タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「フィフティ・ピープル」チョン・セラン・著/斎藤真理子・訳(亜紀書房)-ひとりにひとつの物語。50人に50の物語。人と人が交わり、重なり、人生の物語が生み出される。

 

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり)

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり)

 

 

人はみな、ひとりひとりにそれぞれの物語がある。ひとつひとつの物語の中で、人と人とが重なり合い、大きな物語が生まれていく。

チョン・セラン「フィフティ・ピープル」は、50人の人々の物語が、ときにひとつの物語として、ときに何人もの人が関わり合う物語として構成される短編集だ。

50人の登場人物たちは、それぞれに個人の物語を有している。末期がんで死期が近い母親に結婚を急かされる娘。建設業界で働く自分の仕事に誇りを持ちながらも、同じ業界に進もうと考えている息子に反対する父親。手術の腕の確かな天才外科医の少女と、彼女を傍らで見守り続ける麻酔科医。なんとなく始めたポールダンスにすっかりハマった看護師。眼の前で娘を殺される母親。

50人の登場人物たちが抱える悩みや不安、喜びや感動、何気なく過ぎていく平穏な日々は、どこかしら読者である私たちにあてはまるところがある。50人の中に、誰かしら自分と似た人生を生きている人物がいる。共通点を有する登場人物をみつけるのも読書の楽しみになる。

50人の登場人物たちの物語は、ときおり互いに交錯する。誰かの物語に別の誰かが顔を出し、誰かの物語で別の誰かが重要な役割を果たしたりする。それはつまり、人は自分ひとりで生きているのではなく、何らかの形で必ず人と関わり合っていることを示している。本書は、そういう人間同士の交わりを描き出しているのである。

偶然に同じ時代、同じ場所、同じ時間を生きることになった人々が、互いを互いに特別に意識するわけでもなく、偶然によって交わりあい、互いの人生に影響を与えていく。その面白さ、不思議さを改めて実感できる。

読み始めてすぐに感じたのは、この物語はWeb小説に向いているな、ということだった。そして、Webのハイパーリンク機能を活用した実験的な小説が、過去にあったことを思い出した。井上夢人の「99人の最終電車」である。

www.shinchosha.co.jp

99人の最終電車とは

「99人の最終電車」がどのような小説かは、上記のURLから実際のWebサイトを読んでみてほしい。

「99人の最終電車」と「フィフティ・ピープル」が、仕組みや構成として完全に一致できるわけではないが、誰かの物語の中から別の誰の物語にリンクして、物語同士をつなげられるという意味では、同様の構造が成り立つように思える。

いずれの小説も、人と人が偶然と、ある意味では必然として同じ空間を生きて関わり合う物語である。人と人との関わりが面白い物語を生み出すというのは、世界に共通する物語の構造ということなのかもしれない。