タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

久禮亮太「スリップの技法」(苦楽堂)−“スリップ”とは本に挟まっている細長い紙のこと。書店員として培ったノウハウは、書店だけでなく他のビジネスでも通用すると思う。

 

新刊書には、書名や出版社名などが書かれた“スリップ”という細長い紙が挟まっています。ひと昔前までは、書店で本を購入するとこのスリップを書店で回収して売上の分析などに利用していたようですが、最近はPOSシステムの導入でデータ管理ができるようになっているので、スリップを回収しない書店も多くなっています。

「スリップの技法」は、あゆみBOOKSで書店員(店長)として働き、現在はフリーランスの書店員として、〈神楽坂モノガタリ〉という店で選書に携わったり、各地で書店員研修に関わるなどの活動を行っている著者が、自らが書店員として培ってきたスリップを活用したマーケティングや売り場づくり、その他様々な仕掛けを企画するためのノウハウをまとめた本です。

私のような読者の立場から読むと、あのスリップがこれだけ活用できて、そこからたくさんの仕掛けや成果が生まれることに驚きます。

 

本書は、入門、基礎、実践、応用の4つの章で構成されています。中でも、「第3章 実践」に久禮さんの経験と実践から生まれた〈スリップの技法〉がぎっしりと惜しげもなく記されています。

実践編は、スリップの活用を4つに分類して解説しています。

発注や補充、棚の入れ替えといった作業を忘れないようにする備忘録としての利用です。(A.備忘のために

スリップに、その本やその本に関連する派生本など気になることや思いついたことを忘れないように書き込んでおいて、そのメモから発注のタイミングや数量を判断したり、平台に並べる本の選書を考えたりするためのメモです。

別の書店員への業務連絡をスリップに書き込んでおく活用もあります。(B.業務連絡

書店によって営業形態は異なるでしょうが、朝から夜遅い時間まで営業しているお店の場合は、途中で書店員が交代することがあるので、早番と遅番の間での引き継ぎ事項をスリップに書き込んでおいたり、あるいは各担当同士での指示や連絡にもスリップが活用されています。

分類の3つめは、その本から連想される関連書籍や企画に関する思考を整理するための記録とすることです。(C.連想の引き金

スリップに書かれている書名や作者名から連想されることがあれば、その内容に関わらずメモとして残します。そのメモは、どこかのタイミングで深堀りされ、棚の配置や平台でのフェアなどの形で書店の販売戦略に繋がります。

4つめは、読書像を考える材料とすることです。(D.読者像を描き出す

書店で本を買うお客様の中には、数冊の本をまとめ買いする人がいます。私なんかもそういうまとめ買い顧客のひとりなのですが、書店からするとそういうまとめ買いのお客様の購買傾向に販売戦略のヒントを得ることがあるそうです。「こういう本を何冊か購入されたのなら、次はこんな本を求めるのでは?」とか、書店員としての視野では気づかないことをスリップから読み解くのです。

本書には、久禮さんが長く書店員を経験してきている中で考え、経験し、蓄積されたノウハウがすべて詰まっています。まさに書店員必携・必読の書なのだと思います。もちろん、書店員だけでなく、私のような読者の立場でみても、なるほど書店員さんはこういう視点で販売戦略を考え、私たち読者(顧客)のニーズを掴み、あるいは書店側から意図的に仕掛けを施しているのだな、といろいろ納得するところがありました。

本書を読み通してみて思うのは、ここに書かれているスリップの技法は、書店だけにとどまらず広くビジネスの中で応用できる技法だということでした。

お客様の残した痕跡から、その思考やニーズを読み取り、先回りして販売戦略を仕掛ける。商品の陳列など見せ方を工夫し、お客様の興味を広く受け止められるようにする。そうした取り組みは、基礎データなしに生み出すことはできません。その基礎データが、書店の場合はスリップとPOSシステムから見える各種データなのでしょう。その他の業界でも、同じようなデータが存在しているので、本書に書かれている4つの実践ポイントなどは十分に応用が効くのではないかと思います。

書店関係者だけではなくて、ビジネス書として広く読まれる本になると思いました。私も、会社の人たちに「年末年始に読んでおいた方がいい本」として、本書をオススメしたいと思います。