タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「フライデー・ブラック」ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野素子訳/駒草出版-ガーナ移民の両親を持つ著者のデビュー短編集。#BlackLivesMatter 運動に世界が揺れる今の時代に読む一冊。

 

 

2020年5月、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官が黒人のジョージ・フロイド氏を逮捕する際に、8分46秒もの間フロイド氏の頸部を膝で圧迫し続けて死に至らしめる事件が起きた。この事件をきっかけにして、全米各地で大規模な抗議デモが起こる。デモ参加者たちは『Black Lives Matter』と書かれたプラカードを掲げ、黒人差別に対する抗議の声をあげた。

本書「フライデー・ブラック」は、直接に『Black Lives Matter』と関係するものではない。だが、本書に収録された12篇の短編は、いずれも黒人の虐げられる姿、人種の違いによる社会的な格差などを題材としているという意味で、両者を切り離すことはできないと感じる。

本書には、表題作を含めて12の短編が収録されている。

フィンケルスティーン5〈ファイヴ〉
母の言葉
旧時代〈ジ・エラ〉
ラーク・ストリート
病院にて
ジマー・ランド
フライデー・ブラック
ライオンと蜘蛛
ライト・スピッター-光を吐く者
アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」
小売業界で生きる秘訣
閃光を越えて

表題作「フライデー・ブラック」は、毎年11月の感謝祭(第4木曜日)翌日金曜に大々的に行われるブラックフライデーセールを題材にした作品。語り手であるショップ店員の“俺”からみた買い物客の狂乱ぶりが描かれる。開店と同時に売り場を目指して殺到する買い物客。店員に向かって「ブルー! 息子! スリークパック!」叫ぶ男性客。“俺”はその絶叫の意味を素早く理解する。

「俺の息子。俺のことをクリスマスに一番愛してくれる。ホリデー・シーズンは一緒にいられるんだ。俺と息子。欲しいものは一つ。たった一つ。息子の母親は買わない。俺が買わなければ。父親らしいことがしたいんだ!」

『ブラック・フライデー語』と呼ぶ狂乱の叫び声を瞬時に理解し、“俺”は次々と客をさばき売上をあげていく。売り場やフードコートには戦いに破れた客たちの屍が累々と折り重なり、その横で生き残った客たちが食事をしている。まるでゾンビ映画の一場面のような光景だ。

アメリカのブラックフライデーセールでの狂乱ぶりは、テレビのニュースで見たことがある。「フライデー・ブラック」に書かれるような異常さはないが、これに近いくらいの熱狂した客の様子が映し出されたのをみて「すごい」と思ったことがあった。ブレニヤーが「フライデー・ブラック」で描いたのは、その狂乱ぶりを皮肉った物語だ。

読んで怖さを感じたのは「ジマー・ランド」だ。ここに描かれる架空のテーマパーク『ジマー・ランド』は、ゲスト・プレイヤーが、自分の置かれた状況を判断し、自らの意思決定によって問題を解決し正義を行使する場を提供する。目の前に、いかにも素行不良で危険と思われる黒人がいる。ゲスト・プレイヤーは、黒人にどう接し、どう対処するかを判断し、自らの意思決定によって正義を行使する。その正義は暴力的かもしれないし、平和的かもしれない。

すべての短編が黒人差別問題を描いているわけではない。生まれてくる子どもの能力を出生前にコントロールできるようになった近未来で、最適化を受けて成功した子どもと失敗した子ども、最適化を受けていない天然の子どもの格差や差別を描いた「旧時代〈ジ・エラ〉」のようなSF設定の短編もある。

だが、すべての短編に共通しているのは、何らかの差別、格差、そして暴力性が描かれていることだ。人種差別、民族差別、貧富の格差、差別や貧困から生まれる偏見や対抗するための暴力。それらは、いま『Black Lives Matter』として世界中に広がる抗議のうねりの中核となることだ。

いま、このタイミングで本書を読むと、物語の世界と現実の世界がリンクしているように感じる。それは、本書に描かれている世界が現実に則しているからだと思う。