タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「やんごとなき読者」アラン・ベネット/市川恵里訳/白水社-女王陛下、読書にハマる

 

 

「陛下にも暇つぶしが必要なのはわかります」
「暇つぶし?」女王は聞き返した。「本は暇つぶしなんかじゃないわ。別の人生、別の世界を知るためのものよ。サー・ケヴィン、暇つぶしがしたいどころか、もっと暇がほしいくらいよ。(後略)」

アラン・ベネット「やんごとなき読者」は、ひょんなことから読書の楽しさにハマってしまった女王陛下の物語である。女王陛下とは、エリザベス二世のことだ。

ある日、宮殿の裏庭に停まっていた移動図書館に足を踏み入れた女王陛下は、なりゆきで本を一冊借りることになり、次の本また次の本と読んでいくうちに読書の楽しみにハマっていく。次第に女王は公務を疎かにするようになり、なにかと口実をつけて読書の時間を作ろうとする。

困ったのは周囲の人たち。なんとか女王に読書の習慣をやめさせようとするが、女王の読書熱は冷めるどころかますますヒートアップ。晩餐会の席でフランス大統領に『ジャン・ルネ』について話かけたり、家族(ロイヤルファミリー!)に「本を読め」とすすめてきたり(しかも後日読んだかチェックする)と公務にも生活にも影響が出てくる。

冒頭に引用したのは、個人秘書のサー・ケヴィンが女王の読書熱にやんわりと苦言を呈する場面。サー・ケヴィンにとって女王が本を読むのは暇つぶしに過ぎない。だが、女王にとって読書は暇つぶしではないのだ。

この場面のように、読書好き本好きにとって「うんうん」「あるある」と共感できるポイントがたくさんある。

本の続きが読みたくて仮病をつかう女王陛下
読みたい本のリストを作る女王陛下
読書の喜びを人に伝えたくなる女王陛下
会った人がどんな本を読んでいるか気になってしまう女王陛下
読んだ本について自分の考えを書きとめるようになる女王陛下

ぜんぶ我が身に当てはまる。面白い本に出会えば仕事を休んででも続きが読みたくなるし、読んだ本について誰かと話がしたくなる。読みたい本のリストを作り、読んだ本の感想(まさにコレだ)を書きたくなる。

読書にハマった女王には時間が圧倒的に足りない。「読みたいだけ本を読むには時間が足りない」のだ。

それまではさして興味もなかった作家と会うことにも、女王陛下は喜びを見出すようになる。カナダに公式訪問した女王がアリス・マンローと会って彼女が作家だと知り、その著作をもらえないか頼む場面が微笑ましい。

たくさんの本を読み続けるうちに、女王は読書にも一種の筋力が必要であり、自分にその筋力がついてきたと感じるようになる。最初の頃は読み進めるのがつらかった本を楽しんで読めるようになった。その一方で本の中には女王自身の「自分の声」がないと思うようになっていく。女王の読書の行き着く先は、「書く」ことだった。そして、彼女は最後に決断するのである。本を書くために。

とにかく面白い。女王が読書にハマる姿も、彼女に振り回される家族や臣下の人たちのオタオタする姿もユーモラスだ。王室に対する皮肉もこめられている。その一方で、本書からは女王がおかれている立場の息苦しさも感じられる。本書の最初の方には、「趣味を持つのは女王の仕事の性質にふさわしくない」とある。公的な存在である女王が特定の趣味を持つことがえこひいきにつながるからだ。女王には公務としての仕事をこなす以外の自由がないということなのだ。

現在の上皇后様がまだ皇后様だったとき、翌年に退位を控えた2018年の誕生日会見で公務を離れたら本を読みたいと発言されて話題になった(ウッドハウスの「ジーヴスシリーズ」が注目されたのを記憶している人もいると思う)。公的な立場にいるとさまざまな行事や公務が忙しく自分の時間はほとんどないのだろう。公務から解放されなければゆっくりと本を読む時間もない。大変な立場だなと思う。

ゆっくり本を読む時間があるということは、幸せなことなのだということも、本書を読んで実感した。