19世紀末から20世紀初めの探偵小説といえば、やはりシャーロック・ホームズを筆頭に男性探偵が主流かと思いますが、存外女性探偵が活躍する探偵小説も多いようです。
古き良き探偵小説を世に送りだしているヒラヤマ探偵文庫から、2023年に翻訳刊行されたのが、女性探偵ラブデイ・ブルックが活躍する短編集「ラブデイ・ブルックの事件簿」になります。
7編の短編が収録された短編集で、事件を鮮やかに解決してみせるのが名探偵ラブデイ・ブルックです。
短編集の開幕を飾る「玄関階段に残された黒い鞄」では、ラブデイ・ブルックはクレイゲン・コート屋敷で起きた宝石盗難事件の捜査を依頼されます。物語の冒頭から数ページにわたってラブデイ・ブルックと彼女の雇い主である有名探偵事務所の所長エベネザー・ダイヤーとのやりとりが展開されるのですが、このやりとりを読んだだけでラブデイ・ブルックの人物像と彼女に対するダイヤー所長の信頼感、男女の区別のないパートナーとしてのフラットな関係性を知ることができます。
年齢は30歳をちょっと過ぎたくらい。背は高くもなく低くもない。色黒でもなく色白でもない。美人でもなく不細工でもない。何の特徴もない平凡な容貌で、唯一目につく癖は、考え込んでいるときに見せる顔つきくらい。いつも真っ黒の服を着ている。ラブデイ・ブルックという女性を本書ではそう記しています。こうした記述から、彼女がとても理知的でクールな人物であるという印象を受けます。そして実際、名探偵ラブデイ・ブルックは、冷静沈着かつ論理的に事件にアプローチし、鮮やかに解決へと導いていきます。
彼女の探偵としての能力を一番かっているのが所長のダイヤーです。「玄関階段に残された黒い鞄」から少し長いですが引用してみましょう。
「女だてらに、だって?」と、彼女の適性がどうのというような相手には、彼はこういうのが常だった。「彼女が女かどうかなんて、僕はこれっぽちも関心はないね。ただ言えるのは、彼女は今まで見たことがないぐらい賢明で実際的な女性だと言うことだ。まず第一に、彼女は命令されたことを逐一実行できる。これは女性には珍しいことだよ。そして第二に、明解で洞察力に富む頭脳の持ち主で、確固たる理論を組み立てることが出来る。そして第三に、これが一番大切なことなんだが、彼女は豊富な常識の持ち主だ。その豊富さはまさに天才的だ、いやもしかしたら、本当に天才かもしれない」
ダイヤー所長は、普段は落ち着いた人物ですが、ラヴデイ・ブルックの探偵としての才能については熱く雄弁になるようです。作品が書かれたのが19世紀末、1893年なので、当時の女性の社会的地位や男性優位社会であることを考えると、ダイヤー所長が彼女のことになると雄弁になるという事実は、いかに彼女が才能に溢れているか、そしてダイヤー所長がその才能を正しく評価していることを表しています。21世紀になった現在でも、ダイヤー所長のように性別ではなく能力で正しく評価できる男性管理職は少ないのではないでしょうか。
収録されている7編でのラブデイ・ブルックは、事件の現場でみせる鋭い観察眼や些細な情報から真相を見抜く考察力といった探偵としての才能を存分に発揮して事件を鮮やかに解決してみせます。同じ時代に活躍した名探偵たちと肩を並べる活躍ぶりです。シャーロック・ホームズを筆頭とする探偵小説が好きな読者ならラヴデイ・ブルックの活躍にも心が躍るのではないでしょうか。
同人出版のため入手するのは難しいかと思いますが、シャーロック・ホームズと同じ時代に活躍する女性探偵の物語を楽しみたいという読者にはオススメの短編集です。また、ラブデイ・ブルックの活躍する作品を読みたい場合は、岩波文庫の「英国古典推理小説集」(佐々木徹編訳)に、「引き抜かれた短剣」という作品が収録されているので、そちらで楽しんでみてはいかがでしょうか。