タカラ~ムの本棚

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作家のイマジネーションが生み出す戦争のリアルと痛烈な批判-芥川龍之介、小松左京、星新一他「コレクション戦争と文学5 イマジネーションの戦争【幻】」

“戦争”とは、もちろん現実であり、戦場では誰かの血が流れ、無辜の市民が犠牲になる。

だが、フィクションの世界においては、少し事情が異なる。フィクションの世界では、現実には起こりえない戦争がたびたび発生する。宇宙人との戦争、未来世界の戦争、実体をもたない戦争、事実と異なる戦争。作家のイマジネーションは、あらゆるシチュエーションにおいて、“戦争”を生み出していく。

2011年から2013年にかけて、集英社が創業85周年を記念して企画刊行した戦争文学コレクションの第5巻にあたる本書は、「イマジネーションの戦争」と題し、空想世界の戦争を扱った作品を収録している。

太平洋戦争や9.11テロといった現実に起きた戦争・紛争ではなく、作家が自らのイマジネーションにおいて想像した架空の戦争を舞台とした作品の数々は、非現実の世界である。

例えば、SF界の巨人・小松左京の「春の軍隊」では、ある日忽然と日本中に現れた国籍不明の軍隊同士が戦闘状態に突入する。まったく事情を理解できない日本国民がその戦闘に巻き込まれるという理不尽かつブラックなこの作品は、小松左京の強いイマジネーションが生み出した空想の物語である。正体不明の軍隊は、日本各地を戦地と化し、多数の犠牲者を出した揚句に出現したときと同様に忽然と消えてしまう。残されたのは軍隊によって蹂躙され、荒廃した日本。これは、かつてのアジア侵略戦争を繰り広げていた日本に対する皮肉がこめられているのではないだろうか。

小松左京「春の軍隊」に限らず、この、“かつて理不尽な侵略戦争によりアジアで暴虐を尽くした日本の愚かな過去への皮肉と贖罪”は、本書に収録されている各作品が押し並べて含有しているテーマのように思える。

それは冒頭に収録された芥川龍之介の「桃太郎」に顕著ではないだろうか。あの有名な昔話「桃太郎」の舞台裏をブラックユーモアたっぷりに描いた作品は、単なるパロディ小説とは一線を画す芥川の真骨頂を感じさせる作品だと思う。

他にも、星新一筒井康隆といったベテラン勢の作品、新鋭である三崎亜記秋山瑞人田中慎弥といった作家たち、さらには早世した伊藤計劃といった新旧の才能ある作家の作品にも、それぞれのイマジネーションが息づいている。

星新一白い服の男」では、戦争という概念や思想を徹底的に排除することで平和を守る、という合理的なようで実は恐怖に裏打ちされた思想弾圧という矛盾した社会が描かれる。

山本弘「リトルガールふたたび」では、国民の意思を尊重し、気にし過ぎるあまりに誤った政治が行われ、国家転覆の危機に陥った日本を、一人の独裁者が救い、独裁と世襲政治による国家運営で平和を取り戻した近未来を描いているが、民意を大切にするはずの民主主義が逆に国家を危機的状況に陥れ、独裁国家が安定を生み出すという構図が面白い。

星新一作品も山本弘作品も、ただ平和のみを追求し、そのためには手段を選ばないという矛盾した考えがもたらす恐怖と、大衆民主主義に過剰に迎合した政治が様々な統制によって不自由を強いられる独裁社会以上に恐ろしい結果をもたらすという平和主義、民主主義の暗部を浮き彫りにしているように感じる。

そういう意味で本書は、作家の思想性が如実に表れているように思えた。