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「観光」ラッタウット・ラープチャルーンサップ〔著〕/古屋美登里〔訳〕(早川書房)-タイという国が内部に有する影をみせてくれる短編集

 

観光 (ハヤカワepi文庫)

観光 (ハヤカワepi文庫)

 

 

『微笑みの国』と呼ばれ、日本からの観光客も数多く訪れる国・タイ。しかし、そのイメージはあくまでも表向きの姿なのかもしれない。ラッタウット・ラープチャルーンサップの「観光」は、私たちにタイという国の影の部分を見せてくれる短編集だ。

「観光」には、7篇の短篇が収録されている。

ガイジン
カフェ・ラブリーで
徴兵の日
観光
プリシラ
こんなところで死にたくない
闘鶏師

どの作品も、描かれるのはタイに暮らす人々の姿だ。

飼っている豚にクリント・イーストウッドと名付けている混血の少年は、親友から「どうしておまえがガイジン娘に弱いのか、見当もつかない」と呆れられながら、外国からこの国を訪れるガイジン娘に恋することを繰り返す。でも、それはガイジン娘たちからすれば、遊びに出かけた海外の国でのちょっとした思い出づくりでしかない。(「ガイジン」)

徴兵のくじ引きが行われる日、ぼくは親友のウィチュと一緒に抽選会場へ向かう。どうかくじに当たらないように、と祈るウィチュのとなりで、ぼくは彼に対するうしろめたさに葛藤する。ぼくは、徴兵から逃れるために賄賂をつかった。でも、そのことをウィチュにもウィチュの母にも言い出せない。やがて、くじ引きははじまり、ぼくは徴兵を逃れる。そして、親友との関係も失っていく。(「徴兵の日」)

「八週間か十週間後には完全に失明します」と医者に告げられた母を連れて、ぼくは旅にでる。南のリゾート地に向かう母と息子。「ガイジンになるの。観光客になるのよ」と母は言う。ふたり旅の中で、母と息子は、これまで暮らしてきた日々のことを思い、これから生きていく日々のことを話す。(「観光」)

その他、カンボジアからの難民の少女プリシラとの短くて切ない日々をつづった「プリシラ」や、タイ人と結婚した息子と暮らすためにタイにやってきたものの、この国にも、息子の家族にも、思うように馴染めない少し頑固で偏屈なアメリカ人の老人を描いた「こんなところで死にたくない」など、ラープチャルーンサップが描き出すのは、観光客(まさに『ガイジン』)としてはおそらく目にすることのないタイの人々の姿だ。

収録されている7篇は、どの作品もレベルが高いと感じた。読んでいて、胸にグッとくる作品ばかりで、遠い外国の物語なのに共感できるところが多かった。あるトークイベントで訳者の古屋美登里さんが話していたが、作家の河野多恵子さんが本書を読んで、「どの作品でも芥川賞が獲れる」と絶賛したという。そのくらいレベルの高い短編集なのだ。

私たちから見える部分は、光のあたっている部分であり、その光の裏には影になった暗いところがある。それは、タイに限らず、日本にもアメリカもヨーロッパにもある。「観光」は、そういう影の部分を私たちに見せてくれる短編集だ。文学は、明るい部分ばかりを描くのではなく、こうした暗部を描くところに価値があると思う。

今回、『はじめての海外文学』フェアを通じて本書を手にとった。そして、タイという国の表からは見えない部分を感じることができた。読書によって世界の文化を知るという意味で、有意義な体験であったと思っている。