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「失われた賃金を求めて」イ・ミンギョン/小山内園子、すんみ訳/タバブックス-“韓国”を“日本”に読み替えても何の違和感もないという悪しき現実

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韓国で、女性がもっと受け取れるはずだった賃金の金額を求めよ

と、本書「はじめに」の冒頭に書かれているとおり、イ・ミンギョン「失われた賃金を求めて」は、韓国における男女間での賃金格差について、その要因となるさまざまな男女間の差別を記している。

OECD経済協力開発機構)が毎年公表している加盟国の男女賃金格差に関するデータによれば、韓国は男女賃金格差が大きく31.48%(2020年最新データ)でOECD加盟国の中でワースト1位となっている。本書「はじめに」では、2016年データで36.7%とあるので4年で少し格差が縮まっているが、ワースト1位は不動である。ちなみに、日本の男女賃金格差は22.52%となっていて、イスラエルの22.66%に次いでワースト3位に位置している。これも2016年は24.6%でワースト2位だったから多少改善されたとみることはできる。あくまでも“データ上は”だ。ついでに書いておくと、韓国、イスラエル、日本は不動のワースト3カ国になっていて、その中でも韓国は他の追随を許さない安定したワースト1位を確立し続けている。

著者は、男女間での賃金格差が生まれる要因となる差別の問題について、さまざまな角度から記している。各章のタイトルを並べてみる。

1.昇進 止まっているエスカレーター
2.考課 「ふりだしに戻る」と「3つ前へ」
3.同一職級 傾いた床
4.与えられた条件 ハイヒールと砂袋
5.雇用安定性 消えていく女性たち
6.就職
7.進路選択
8.達成度評価
9.資源

例えば「昇進」について言えば、女性が昇進コースに乗ることは男性に比べると圧倒的に少ない。それでも、実力や努力で企業のトップに昇りつめる女性もいる。実力主義の社会ではそれは当たり前のことだ。だが、女性が実力や努力を認められるには、男性の実力や努力を凌駕していなければならないし、同じ実力同じ努力であれば女性よりは男性の方が昇進できる。

昇進コースに乗ることはエスカレーターに乗ることであり、男性にはエスカレーターが当然のように存在しているが、女性は壁をよじ登らなければいけない。最近になって女性にもエスカレーターが用意されるようになったが、なぜかそのエスカレーターはいざ乗り込もうとすると点検中で動いていないと著者は記す。

昇進すれば当然に賃金は上昇する。昇進エスカレーターに乗り込めた男性はスムーズに上の職級に昇り高い賃金を得るが、点検中のエスカレーターにあたってしまった女性は結局自分の足で(すなわち努力で)止まっているエスカレーターを登らなければ昇進できず高い賃金も得られない。

日本でも昇進に伴う男女の賃金格差は生まれている。厚生労働省が公表している「賃金構造基本統計調査」の報告書には「性別にみた賃金」のデータが掲載されているが、令和2年のデータでは、男性がもっとも高い賃金を得られるのは55歳~59歳のときで420,100円なのに対し、女性は50歳~54歳のときで274.700円である。男性は35歳を過ぎると30万円以上の賃金を得られるようになり、50代で40万円以上を得ているが、女性は生涯を通じて30万円を超えることはない。これは、男女間の昇進格差によるものだと言える。このことは、西口想氏による本書解説でも触れられていて、この賃金格差が年金支給額にも影響を与えるため、男女の賃金格差は老後の年金格差にもつながっていると指摘している。

昇進差別以外にも、仕事の成果に対する人事考課であったり、同じ仕事をしているにも関わらず賃金格差があったり、就職活動時の差別やそれ以前の進路選択や能力レベルに対する評価の格差など、女性だからということでハードルが極端に高くなったり、男性だからという理由で障壁が取り払われたりというありとあらゆる事実を、著者は実際に企業や学校で起きた事例を多数あげて明らかにしていく。

韓国発のフェミニズム小説やノンフィクションで多数言われていることだが、こうした男女間での差別の根源には家父長制の存在があり、その呪縛が古来より延々と女性たちを苦しめている。男性は働いて稼ぎ家族を養う存在であり、女性は男性を支えて家庭を守る存在であるという呪縛。その呪縛から逃れられない限り、男女間の差別は今後は延々と続いていくことになるだろう。

本書は“韓国の”男女賃金格差の問題を記しているが、“韓国”を“日本”に置き換えても、すべてのことが何らの違和感もなく読み込める。先にも記したように日本でも男女間の賃金格差はデータとして確実に存在しているし、2018年に明らかになった各大学の医学部における不正入試問題に代表されるような女性に対する進学や就職における差別もある。妊娠、出産、育児によりキャリアを諦めざるを得なくなるのは圧倒的に女性の方だ。

こうしたジェンダー格差の問題は、女性だけが努力してどうにかなる問題ではない。第一、これまで女性はずっと努力をし続けてきたのだ。これ以上なにを努力しろというのか。性別によって格差が生まれているという状況がおかしいことを、いい加減にすべての男性は認めなければいけない。男性とか女性とかの違いでエスカレーターが動いたり止まったりすることがなく、同じ仕事をしていれば性別で評価レベルが違ったり賃金が違ったりしない。結婚、妊娠、出産、育児でキャリアを諦める必要はなく、同じ実力、同じ努力であれば同じ土俵の上で同じ指標で正しく評価される。そういう社会にしなければいけない。

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