タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ゴーストダンス(スーザン・プライス/金原瑞人訳/サウザンブックス)-「ゴーストシリーズ」3部作完結。未熟な魔法使いシンジビスは、魔法の力で世界を変えられると信じた。だが、それは未熟ゆえの甘い考えだった。

 

 

もしも魔法が使えたなら世界を変えられるんじゃないか、と思ったことはないだろうか。悪政によって民を苦しめる独裁者の行動を魔法の力で良識ある行動に変えることはできないか、と考えたことはないだろうか。

スーザン・プライスの「ゴーストシリーズ」3部作の第3部となる「ゴーストダンス」では、若い魔法使いシンジビスが魔法の力で非道な皇帝の気持ちを動かし、圧政に苦しむ北の人々を救おうとする。シンジビスは、魔法使いとしてはまだ未熟だが、魔法を使えば皇帝を動かすことができ、北の人たちを助けられると信じている。だが、その考えが甘かったことを思い知ることになる。

物語は、皇帝の圧政に苦しめられている北の地の男たちが、助けを求めて老魔女のもとを訪ねるところから始まる。
「このままでは北の地は破滅してしまう」と訴える彼らに老魔女は言う。「世界は破滅したりしない。ただ変わるだけだ」

男たちが去っていくのを見送ったシンジビスは、老魔女に「皇帝に呪文かければいい」と自分の考えを告げるが、老魔女は「魔法使いなんてなんの役にも立たないんだよ」と諭す。そして、まだ見習いの魔法使いであるシンジビスに、自分が死んだら東に住んでいる妹のところへ行くように告げるのだが、シンジビスは老魔女の言いつけは守らず皇帝に呪文をかけるために都に向かう。

北の地を民を苦しめる皇帝とは、どのような人物なのか。皇帝は強大な権力を持ち、広大な宮殿で暮らしている。宮殿には大きな建物があり、皇帝のために働く人々がそこにいる。強大な権力を有する皇帝が求めるのは永遠の命だ。そこに漬け込もうとするイングランド人のジェンキンズであり、彼はクリスチャンという少年を使って、皇帝に悪魔の存在と命の水の存在を信じ込ませようとする。

皇帝の命令は絶対であり、彼の一言で人の命はあっさりと断ち切られる。シンジビスが宮殿にたどり着いたときも、まさにいま皇帝の怒りに触れたパヴェル卿を反逆者として公開処刑しようとしていた。

残虐な皇帝を呪文で操ろうとするシンジビスだが、その試みはことごとく裏目に出てしまう。目の前に引っ立てられてくる囚人たちに告げられる量刑は、軽くなることはなく、むしろ残虐性を増す結果になる。シンジビスは、皇帝を呪文で操るどころか、皇帝の黒い天使として、皇帝の守り人のような役回りとなってしまう。

悪逆非道であり、永遠の命を求め、常に疑心に満ち溢れ満足に眠ることもできないほど疲れ果てている皇帝。その弱みにつけ込み、皇帝を騙して一財産を稼ごうと目論むジェンキンズ。皇帝の気持ちを魔法で動かし、苦しむ人たちを救いたいと願う未熟な魔法使いシンジビス。物語は、この3人を軸にして進んでいく。自分の力では皇帝を変えられないと知ったシンジビスは、本物の魔法使いの力を求めて『死者の世界(ゴーストワールド)』へ向かう。それも、たったひとりで。

『死者の世界(ゴーストワールド)』は、「ゴーストシリーズ」3部作に共通して登場する世界であり、シリーズ全体のストーリーの方向性や位置づけを決定づける世界である。そこは、夢や希望に溢れる天国ではない。むしろ、暗くてジメジメした場所のように感じる。魔法使いにとって、生まれの地であり、終焉の地であり、試練の地である。シンジビスもこの場所で試練を味わうことになる。そして、現実を見ることになる。

クライマックスシーンは圧巻だ。そもそも「ゴーストダンス」はダークな物語だが、このクライマックスシーンはダークを通り越してグロテスクささえ感じられるような場面が展開される。それは、ファンタジーというよりもホラーのようだ。無残に命が奪われ、周囲には血飛沫が舞う。血の海と化した部屋にたたずむシンジビスの姿は猟奇的である。

こうして、「ゴーストシリーズ」3部作は幕を閉じる。巻末の訳者あとがきによれば、第4部にあたる「ゴーストスペル」という作品があるそうだが、これは3部作とはテイストの異なる外伝のような作品らしい。外伝だとしても読んでみたい。

3部作を読んでみて、金原さんがこの3作をすべて訳したいと思った理由がわかったような気がする。第1作の「ゴーストドラム」だけでもひとつの物語としては成立しているが、「ゴーストソング」そして「ゴーストダンス」を読むことで、より「ゴーストシリーズ」の世界観を知ることができ、3つの物語の繋がりが見えてくることで物語の奥行きが感じられるようになってくる。

万人受けするファンタジーとは言えないかもしれないダークな世界が描かれるシリーズだが、ダークであるからこそ見えてくるものがある。人間の心の奥底に潜んでいる邪悪なものやネガティブな感情が、確かに存在するのだということを「ゴーストシリーズ」3部作は描いているのだと感じる。

 

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