タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ハンナのいない10月は」相川英輔/河出書房新社-学生自治会選挙の不正疑惑、女子学生の洋服盗難事件にスパイ疑惑。大学内で起きるさまざまな事件に『穏やかな狂人』はどう動くのか?

 

 

相川英輔作品は、これまで「雲を離れた月」「ハイキング」を読んできた。過去作はどれも日常にある恐怖や不安を描き、読んでいてスーッと背中に冷たいものが伝うような感覚を与えてくれる作品だったが、本作はこれまでとはまったく違ったテイストできた。

「ハンナのいない10月は」は、大学を舞台にしたミステリー小説だ。ミステリーといっても人が死んだりはしない。大学構内で起きる女子学生の洋服盗難事件や、学内に潜り込んだスパイの捜索、学生自治会選挙の不正疑惑などの日常の謎系のミステリーである。

ようやく就職の内々定を得た佐藤大地は、就職活動中に出席できなかった授業の修得について配慮してもらうために久しぶりに大学にやってきた。大地に不足している単位科目は3つ。うち2つまでは認めてもらえた。残すは「文学」である。担当教員は森川譲。彼は学内に住み込み、研究室でペットを飼っている変わり者と噂されており、『穏やかな狂人』と呼ばれる人物だった。

タイトルある『ハンナ』が、『穏やかな狂人』こと森川の研究室で飼われている猫の名前だ。本来、研究室で動物を飼うことは禁じられているのだが、ハンナのことは黙認されていて、学長の富井も学長補佐の椛島もハンナにはメロメロである。唯一、庶務課長の小山だけは、事はあるごとに森川にハンナをどうにかするように要請しているが……。

森川の研究室を訪ねた大地は、そこで学生自治会長の三田村栞と出会う。彼女は森川の研究室に入り浸っているらしい。大地は、森川に修得配慮をお願いするが、「ルールはルール」と簡単には許してくれない。森川が出してきた条件は、研究室に数千冊とある蔵書の中から、彼が最も好きな一冊をあてるというものだった。

「ハンナのいない10月は」には、表題作を含めて6つのエピソードが入っている。

1 ひとつがふたつに
2 ポルトガルの言い伝え
3 自治会選挙と夜の星
4 化石
5 激しい雨が降る
6 ハンナのいない10月は

それぞれが独立したエピソードにもなっているので、連作短編集としても読むことができる。本書全体を通じたテーマとしては、大学の経営存続問題があり、少子化の中で学生を集めなければならない私立大学の厳しさとライバル大学との競争からくるスパイ行為や評判を落とすためのデマといった問題に森川たちも巻き込まれていく。

スパイやデマといった問題への対応に、富井や椛島、小山たちは頭を悩ませるが、『穏やかな狂人』である森島はそういう話とは無縁でいたい立場だ。出世にも学内の派閥争いにも興味はない。ただ、研究室でハンナと過ごし、毎日同じ定食屋で曜日ごとに決まったメニューの定食を食べ、好きな本を読む。それでいいのだ。それだけがいいのだ。

だが、学内の状況は森川にそんな安寧は与えてくれない。なぜか彼は学内で起きる事件や疑惑の解決に乗り出さねばならないハメになり、最後には彼自身がトラブルの元となってしまう。

大学を舞台にして、ちょっと風変わりな教師が学内で起きる不可思議なトラブルに巻き込まれるミステリーということでは、奥泉光の「クワコーシリーズ」(「桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」「黄色い部屋の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2」「ゆるきゃらの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3」とこれまで3冊刊行されている。日本文学を教えるダメ教師の『クワコー』こと桑潟幸一がさまざまで些細な事件に巻き込まれるミステリー小説のシリーズ)がある。クワコーは、正真正銘のダメ教師なので、本書の『穏やかな狂人』森川とはキャラクターとして比較にならないが、どちらも大学で文学(クワコーは日本文学、森川は西欧文学)を教えていることなど共通しているところもあって、芋づる式に紐付けして読んでみるのも面白そうだ。

「ハンナのいない10月は」で森川は、学生への不公平な単位付与疑惑で批判の標的のなる。この問題で後援会総会は紛糾し、マスコミは大学の姿勢を糾弾する。ネットも誹謗中傷の嵐が飛び交う。椛島や小山は、疑惑の調査、悪評の払拭、メディア対応に奮闘し、大地や栞は森川のためにネットの誹謗中傷に立ち向かう。そんな中、ハンナが姿を消してしまい、森川は自分が大学に迷惑をかけていることとハンナがいなくなったことで二重に落ち込む。

ラストに森川はひとつの決断をする。彼にとっては未来への一歩となる決断だ。森川とハンナの物語は、まだまだ続くのだと思う。それが続編として形になるのか、それとも読者がそれぞれの未来像を思い描くのか。個人的には、「森川&ハンナシリーズ」として続編を期待したいと思っている。

 

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