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読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

相川英輔「ハイキング」(惑星と口笛ブックス)ー日常の中にいつの間にか入り込んでくる怖さを描くのが本当に上手いなぁ~

 

ハイキング (惑星と口笛ブックス)

ハイキング (惑星と口笛ブックス)

 

 

2018年10月12日の夜、赤坂にある双子のライオン堂書店で開催されたトークイベントに参加した。

『雲を離れた月』刊行記念 相川英輔×倉本さおりブックトーク

書肆侃侃房から大前粟生「回転草」、澤西祐典「文字の消息」と同時に刊行された「雲を離れた月」の著者相川英輔さんを招いてのトークイベントである。

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イベントに参加する前に、相川さんの既刊本を読んでおこうと手にしたのが本書「ハイキング」(惑星と口笛ブックス)である。

表題作「ハイキング」と「日曜日の翌日はいつも」、「ファンファーレ」、「打棒日和」の4つの短編で構成される本書は、「雲を離れた月」と同様に日常の中にスルッと恐怖や不安が入り込んでくる作品になっている。

「ハイキング」では、友人とハイキングに出かけた夫が予定よりもだいぶ遅い時間に全身ボロボロの状態で帰宅する。聞けば、山道の途中でスマホを落とし、探しているうちに足を滑らせたという。怪我の様子を心配する妻に夫は「大丈夫」と告げ、「腹が減った」と言うと妻が風呂に行っている間に食事を始める。だが、それが異常なのだ。二人分の食事を食べ、深夜に起き出して食べ続ける。ジャムを舐め尽くし、バターを丸かじりする。ハイキングで一体何があったのか。妻はネットを調べ、あるモノの存在を突き止める。

「日曜日の翌日はいつも」の主人公は、オリンピック代表を目指す水泳選手の宏史。最近になって急激にタイムを伸ばして周囲を驚かせている彼だが、それにはある理由があった。日曜日の夜に眠りにつき翌朝目覚めると、日曜日でもない月曜日でもない空白の一日があったのだ。電気も水道も使えない、活動しているのは宏史だけの空白の一日。彼は、その日を水泳の特訓にあてていた。それは、彼のわがままな振る舞いで選手生命を絶つ大怪我を負わせてしまった谷川由香子をオリンピックに連れて行くため。しかし、空白の“一日”だったその日は2日、3日と増えていく。恐怖を覚えた宏史は、その秘密を由香子に打ち明けた。

「ファンファーレ」は、“太陽病”という太陽の日差しを浴びると死んでしまう奇病が蔓延する世界が舞台。主人公の僕は、深夜に養鶏場で働いている。まだ研修中だがもうすぐ正式に採用される見込みだ。教育係の中倉のおっさんは嫌な奴で、強い者にはとことん弱いが自分より下の弱い奴には強気に振る舞う。だから僕は、はやく研修を終えて中倉のおっさんとは別の厩舎で働きたい。僕は思う。自分たちはかわいそうな人なんだろうか。自分たちは弱者なのだろうか。

「打棒日和」は、週に一度月曜日の朝にバッティングセンターに通う女性が主人公。彼女は『平日限定90分打ち放題コース』で黙々とバッティングをする。野球が好きなわけでも精通しているわけでもなく、ただ球を打つのが好きなのだ。口うるさく指導してくる健三さんの存在はちょっとウザい。図書館で働いていて仕事は楽しい。彼女をデートに誘ってくる男もいる。でも、なにもかもバッティングがあれば忘れられる。彼女は“バッティング狂”なのだ。

どこにでもいる普通の夫婦。オリンピック代表になるために練習にあけくれる選手。奇病が蔓延する世界ではあっても昼夜逆転の時間で普通に生きる若者たち。バッティングセンターで球を打つことですべてをリフレッシュできる若い女性。ちょっとだけイレギュラーな出来事があっても、基本に存在するのは当たり前の日常である。その当たり前とイレギュラーな状況が違和感なく融合して、いつもどおりの世界が作られている。それが相川英輔が描き出す小説の世界である。

とってつけたような違和感をあえてみせるタイプの小説もある。例えば大前粟生の世界は、最初からイレギュラーであり、逆に日常の方が不穏な世界のように感じられる。澤西祐典の世界は、日常が基本ではあるけれど、そこに入り込んでくる違和感はもっと明確な存在として描かれているように思う。大前、澤西の世界と相川英輔の世界は似ているようで、やっぱり違う。

まったく同時にこの3人の作品が刊行されたのがすごいとすべての作品を読んで感じた。そして、これだけの世界を描ける作家が同じ時代に作品を出していることに驚き、感激した。3人ともまだまだこれから多くの作品を書いていく作家だと思う。私は、これからもずっとこの3人を推していきたいと思います。

ヒドゥン・オーサーズ Hidden Authors (惑星と口笛ブックス)

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のけものどもの: 大前粟生短篇集 (惑星と口笛ブックス)

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回転草

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文字の消息

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別府フロマラソン

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