ガタガタ書評ブログ

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認知症を患った夫と彼を支える妻、そして子供、孫たちの十年-中島京子「長いお別れ」

本書の主人公は、東昇平さんとその妻曜子さんです。

長いお別れ

長いお別れ

 
長いお別れ (文春e-book)

長いお別れ (文春e-book)

 

夫の昇平さんは認知症を患っていて、曜子さんは在宅で夫の介護をしています。東さん夫婦には3人の娘さんがおられますが、長女の茉莉さんは結婚して、旦那さんのお仕事の関係でアメリカで暮らしており、次女の菜奈さんも結婚して家を出ています。三女の芙美さんはまだ独身ですが、フォードコーディネーターとして多忙な日々を送っており、あまり実家には帰っていません。

本書では、昇平さんの10年間にわたる認知症闘病の日々が記録されています。そして、それは介護する曜子さんの奮闘の記録でもあります。

認知症を発症した当初、昇平さんの症状はまだ比較的軽いものでした。日常生活にはまだそれほど支障はなく、曜子さんや娘さんたちとの会話もそれとなく成り立っている感じ。外出もひとりでできていましたが、たまに自分がどこに向かっているかわからなくなって、迷子になってしまうこともありました。

まだ元気なうちにと、曜子さんや娘さんは昇平さんを旅行にも連れて行きます。長女の茉莉さん家族が暮らすアメリカにも行きました。昇平さんの生まれ故郷である静岡県掛川にも行きました。ただ、昇平さん自身は旅行のことはあまりよく認識できていなかったようですが。

認知症が進むにつれて、昇平さんは少しずつ人格も変わっていきます。わがままになり、暴力的になっていきます。食事を食べさせようとしても、薬を飲まそうとしても、「やだ」と拒否する昇平さんに、曜子さんもホームヘルパーさんもヘトヘトです。

身近に認知症になった人がいないので、昇平さんをめぐる曜子さんや娘さん、ヘルパーさんたちの辛さや大変さが実感として理解できるわけではありませんが、でも、やはり苦労が絶えないであろうことは、容易に想像ができます。

最大のピンチは、曜子さんが網膜剥離を患って緊急手術が必要となったときでしょう。昇平さんの介護を、娘たちの手をできるだけ煩わせずに、ほとんどひとりでこなしてきた曜子さんの焦りはいかばかりであったでしょうか。

昇平さんが亡くなられたのは、年末の大晦日だったようです。詳しい様子は書かれていませんが、きっと眠るように穏やかな最期を迎えられたのだろうと思います。

本書のタイトルである「長いお別れ」は、昇平さんが患った認知症という病気が、少しずつ記憶を失い、家族や友人たちのことを時間をかけてゆっくりと忘れていく病気だからという意味でつけられています。ゆっくりと長い時間をかけてお別れをしていくのが、認知症という病気なのです。

本書を読んで、最後まで救われた思いがしたのは、曜子さんの強さにありました。夫の認知症が進行して、いよいよ妻である自分のことさえ忘れてしまったとき。そんなときでも曜子さんは力強く、

「確かに夫は自分のことを忘れている。けど、それが何か?」

と言ってのけられる。認知症の介護は、本当に大変な日々でしょう。それを乗り切るには曜子さんのような強さが必要なのだと思います。

なお、本書はフィクションであり、登場する東さん一家も、ここに書かれた事件や出来事も、すべて架空のお話であることを最後にお断りしておきます。