誘っていく。

マジックリアリズムは、ラテンアメリカ文学などに多く見られる現実と非現実の世界を織り交ぜて作品世界を構築する手法であり、現実の中に非現実的な不思議な出来事を起こすことで、物語に深みや謎めいた雰囲気を生み出す。「スモモの木の啓示」は、マジックリアリズムの手法を巧みに用いることで、革命によって崩壊していく家族という現実を、(やや不謹慎な言い方になるが)ユーモアがあり、ファンタジックな作品として成立させているのである。さらに、マジックリアリズムによって生者と死者がシームレスに物語世界に混在していることも作品の魅力となる。

著者のショクーフェ・アザールは、イランに生まれた後、オーストラリアに亡命した。本作はペルシア語で書かれた作品を英訳し、そこから日本語に翻訳されている。訳者あとがきによれば、英訳者の名前などの情報は安全性の問題から公表されていないとのこと。過去に「悪魔の詩」を書いたサルマン・ラシュディに対して死刑が宣告され、「悪魔の詩」の日本語訳を担当した翻訳者が殺害される事件が起きたように、現在でも、イランの政治情勢は非常に複雑であり、国外にいるイラン人作家や翻訳者に対して、イラン当局が圧力をかけることがあるからだという。

「スモモの木の啓示」は、リアルな物語にファンタジックな要素を加えたマジックリアリズムの手法が巧みに使われた、ショクーフェ・アザールのデビュー作であり、〈国際ブッカー賞〉や〈全米図書賞〉の最終候補に選出された。今後、著者の代表作のひとつに数えられる作品となるだろう。受賞は逃したが、第九回日本翻訳大賞の最終候補作にも選出された。今後、どのような作品を書いていくのか期待が膨らむ作家である。