タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「マーダーボット・ダイアリー(上/下)」マーサ・ウェルズ/中原尚哉訳/東京創元社-とにかく楽しめる娯楽SF小説。手に汗握るアクションはもちろん、冷徹なマシーンであるはずの弊機の人間らしさにも注目してほしい

 

 

 

冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

上巻の帯にも書かれている一節は、物語冒頭の一文に登場する。自らを“弊機”と称する人型警備ユニットは、かつて重大事件を起こしたが、現在はその記憶は消去されている。ひそかに統制モジュールをハッキングして外部からのコントロール支配を脱し、自由を得た弊機だが、その後も人型警備ユニットとして稼働している。

「マーダーボット・ダイアリー」は、“弊機”が語り手として進行する4つの中篇で構成されるSF小説だ。上巻に「システムの危殆」と「人工的なあり方」の2篇、下巻に「暴走プロトコル」と「出口戦略の無謀」の2篇が収録されていて、それぞれが独立した中篇として完結している。4つの中篇は時系列に並んでいて、全体でひとつの長編にもなっている。

「システムの危殆」は、「マーダーボット・ダイアリー」全体のプロローグ的ストーリーだ。“弊機”がどのようなキャラクターなのか、どのような能力があるのか、などを記している。説明調にはなっていないので読みやすく、中篇として完結した面白さがある。弊機の語りで記されているので、マシーンであるはずの“弊機”から人間味が感じられ、読者が“弊機”に感情移入しやすくなっている。

弊機は、所属する“弊社”の統制モジュールをハッキングすることで、弊社の指示に統制されない自己判断のできる警備ユニットになっている。娯楽モジュールをハッキングして入手した連続ドラマや本、演劇の番組をみるのが楽しみで、特に連続ドラマ『サンクチュアリームーン』にハマっている。

「システムの危殆」の中では、弊社の契約によってブリザベーション補助隊としてある未開の惑星に派遣された弊機が、大きなトラブルに巻き込まれ負傷する。その後、ブリザベーション補助隊のメンサー博士が弊機の所有権を取得し、弊機は契約上も自由を手に入れる。メンサー博士から「好きなことを学んで、それをやればいい」と言われるが、

弊機は自分がなにをやりたいのかわかりません。これはどこかで述べたと思います。だからといって、やりたいことをだれかに教えられたり勝手に決められたりするのはいやなのです。

との思いから、メンサー博士のもとを離れる。(ここまでが「システムの危殆」)

メンサー博士のもとを離れた弊機は、ART(「不愉快千万な調査船:アスホール・リサーチ・トランスポート」の略。弊機がそう呼んでいる)という高性能なボットが制御している調査船に乗り込み、ARTの助言で外見を人間らしくする身体改造を行う。

弊機は、過去に起こした大量殺戮事件について、自分がなにをしたのか知りたいと思っている。

「不具合が起きて多量殺人を犯し、そのあとで統制モジュールをハックしたのか。それとも統制モジュールをハックしたから大量殺人を犯したのか。可能性はこの二つのどちらかです」

ARTは、弊機の考えを非論理的だと言い、考慮すべきは可能性は「そもそもその事件は起きたのか起きなかったのか」だと告げる。そして弊機は、事件が起きたとされるラビハイラル採掘施設Qステーションへ向かう。(「人工的なあり方」)

上巻に収録されている2篇で、もう一気に弊機の世界に持っていかれる。それが下巻に入るとさらに加速していく。

「暴走プロトコル」では、「システムの危殆」で弊機が巻き込まれた事件を引き起こしたグレイクリス社が、企業リム外のさまざまな惑星で同様の事件を起こしており、そこにはグレイクリス社のある企みが存在することがわかる。弊機は、ミキというペットロボットを連れたアビーン博士の調査隊に加わりミルー星のテラフォーム施設に潜入するが、そこでまたしてもトラブルに巻き込まれてしまう。

弊機の物語は、「出口戦略の無謀」でクライマックスを迎える。囚われたメンサー博士を救出するため、弊機は敵が支配するトランローリンハイファというステーションに向かう。絶体絶命ともいえる最悪のピンチを弊機はどうやって切り抜けるのか。メンサー博士を無事に救出することはできるのか。物語のラストを飾る最高のクライマックスシーンとそれに続くラスト。手に汗握る怒涛のアクションと次々と襲い来る敵との戦い。目まぐるしい展開は目を離すことができない。

極上のエンターテインメントSF作品だ。弊機のずば抜けた処理能力と怒涛の戦闘アクションシーンの連続は、読者を物語の世界に引き込んで離さない。アクションだけではない。読者は、“弊機”の成長にも目を奪われるだろう。冷徹なマシーンであるはずの弊機が、連続ドラマにハマっていたり、喜怒哀楽を身につけていったりするところは、子どもが大人に成長していくプロセスをみているような気分になる。弊機とARTやミキとの会話や出会い、別れからは微笑ましさや悲しみを感じるだろう。

とにかく面白い小説が読みたいということなら、本書は最適な選択肢だと思う。SF小説は苦手という人でも楽しめる作品だと思う。

「システムの危殆」で、「自分がなにをやりたいのかわかりません」と記していた弊機が、最後にはどのように成長しているのか。弊機の気持ちの変化にも着目して読むとより面白いと思う。