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「辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿」莫理斯(トレヴァー・モリス)/舩山むつみ訳/文藝春秋-祝・日本翻訳大賞受賞!香港版シャーロック・ホームズ、福邇の活躍を描くシリーズ第1弾

 

 

いまなにかと注目のChatGPTに「世界一有名な探偵小説はなにか」と尋ねてみた。以下がChatGPTの回答である。

世界で最も有名な探偵小説は、おそらくシャーロック・ホームズシリーズの第一作「緋色の研究」(A Study in Scarlet) が挙げられます。この小説は、アーサー・コナン・ドイルによって1887年に出版され、その後数多くの映画、テレビ番組、漫画、小説などの作品に影響を与えてきました。シャーロック・ホームズシリーズは、多くの言語に翻訳され、世界中で愛されています。

ChatGPTの言う通り、世界で一番知られている探偵はシャーロック・ホームズであり、ホームズ作品は世界中で読まれている。そして、探偵シャーロック・ホームズのスタイルを模倣したパロディ、パスティーシュ作品も世界中で数え切れないほど生み出されている。

本書「辮髪のシャーロック・ホームズ」もそうした“ホームズパスティーシュ小説”のひとつだ。しかし、ただのパスティーシュ小説とは一線を画すレベルの高い作品である。

アヘン戦争に敗北しイギリスに割譲された19世紀末の香港を舞台にした6つの短編によって物語は構成される。

血文字の謎
紅毛嬌街(フンモウギウガイ)
黄色い顔のねじれた男
親王府の醜聞
ベトナム語通訳
買弁の書記

ホームズ作品に詳しい読者ならそれぞれの短編がどの作品をリスペクトしたものなのかすぐにわかるのではないだろうか。しかし、その内容は単純に舞台設定を香港に移して登場人物の名前を中国風に変えただけなどというレベルではない。基本的なストーリーやコンセプトが原典をもとにしていても、キチンとオリジナリティのある作品になっている。

私はシャーロキアンではないので、原典のホームズ作品にそれほど詳しくないが、ある程度ホームズ作品を読んだ人ならそれぞれの作品の元ネタが何かはパッと思いつくだろう。また、キャラクターの設定や舞台設定もオリジナルへのリスペクトが感じられる。たとえば、ホームズにあたる福邇(フー・アル)とワトソンにあたる華笙(ホア・ション)が暮らす家はベイカー街221Bならぬ荷李活道(ホーレイウッドウ)二百二十一号乙にあるし、福邇と華笙がはじめて出会う「血文字の謎」で、福邇が華笙に「華先生は新疆の戦場でずいぶん手柄を立てたことでしょう。お怪我をなさったのは伊犁での戦ですか?」と話しかけて華笙を驚かせる場面は、「緋色の研究」でのホームズとワトソンの初対面時を彷彿とさせる。他にも、ホームズがコカインの常用するように福邇はアヘンを常用していたり、ストリートチルドレンを集めた『荷李活道義勇隊』を組織して情報を集めたりなどといった設定もこの作品を面白くさせている要素だと思う。何より著者がシャーロック・ホームズ作品をこよなく愛していることが伝わってくる。

私がこの本を手に取ったのは、本書が第9回日本翻訳大賞の最終選考候補作品に残ったからだ。正直に書くと、翻訳大賞の最終選考作品にあがっていなかったら読んでいなかったと思う。書店の店頭やネットの記事で見て多少興味は持ったかもしれないが読むところまではいかなかっただろう。そういう意味では、最終選考作品に残って手に取る機会を作れたのはよかったと思う。なお、このレビューを書いているのは2023年4月25日だが、前日の4月24日に第9回日本翻訳大賞の受賞作が発表され、本書が見事に受賞作に選ばれた。この場を使って訳者の舩山むつみさんと著者の莫理斯(トレヴァー・モリス)さん、関係者の皆さんにおめでとうございますとお伝えします。

訳者あとがきによれば、福邇シリーズは全4巻を予定しているとのこと。今回の日本翻訳大賞受賞を弾みにぜひシリーズ全作が翻訳出版されることを期待したい。