タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「山﨑ノ箱」山﨑まどか/けいこう舎-悲喜こもごもな人生模様を味わい深い画風と独特の感性で描く、Web連載時より『往年の「ガロ」か!』と話題を集めた著者初の作品集

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ホームレスや生活保護を受けてドヤ街に生活する困窮者に向けた食料支援などを行う一般社団法人「あじいる」。本書の著者山﨑まどかさんは、イラストレーター・デザイナーとして活動しながら「あじいる」が発行する冊子の製作に参加している。

「山﨑ノ箱」は、山﨑さんが装幀を手掛けている「吟醸掌篇」(現在vol.4まで刊行)を刊行する編集工房けいこう舎のnote「けいこう舎マガジン」に2020年から2023年にかけてウェブ連載されていた作品に、描き下ろし作品、冊子「あじいる」掲載作品を収録した著者の初単行本になる。ウェブ連載時には、その画風や作品が有する独特の感性から「往年の『ガロ』か!」と話題にもなった。

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「山﨑ノ箱」に描かれるのは、コロナ禍で著者が経験したことや、そうした緊急事態の閉塞した中やその状況でも目まぐるしく拙速に動き続き世の中のことを見聞したことで、著者の胸のうちにあった自らの過去や現在、著者自身の健康面や周囲の環境の変化、結婚・出産、パニック障害、愛犬との別れ、「あじいる」を介して出会った人々とのことを描いている。

描き下ろし1本を加えた全13話を説明するには、悲喜こもごもという表現がぴったりかもしれない。全話を説明していると長くなってしまうので印象に残ったものを2つ紹介したい。

第二話 ほろほろこぼれる春に佇む
著者が15年をともに暮らした愛犬・福の死について描いた話。満開の桜の下を一心に駆け寄ってくる福の姿。一生幸福であるように“福”と名付けたこと。春夏秋冬、どんなときも変わらずに迎えてくれた福の温もり。そして永遠の別れ。ペットを飼った人なら誰でも経験する悲喜こもごもが数ページの中に深く深く描かれている。「福、君は幸せだったのだろうか。私は幸福だった。君と過ごした15年の間」と著者は綴る。きっと、福も幸福だったに違いない。

第七話 テツ&ひろし
こちらも犬の話。第二話と真逆の面白エピソードだ。主役は、テツという生後半年の犬とその飼い主のひろし。著者は、「あうん」というホームレスや生活保護受給者が「自ら働いて食べていく」ことを目指した事業体の事務所で、テツ&ひろしに出会う。ひろしは、競馬で勝った金でテツを飼うことにしたという。このテツがいいワンコなのだ。いや、愛嬌がいいとか人懐こいとかそういうことではない。テツは、とにかくよく噛みつく。飼い主のひろしにさえ噛みつく。ほとんどの人がテツの洗礼を受けているのだ。唯一噛まれないのはばばちゃんだけ。そして、テツはとなりの姫ちゃんというメスのワンコが好き(でも姫ちゃんはそうでもないらしい)。そんなテツによって、ひろしは変わっていく。テツのごはん作りには手を抜かず、ギャンブルに使う金からテツのために貯金もする。犬を飼うことで人は優しくなれる。動物と触れ合うことで得られる豊かさというものを感じさせるエピソードだ。

一般社団法人あじいるが発行する冊子「あじいる」に掲載された作品も5本収録されている。

冊子「あじいる」は、「野宿経験のある仲間たちの人生を聞き書きし、一冊まるごと一人を特集した」冊子で、あじいるが取り組んでいる6つの取り組みの中の「あしあとプロジェクト」で発行しているものとなる。

「あしあとプロジェクト」について紹介するあじいるのWebページには、事業概要として次のように書かれている。

路上生活を経験した仲間たちの人生を聞き取って冊子『あじいる』を作るプロジェクト。「ホームレスは怠け者」という偏見に対して、一人一人の足跡と今の姿を伝えていきます。
仲間たちの語りとともに、その背景にある歴史的文脈を紹介するコラムも掲載し、貧困と社会の関係を浮き彫りにします。また、自らの人生を語ることで、仲間たちが今の暮らしを見つめなおすきっかけにもなっています。

冊子「あじいる」は、創刊号以降vol.6まで刊行されていて、本書「山﨑ノ箱」には、vol.2(特集・亀山さん「祭り男の花道」)、vol.4(特集・「あんぽんたん三太」)、vol.3(特集・原沢さん「ヒミツの新聞青年」)、vol.5(特集・「風来坊 石やん」)、vol.6(特集・「人生無頼派、バルの巻」)に掲載された作品が収録されている。普段は遠巻きに見ることしかないホームレスの方々の真実の姿が描かれているように思う。

かなり独特な画風のインパクトに気持ちが奪われがちになるが、描かれているひとつひとつのエピソードは、著者が実際に経験したり見聞したりした中で感じたこと、考えたことを具現化したものだったり、「あじいる」で出会ってきたホームレスたちの個性や飾らない人柄をまっすぐに伝えるものだ。悲喜こもごも様々な人生模様、人間模様の中で私たちは互いに毎日を生きている。そのことを改めて考えさせる一冊だと思う。

agile.or.jp

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