タカラ~ムの本棚

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「路上の陽光」ラシャムジャ/星泉訳/書肆侃侃房-チベット現代文学を代表する作家の日本オリジナル短編集。チベットの若者たちのリアルなど、私たちの知らないチベットの今を見せてくれる8編の物語。

 

 

チベット現代文学を代表する作家ラシャムジャによる日本オリジナル短編集。表題作を含む全8編が収録されている。

路上の陽光
眠れる川
風に託す
西の空のひとつ星
川のほとりの一本の木
四十男の二十歳の恋
最後の羊飼い
遙かなるサクラジマ

表題作であり本書の冒頭に掲載されている「路上の陽光」は、ラル橋の上に立って仕事がもらえるのを待っている“立ちん坊”という若者たちの姿が描かれる。ランゼーという若い女性とプンナムという若い男性がいて、ふたりはおそらく心では互いに恋をしている。だけど、ふたりはどちらも不器用で、互いに軽口を叩きながらも本当の気持ちを伝えきれていない。次に収録されている「眠れる川」へと続き、さらに三部作として構想されているという物語は、チベットの若者たちのリアルを描いた作品ではないかと思う。「路上の陽光」では不器用な青年だという印象だったプンナムが、「眠れる川」を読むと、不器用ではあるけれども誠実で善良な好青年とわかり、なんとなくホッとした気持ちになった。まだ書かれていない第三部で彼らの物語がどのように展開しどんな結末を迎えるのか気になる。

若者たちのリアルを描く作品がある一方で少年の成長を描く作品も収録されている。「西の空のひとつ星」、「川のほとりの一本の木」、「最後の羊飼い」は、少年の主人公とした作品になっている。「西の空のひとつ星」と「最後の羊飼い」は、チベットの牧畜文化がベースにあって、父とともに山で羊たちの世話をする少年(「西の空のひとつ星」)とたったひとり村に最後に残る羊飼いとして暮らす少年(「最後の羊飼い」)を描く。この2つの作品は、これから羊飼いとして成長していく少年と、周囲が羊を売って出稼ぎで暮らす生活に変化していく中で最後の羊飼いとして生きる少年という対比で見ると、チベットの牧畜文化の変貌を伝えているのではないかと感じた。そして、「最後の羊飼い」のラストシーンはチベット牧畜文化の変貌に対する著者のメッセージが込められているのではないか。それは考えすぎだろうか。

最後に収録されている「遙かなるサクラジマ」は、日本を舞台にした作品になっている。この作品の中で描かれる日本人タカシのキャラクター像については、眉をしかめる人もあるかもしれない。だが、チベットからカナダ、カナダから日本へ居場所を転々としながら生きてきたダワ・ラモが、日本人男性と結婚することで自らの居場所を得ようとした背景と、その中でニマ・トンドゥプというチベットの青年と出会い恋に落ちるというストーリーを描く中では、タカシのような日本人像を描く必要があったのだろう。けっしてこれが著者の考える日本人像だということはない。当然日本人をディスっているわけでもない。

収録されている作品は、牧歌的な雰囲気もありながら、どこか刹那的な部分も感じられる。これが、現代チベットのリアルを描写しているのだろうと思うし、読んでいるうちにチベットに興味を持つこともあるだろう。

ラシャムジャの作品からは、チベットの今が見えてくる気がする。私はチベットには行ったことがないから、ネットなどの限られた情報でしかチベットを知ることはできないが、ラシャムジャの作品を読むことでチベットの人々の日常や若者たちのこと、文化を知ることができるように思う。