タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「花びらとその他の不穏な物語」グアダルーペ・ネッテル/宇野和美訳/現代書館-ひとつひとつの物語から、あるときはひっそりと、またあるときは真っ向から立ち上ってくる不穏さに、胸のゾワゾワが静まらない。

 

 

不穏:おだやかでないこと。状況が不安定で危機や危険をはらんでいること。また、そのさま。(出典:デジタル大辞泉

小説とは、読者を不穏な気持ちにさせるものである。どれほど明るく軽快な作品であっても、その明るさの向こう側にはなにかしら不穏なものがちらついていると、私は小説を読むときに感じている。

冒頭に“不穏”という言葉の意味をネットの辞書で検索した結果で引用してみた。あらゆる小説には、おだやかでない部分や不安定さをはらんでいると思う。それが、あからさまに現れているか、遠くかすかに感じられる程度かの差でしかない。あくまで個人の見解だが。

「花びらとその他の不穏な物語」は、「赤い魚の夫婦」に続くメキシコの女性作家グアダルーペ・ネッテルの邦訳第2短編集。前作でも十分に読者を不穏な気持ちにさせてくれた著者だが、今作では、そのタイトルにもあるように“不穏”ということを全面に出した6篇が収録されている。

眼瞼下垂
ブラインド越しに
盆栽
桟橋の向こう側
花びら
ベゾアール石

短編集のタイトルに“不穏”と明示したことで、読者は収録されている6篇を読む前から不穏な気持ちにさせられている。だから、それぞれの作品のタイトルをみただけで、その作品世界には自分(読者)を不安にさせたりゾワゾワとした気分にさせることが待ち受けているのだろうと期待する。そして、その期待のハードルを超える物語に興奮する。

眼科の外科手術前後のまぶたの写真を撮影するカメラマンは、街を歩いているときに「群衆の中でときに見かける素晴らしいまぶたをフィルムにおさめたくなる」ほどにまぶたに魅了されている。

向かいの部屋に住む元恋人を夜な夜な観察する女性は、ある夜に若い女性を連れ帰った元恋人がひとりこっそりとする行為をじっと見守る。

結婚以来、日曜日になると妻からひととき解放されるために植物園に通う男は、園丁の老人と出会い話をするうちに、自分がサボテンであり、妻がつる植物だと気づく。

〈ほんものの孤独〉を探し求めていた十代の少女の頃に、小さな島でわたしが出会ったミシェルという少女のこと。

女性用トイレに入って女性たちの残した跡をたどることに没頭する青年は、カフェ・コロンのトイレの残り香に惹かれ、そのフロールを求めて街を歩く。

精神の不安定さから髪を抜く行為を繰り返す女は、同じように強迫観念から指を鳴らす行為を繰り返す男と出会い、関係をこじらせ、今は病院に入って日記を綴っている。

どの作品からも、不穏な空気がひしひしと伝わってくる。その空気感は、静かにじわじわと忍び寄ってくるものもあれば、真っ向から読者の心に突き刺さってくるようなものもある。それは、ひとつひとつの物語のポイントとなる部分をあげただけでも感じられるのではないかと思う。そして、実際に読んでみれば、一層に不穏さを実感できるはずだ。

「赤い魚の夫婦」、「花びらとその他の不穏な物語」の2作を読んだだけだが、この2冊を読んだだけでもグアダルーペ・ネッテルという作家の描き出す世界のただならない雰囲気は十分に感じされると思う。読んでいて、胸がゾワゾワしたり、背筋がゾクゾクするような小説が好きという人には全力でおすすめしたい。きっと満足できると思う。

 

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