プロローグからいきなり惹きつけられる。
殺人事件の被害者の解剖所見を頭の中で反芻する弁護士ラヘル・アイゼンベルク。彼女は、今まさに死の恐怖に慄いている。人里離れた家で手足を強力な粘着テープで縛られた状態で、自分を監禁した犯人が自分を殺しに戻ってくるのを待っている。
この物語の主人公であるラヘルがなぜ命の瀬戸際に立たされているのか。この始まりから、物語の世界に一気に引き込まれていく。
ラヘルは刑事事件を専門に扱う弁護士だ。夫のザーシャと共同で『アイゼンベルク&パートナーズ法律事務所』を営んでいて経営は順調だし、弁護士としての評判も高い。そのラヘルの前にひとりのホームレスの少女ニコレ・ベームがあらわれる。ニコレは、殺人の容疑で逮捕されたホームレスの友人を助けてほしいという。容疑者となっているホームレスは、ハイコ・ゲルラッハ、元物理学者の大学教授、そしてラヘルの元恋人だった。
ハイコ・ヘルラッハの殺人容疑に関する物語と並行して、本書ではもうひとつ別のストーリーが語られる。ハイコの事件より少し前の出来事。血の復讐から逃れるためにコソボからドイツへ亡命しようとレオノーラ・シュコドラは、娘ヴァレンティナを連れて吹雪の中をひた走っていた。だが、ふたりの警官を名乗る男たちに捕まり山奥の空き家に連行される。レオノーラとバレンティナの運命はどうなってしまうのか。
このふたつの物語は、息もつかせぬスピードでスリリングに展開していく。ラヘルの弁護を受けることになったハイコだが、精神的な不安定さから殺人の容疑を認める自白をし、それを再び否定する。ラヘルは、被害者の解剖所見や被害者の友人への聞き込み、被害者の父親から預かったノートパソコンの解析などから、ハイコが無罪である証拠を掴み、法廷で検察と対峙する。
ミュンヘンで起きた猟奇的な殺人事件とコソボからの亡命を図る母娘の物語は、ある一点でつながっていく。そして、そのつながりから見えてくる登場人物たちとの関係性が、本書の大きな骨組みとなっている。
ふたつの物語がつながったことで事件の真相が明らかとなるのか、といえば、実はそこから本書は真骨頂を発揮するのである。その展開の中で、真実は二転三転を繰り返し、これでもかとばかりに読者を裏切っていく。とにかく最後の最後まで目を離すことはできない。そして、最後まで読み切ったとき、すぐにでも新しいラヘル・アイゼンベルクの物語を読ませてくれと切望したくなるだろう。
本書の続編となるシリーズ第2作は、ドイツで今月(2018年6月)に刊行されるとのこと。また翻訳が待ち遠しい作品が増えてしまった。