タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

著者お得意の《日常の謎》系ミステリー。今度は出版社勤務の娘が持ち込む些細な謎を元国語教師の父がサラリと解き明かす-北村薫「中野のお父さん」

日常の中で起きる些細な不思議を、謎に見立てて鮮やかに解決する北村薫のお得意の《日常の謎》系ミステリー。今回の舞台は出版業界である。

中野のお父さん

中野のお父さん

 

出版社の勤務する田川美希が、仕事の中で遭遇するちょっとした不思議を、中野に住む元教師の父親がサラリと解決するというパターンの短編が8篇収録されている。

新人文学書の最終候補に残った作品「夢の風車」を担当することになった美希は、さっそく応募者の国高貴幸と連絡をとる。しかし、電話に出た国高は、「応募していない」と言う。確認していくと、国高が「夢の風車」を応募したのは一昨年だということがわかる。なぜ、一昨年の応募作が今年の応募作の中にあるのか?・・・「夢の風車」

 

文芸誌「文宝」の特集を担当することになった美希は、浅草で作家と若手落語家の対談に同席する。そこで、「文七元結」に出てくる吉原に関する俳句「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」が、読み方によって解釈が異なることを知る。さて、どう解釈するのが正しいのだろうか?・・・「闇の吉原」

 

「文宝」編集部に70年以上も定期購読で愛読しているという読者からの葉書が届く。お礼も兼ねて取材に赴いた美希は、そこで愛読者の老人から70年以上も前に起きたある殺人事件の話を聞くことになる。それは、同じシリーズの本を定期購読していたAさんとBさんの間で起きた本の汚れを巡る事件だった・・・「茶の痕跡」

このような内容の短編が8篇。その他は、

「幻の追伸」
「鏡の世界」
「冬の走者」
「謎の献本」
「数の魔術」

である。

美希は、何か困ったこと、わからないことがあると、実家である中野に住む父親に会いに行く。美希にとって、中野のお父さんは風体は冴えないおじさんかもしれないが、博学で頭の回転が早くて頼りになる、信頼できる父親なのだ。それは、「幻の追伸」にあり、表紙カバーの折り返し部分にも書かれている美希の言葉が物語っている。

「あの、おかしなこと、いい出すとお思いでしょうけど--わたしには、父がいるんです。定年間際のお腹の出たおじさんで、家にいるのを見ると、そりゃあもう、パンダみたいにごろごろしている、ただの《オヤジ》なんですけど--」
(略)
「謎をレンジに入れてボタンを押したら、たちまち答えが出たみたいで、本当にびっくりしたんです。(略)このこと--父にだけ話してみてもいいでしょうか」

本書は、《日常の謎》系ミステリーであるとともに、著者にとっても身近な存在である出版社の女性編集者の仕事について書いたお仕事小説としての一面がある。さらにいえば、父と娘の、(理想的ともいえる)関係を描いた父娘小説でもある。このあたりについては、「本の話WEB」の「著者は語る」でも書かれているとおりだ。

shukan.bunshun.jp

また、描かれる側になった女性編集者たちによる裏話も「本の話WEB」に掲載されていて、これも面白い。

hon.bunshun.jp

北村薫の人柄や編集者との関係、彼女たちからみた北村薫像が語られている。彼女たちの話を読んでみると、彼女たちがまさに“美希”であり、北村薫は“中野のお父さん”なのだなぁ、と感じる。編集者に愛される作家・北村薫。作品にもその優しさが溢れているのかもしれない。