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【書評】ゲオルギイ・コヴェンチューク/片山ふえ訳「8号室~コムナルカ住民図鑑」(群像社)-“ガガ”の愛称で親しまれた画家であり名エッセイストでもある著者の思い出が描かれた短篇小説風のエッセイ集

8号室―コムナルカ住民図鑑

8号室―コムナルカ住民図鑑

 

本書の著者ゲオルギイ・コヴェンチュークは、1933年生まれでレニングラード出身の画家でありエッセイストとして知られた人物である。本書は、彼が実際に生活した『コムナルカ』という共同住宅での思い出を描いた短篇小説風のエッセイを中心に13篇が収録されている。

 

まず、『コムナルカ』という聞きなれない言葉について説明しておく必要があると思う。本書の「はじめに 日本の読者へ」に書かれている『コムナルカ』についての説明を読むと、

  • 建物はロシア革命以前に建築された大きな建物であり、革命後に表側と裏側に二分された。
  • 表側には事務所などが入居していたらしい。
  • 裏側のかつて裕福な人たちの居住スペースだった部分を小さな部屋に区切ってたくさんの家族が住めるようにしたのが『コムナルカ』である。

要するに、革命以前に特権階級の人たちが暮らしていた豪邸のひとつひとつの広かった部屋を小部屋に分割し、それぞれに住めるように改築した共同アパートが『コムナルカ』である。著者が20年あまりを暮らしていたレニングラードのゴローホヴァヤ通り沿いにあった『コムナルカ』は、建物6階の8号室を区切ったものだった。

8号室には著者一家の他にさまざまな人たちが暮らしていた。電気技師のフョードル・フョードロビッチ、民警のトーリク、画家の男、レオニードとカーニャの夫妻。それぞれに母親や妻、家族と暮らしていた。彼らはそれぞれに8号室で生活している。酒に溺れたり、夫婦で大喧嘩をはじめてみたり、南京虫に悩まされていたりする。

本書は、全部で100ページちょっとの短い作品である。もともとはガガさん(訳者に従って私も愛称で呼んでみたいと思う)が長年書き溜めてきたエッセイから自選して自費出版した作品集「8号室」がベースとなっていて、その中からコムナルカ8号室にまつわるエッセイとウクライナを舞台にした「アゾフ海の入り江の村で」と題するエッセイから数篇ずつと、2つの短篇(「レニングラードの暑い夏の日」と「鞄を持った老婦人」)を抜粋している。

巻末の「訳者のあとがき」によれば、ガガさんの人生はかなり波乱万丈だったようだ。父親は、スターリンの粛清によって収容所に入っていたというし、ガガさん自身の画家としての作風もかなり自由なスタイルだったため、社会主義時代のソビエトにおいては相当に厳しい生き方を強いられたようである。そうしたガガさんの波乱万丈な人生については、訳者による著書「ガガです、ガカの-ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク」にエピソードとして記されているとのこと。

ただ、ガガさんのそうした境遇を知った上で本書に収録されている作品を読んでみても、例えばダニイル・ハルムスの作品にあるスターリン政権下の恐怖政治に対する風刺のような社会的アイロニーはさほど感じられない。むしろ、一連の作品にはそうした政治的な意図はこめられていないし、狭い共同アパートで暮らす人々の平凡な暮らしぶりがユーモアたっぷりに描き出されているだけだ。それは、ガガさんの人生観や性格に起因しているのかもしれない。

社会主義政権時代のソビエトにおける庶民の暮らしというものが、あまり理解できていなくて、かつ当時の情報や知識も乏しい中で本書を読んでしまうと、作品の世界観に入り込めなくて少し戸惑ってしまう。できれば、もう少し時代背景や社会的環境、あるいはガガさん自身の人となりを知っておくとより本書を理解できるように思う。

ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギィ・コヴェンチューク

ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギィ・コヴェンチューク