タカラ~ムの本棚

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「スーパーノヴァ エピソード1 騎士と姫と流星」ディー・レスタリ/福武慎太郎監訳、西本恵子訳/上智大学出版(刊行)、ぎょうせい(発売)-インドネシアを代表する作家ディー・レスタリのデビュー作。SFファンタジーっぽいタイトルだけど、さて実際は?

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「はじめての海外文学vol.6」で翻訳家の芹澤恵さんが推薦している「珈琲の哲學」の著者ディー・レスタリの小説家デビュー作品である「スーパーノヴァ」シリーズの第1巻が翻訳出版された。

「珈琲の哲學」のレビューにも書いたが、ディー・レスタリは現代インドネシアを代表する作家である。その作家のデビュー作である「スーパーノヴァ エピソード1 騎士と姫と流星」は、2001年に自費出版本として刊行された。本書の冒頭に「『スーパーノヴァ』シリーズ日本語版への序文」として、本書日本語版のために著者が書いた序文が掲載されているが、そこには次のように書かれている。

最初は自費出版でした。初版七千部の出版費用のために私はすべての蓄えを掃き出しました。当時の私にとって七千部というのは、私がお婆さんになるまで売り続けなければならない途方もない数字だと思っていました。

しかし、著者の懸念は杞憂に終わる。初版7000部は最初の2週間で完売し、本書をきっかけに著者は職業作家としての人生を歩むことになる。スーパーノヴァシリーズは、その後2016年までに第6巻まで執筆、刊行される人気シリーズとなり、ディー・レスタリはインドネシア現代文学の顔となった。

記念すべきシリーズ第1巻となる「スーパーノヴァ エピソード1 騎士と姫と流星」は、そのタイトルからSFファンタジーのような内容を想像するが、実際はそうではない。帯には『サイエンス・ラブストーリー』とあるように、恋愛小説である。だが、一風変わったテイストの物語になっている。

物語は、大きく分けて3つの登場人物パートがある。騎士と姫と流星が登場する小説を執筆しようとしている同性カップルのディマスとレウベン。多国籍企業の若きエリートのフェレー(作中では「レー」と呼ばれている)と彼を取材し恋におちることになる雑誌記者のラナ。トップモデルである娼婦でもあるディーヴァ。この3つのパートに加えて、インターネット上に現れ、人生相談や生きづらさを抱えた人たちへのメッセージを発信する謎の人物スーパーノヴァが存在し、それぞれが相互に絡み合ってストーリーを展開していく。

基本的にはディマスとレウベンが執筆している小説の中に登場する人物が、フェレーでありラナでありディーヴァでありスーパーノヴァとなるという作中作の構造なのだが、読んでみるとそんなに単純でもない。小説を書こうとしているディマスとレウベンの物語とフェレーとラナ、そしてディーヴァの物語はどちらもリアルで並行に進捗していて、あたかも作中作として連携しているように読める構成に仕立てているとも言える。その、ある意味で曖昧さを演出しているのが“スーパーノヴァ”という存在だとも言えるかもしれない。

どのような読み方をするのかは読者の感性だし、作品の解釈には正解も不正解もないと思うので、本書をどう読むかは読み手の数だけ千差万別だろう。私は、最初は作中作として読んでいたが次第にその構造に疑問を覚えるようになり、最終的には「これはひょっとすると作中作にみせて実はリアルな並行するふたつのストーリーなのでは?」と考えるようになった。もちろん、それが正解だとは言えない。

このようにいろいろと考えさせてくれるのが本書の魅力であり、その魅力が受け入れられたから自費出版の初版7000部が完売し、その後シリーズとして継続して第6巻まで書かれるような作品になったのだと思う。まだ翻訳は第1巻の本書だけだが、ぜひ今後も翻訳が進んで第6巻まで刊行されてほしいと思う。