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「成瀬は天下を取りにいく」宮島未奈/新潮社-あなたも、読めば絶対、成瀬の虜になります。

 



 

「島崎、私はこの夏を西武に捧げようと思う」

 

宮島未奈の「成瀬は天下を取りにいく」は、新潮社が主催する新人賞『女による女のためのR-18文学賞』で史上初の三冠(大賞、読者賞、友近賞)を達成した「ありがとう西武大津店」を含む6篇が収録された短編集である。

ありがとう西武大津店
膳所から来ました
階段は走らない
線がつながる
レッツゴーミシガン
ときめき江州音頭

物語の主役となるのは成瀬あかりという少女。彼女の天然かつ天衣無縫な行動を、親友やクラスメイト、他校の男子生徒や大人たちの視点で描く、いわば〈成瀬あかりを見守る物語〉である。

古今東西、存在感強めな登場人物を物語の中核において描かれるキャラクター小説は星の数ほど書かれてきた。それらの数多なキャラクター小説の中でも、「成瀬は天下を取りにいく」の成瀬あかりは強烈な印象を与える存在感を有している。

三冠受賞作である「ありがとう西武大津店」では、まず冒頭に引用したセリフを成瀬が親友の島崎に告げる場面から始まる。「この夏を西武大津店に捧げる」とはいったいどういうことか。島崎みゆきは、「成瀬が“また”変なことを言い出した」と思う。いつだって成瀬は変なのだ。14年間、成瀬のそばで成瀬あかり史を見続けてきた島崎にとって、“成瀬が変”なのはもはや当たり前なのだ。

「ありがとう西武大津店」は、成瀬が閉店する西武大津店に毎日に通い、閉店までの日々を連日生中継する夕方の番組に映り込むという話だ。中継カメラに、西武ライオンズのユニフォームを着て、両手に応援グッズのミニバットを携えて映り込む成瀬の姿はやがて視聴者に認知されるようになり、声をかけられるようになったりもする。途中、若干の紆余曲折はありつつも、成瀬と、そして途中からは島崎も西武大津店に通い続け、ついに最終営業日を迎えることになる。

ただただ、成瀬あかりという少女が閉店するデパートの前にテレビの生中継に映り続ける姿を描く小説が、これほどまでに面白くワクワクさせてくれることに驚く。と同時に成瀬あかりという唯一無二と言って良いキャラクターを生み出したことが、「成瀬は天下を取りにいく」の魅力の源泉であり、物語のパワーの源泉なのだと感じる。

「ありがとう西武大津店」以降も成瀬の快進撃は止まらない。島崎を巻き込んで漫才コンビ『ゼゼカラ』を結成してM-1グランプリに出場したり(「膳所から来ました」)、高校入学と同時に頭髪を丸坊主にしてみたり(「線がつながる」)、全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会に出場して、広島から来た他校の男子生徒に一目惚れ(成瀬はまるで気づいていない)されたり(「レッツゴーミシガン」)と、次々に周囲の人々に影響を与えていく。そして、そのことに成瀬は終始気づいていない。自分がいかに周囲から見られているか、周囲の人たちに影響を与えているか。そういうことには成瀬は無頓着なのだ。ゴーイングマイウェイ、成瀬あかり、わが道を行くのである。

読めば読むほどに、成瀬あかりという少女の虜になっていく自分に気づく。成瀬の一挙手一投足から目が離せなくなる。彼女の行動や言動に笑顔になり、優しい気持ちになる。そう、成瀬あかりという存在は読者にとって癒やしの存在とも言えるのである。彼女と同世代の読者から見ると、ちょっと気に入らないタイプの奴だと感じる人もいるかもしれない。だが、彼女と同世代の娘や息子をもつ母親世代、父親世代の読者から見ると、成瀬あかりは微笑ましく見守りたくなる存在に感じる人が多いのではないだろうか。事実、私は父親世代(というには少し年長になってしまうが)として、親戚の娘さんとか友人の娘さんを見ているような気分で読んでしまっていた。そして、この先彼女がどんな大人に成長していくのだろうかと、成瀬あかりの将来を読みたくなってしまった。成瀬あかり主人公の次回作に期待!

成瀬あかりというキャラクターの存在感に心を鷲掴みにされてしまう「成瀬は天下を取りにいく」だが、もうひとつ重要な存在が作品全体の基盤としてあることを忘れてはいけない。それが〈滋賀〉である。西武大津店も、膳所も、琵琶湖遊覧観光船ミシガンも、この短編集には〈滋賀〉が溢れている。これほどに〈滋賀〉で溢れた作品はそうそうないだろう。映画やアニメのロケ地などを巡る聖地巡礼というものがあるが、「成瀬は天下を取りにいく」に出てくる滋賀の地を聖地巡礼するファンも、もしかしたらすでに存在しているかもしれない。〈滋賀〉といえば琵琶湖とひこにゃん西川貴教くらいしかイメージになかったが、これからはそこに成瀬あかりが加わる。「成瀬は天下を取りにいく」は、〈滋賀〉の魅力をもっと知りたくなる作品でもある。

本当に最初から最後まで面白くて一気に読んでしまった。そして、もっともっと成瀬あかりの物語を読みたくなった。彼女が大学生になり就職し、もしかしたら結婚して母親になったりもするかもしれない。どのような大人になるにせよ、〈成瀬あかり〉という存在は不変不動のような気がする。そこも含めて彼女の未来を知りたいと思っている。