タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「巨神降臨(上/下)」シルヴァン・ヌーベル/佐田千織訳/東京創元社-異星人による巨大ロボット襲来から9年、全面核戦争の危機が迫る地球にテーミスが戻ってきた!人類の運命はどうなる?シリーズ完結編

 

 

※もろもろネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

6000年前に地球に来ていた異星人によって残された巨大ロボットのパーツを発掘し復元するプロジェクトを描いたシリーズ第1作「巨神計画」から、復元された巨大ロボット“テーミス”と同じタイプの巨大ロボットが突如地球に現れて異星人の目的も判然とせぬまま大量の犠牲者を出したシリーズ第2作「巨神覚醒」へと続いた「巨神シリーズ」の完結編となるのが本書「巨神降臨」である。前2作で読者に提示された数々の謎や伏線が本書でどのように解決されるのだろうか。

前作「巨神覚醒」では、ローズ・フランクリン博士の発見した物質により巨大ロボットのひとつを破壊し、その他の巨大ロボットを撤退させたことで地球の平和は一応取り戻された。しかし、ラストシーンでローズ、テーミスパイロットであるヴィンセント・クーチャーとエヴァ・レイエス(ヴィンセントと巨大ロボットによるガス攻撃で亡くなったカーラ・レズニックとの娘)、国連に組織された国連地球防衛隊(EDC)の司令長官だったユージーン・ゴヴェンダーの4人は、テーミスとともに地球ではない世界に飛ばされてしまう。

「巨神降臨」は、前作からさらに9年後が舞台。ローズが破壊した巨大ロボットは、アメリカが修復し、“ラペトゥス”と名付けられて、アメリカが世界に圧力をかけ、他国を服従させるための道具に利用されてきた。このままでは核兵器の使用した全面戦争の勃発も時間の問題。そんな状況の地球に、ローズ、ヴィンセント、エヴァを乗せたテーミスが戻ってくる。彼らは、巨大ロボットを地球に送り込んだ異星人の星に飛ばされて、9年間を過ごしてきたのだ。

「巨神降臨」のストーリーの軸は大きくふたつ。ひとつは、地球上唯一の巨大ロボットを保有するアメリカが世界を蹂躙し、全面核戦争一歩手前の状態にある地球に戻ったローズたちがこの事態を打開していくか、もうひとつは、テーミスとともに異星人の星〈エッサト・エックト〉に飛ばされたローズたちが、そこでどのような9年間を過ごしていたかである。このふたつは、ローズ、ヴィンセント、エヴァという主要登場人物でつながっているだけのようにも思えるが、〈エッサト・エックト〉でのヴィンセントとエヴァの確執が地球帰還後にも遺恨を残していたり、なにより〈エッサト・エックト〉がなぜ巨大ロボットを地球に送り込み、1億人の命を奪ったのかといったこれまで回収されていなかった謎にも関わってきたりする。

アメリカの暴走により全面核戦争一歩手前の世界。ローズたちを乗せたテーミスはロシア領内に出現し、ロシア軍によって拘束される。ロシア軍のキャサリン・レベデフ少佐は、ローズたちを説得しテーミスをロシアのために働かせようとするが、エヴァは脱走し、ローズはアメリカへ帰還する。ヴィンセントはアメリカの暴走をとめるためにテーミスをロシアに引き渡すことを決断する。それは、愛する娘エヴァとの対決を意味していた。テーミス対ラペトゥスの戦いは、ヴィンセントとエヴァの戦いでもあるのだ。その行く末は地球の平和が保たれるか否かの命運を握るものでもあった。

もう一方のストーリーの軸である〈エッサト・エックト〉でのローズたちの9年間。異星に転送されたローズたちは、それぞれに様々な思いを抱えながら9年間を過ごすことになる。9年もの歳月を地球から離れて生きていく中で、言語学者であるヴィンセントは、〈エッサト・エックト〉の学者オップト・エナタクトとコミュニケーションをとり、〈エッサト・エックト〉の政治体制や物事を決めるときのルール、自分たちが置かれている状況を理解していく。ローズは、研究者としての探究心からこの星に滞在してこの星が有する先端技術を得ようと考え、ユージーンは、異星人との交流を拒み地球に戻ることを望む。そして、まだ10歳のエヴァはこの星での暮らしに馴染み、この星を故郷のように感じ始める。

全面戦争へのカウントダウンのさなかにある緊迫した状況と〈エッサト・エックト〉での日々が交互に描かれることで、ローズ、ヴィンセント、エヴァの心の葛藤や対立、緊張感が高まってくる。そこに、前作「巨神覚醒」で巨大ロボットのガス攻撃で命を落とした〈インタビュアー〉やカーラと交わした会話や彼らが残した私的記録や手紙が差し込まれたり、始めは〈インタビュアー〉に、彼が亡くなってからは後を継いだローズに謎めいた助言をするバーンズの正体が明らかになって、〈エッサト・エックト〉が地球を攻撃した理由も明らかになっていき、物語は終焉へと繋がっていく。

『巨神シリーズ』は本書をもって完結した。シリーズ全体を通じて感じるのは、人間の愚かさである。6000年前に異星人が残していった巨大ロボット。これを復元するところから始まった物語は、続いて異星人の襲来と攻撃による混乱を引き起こし、その災厄が取り除かれてからは醜い覇権争いへと移行していった。その中で、人々は理解不能な巨大ロボットや異星人の存在を、最初は畏怖し、その本質を知ると今度は差別へと変心させていく。第2作の「巨神覚醒」では、世界各地に現れた巨大ロボットが放出したガスにより多数の犠牲者が出るが、同じガスを吸い込んでも死ぬ人間と死なない人間があった。それは、そのガスが異星人の遺伝子を受け継ぐ者のみを死に至らしめるものだったからなのだが、そのことが人々に差別を生み出してしまう。人間にランク付けをして異星人の遺伝子を受け継ぐ者を強制収容所に隔離する国もあらわれる。人間の醜い部分が次々とあからさまになっていくのだ。

すべての始まりが〈エッサト・エックト〉が地球に残した巨大ロボットであったように、すべてを終わらせるのも〈エッサト・エックト〉の巨大ロボットだ。テーミス発掘・復元プロジェクトから18年、少女だったローズが巨大ロボットの手を発見してからも含めれば30年近い時間の中で、地球では様々なことが起きた。『巨神シリーズ』は、そのすべてを克明に綴った記録文学でもある。その結末には、著者が思い描いた、そして読者が望む世界の姿がある。