タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「東京ゴースト・シティ」バリー・ユアグロー/柴田元幸訳/新潮社-オリンピックとコロナに翻弄される東京の町で作家が出会う人と幽霊たちとの奇妙なストーリー

 

 

2020年春、新型コロナウィルスの急激なパンデミックにより、世界中でロックダウンが行われた。バリー・ユアグローが暮らすニューヨークも厳しい措置がとられ、そのロックダウンに閉じ込められた部屋で彼は短い12の物語を書き続けた。それが、「ボッティチェリ 疫病の時代の寓話」である。

さて、本書「東京ゴースト・シティ」は、バリー・ユアグローが東京を舞台にして書いた22本の短編が収録された作品集である。新潮社の雑誌「波」に2019年5月号から2021年1月号まで「オヤジギャクの華」と題して連載されたものに最終話となる「その22 その後の顛末」(書き下ろし)を加えたものとなっている。

当初の構想段階から、現実世界の-具体的には2019年~20年の東京の-日常の変遷をたどり、そこにバリー・ユアグローという作者特有の奇想を盛り込んで化学変化を生じさせ、現実の東京とつながってはいるのだけれど決定的に違ってもいる「異形の東京」を生み出すことを意図していた(以下略)

そう「訳者あとがき」にあるように、本書はそもそも、オリンピック開催を目前に控えた東京という街を舞台にして、作家とそのパートナーが東京タワーの真下にあるアパートメントに滞在しながら、あるときは有楽町のガード下にある居酒屋で酒を飲み、あるときは有名なラヲタ(ラーメンオタク)とラーメンを食べ歩き、そしてまたあるときは市場移転後の築地で寿司を食べる日々をおくりつつ、太宰治三島由紀夫渥美清菅原文太といった人々の幽霊と出会うという奇妙な寓話世界を描くものだった。しかし、新型コロナによるパンデミックという、作家も編集者も、私たちの誰も想定していなかったことが起きたことで、物語の世界観も当初の構想とは異なるハンドリングを要求されるようになり、その絶妙なハンドリングの結果として出来上がったのが「東京ゴースト・シティ」なのである。

新型コロナのパンデミックという予測不能かつ深刻な現実に直面し、その事実を吸収しながらも、本書に書かれる22の物語はどれもユーモアにあふれている。オリンピック開催に向けて古き良き東京が失われ、無機質な建造物が街を埋めていくことを嘆く作家の言葉は、私たちが東京オリンピック開催に対して抱いていた違和感を表現してくれている。それも、ただ批判するのではなく、そこから笑いを生み出すところに作家のすごさを感じるのだ。

とまあ少し堅苦しく書いてみたけれど、本書はそんな堅苦しいものではない。22本の短編は、最初から最後まで終始一貫笑いが場を占めている。どこから読んでも、どの作品を読んでも、「アハハハ」と声に出して笑えるし、「ククク」とほくそ笑むこともできる。深刻ぶらず気取らず楽しく読むことが、今の私たちには必要だし、バリー・ユアグローの物語はそれを与えてくれる。

今は、この本が持つ不思議な世界観とユーモアを存分に楽しめることが幸せなのかもしれない。