タカラ~ムの本棚

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「薔薇荘にて」A・E・W・メイスン/富塚由美訳/国書刊行会-『世界探偵小説全集』の第1巻。南フランスの避暑地で起きた殺人事件の謎をパリ警視庁の名探偵アノーが解き明かす

 

 

国書刊行会『世界探偵小説全集』は、1994年にスタートして全4期で48巻が刊行された叢書シリーズだ。1900年代初頭から1950年代の探偵小説を集めてたシリーズになっている。

「薔薇荘にて」は第1期シリーズの第6回配本で、全集全体での第1巻となる作品。原著は1910年に発表されているので、翻訳刊行当時で85年、現在では110年前の作品ということになる。

舞台は南フランス、サヴォワ県の温泉保養地エクス・レ・バン。引退した実業家のりカード氏は、夏をこの避暑地に長逗留して過ごすことにしていた。その年も、いつものように避暑地を訪れて〈花の館〉のバカラルームで時を過ごそうとしていたリカード氏は、バカラルームから出てきた若い女性に目を留める。彼女は、しきりに頭を動かしたり、ふさいだ様子で地面に目を落としたりしていて、いまにもヒステリーを起こしそうに見えた。数分後、バカラルームに戻ったリカード氏は、ゲームの胴元の青年を見て驚く。ハリー・ウェザミルというイギリス人は、若くして財を築いた人物で、彼と若い娘は親しい関係のようだった。娘はシーリアといい〈薔薇荘〉の女主人ドヴレー夫人の同居人だった。

数日後、ウェザミルがリカード氏のホテルに駆け込んでくる。〈薔薇荘〉でドヴレー夫人が殺害され、シーリアが姿を消したのだ。警察はシーリアを有力な容疑者として行方を追っているが、ウェザミルは彼女は潔白だと主張し、避暑地に来ているパリ警視庁の名探偵アノーに事件を捜査してほしいという。アノーと親しいリカード氏から彼にお願いしてほしいと頼みに来たのだ。こうして、アノーは事件の捜査に乗り出すことになる。そして、持ち前の観察力と推理力で事件の謎に迫っていく。

「薔薇荘にて」は、パリ警視庁の名探偵アノーとリカード氏のコンビが登場するシリーズの第1作であり、それまでは大衆小説作家として作品を発表していたA・E・W・メイスンがはじめて発表した探偵小説である。アノー&リカードのコンビは、シャーロック・ホームズとワトソン博士の関係である。アノーは、鋭い観察力と推理力を駆使して事件現場の違和感を察知し、目撃者や被害者の話の中から事件解明の鍵を見出す。ホームズと同様に皮肉屋で人を小馬鹿にするような言葉を投げつけたりする。リカード氏は、ワトスン博士の役回りで、それはつまり読者の視点を与えられた人物ということだ。ときおり、あたかも大発見したかのように自分が気づいたことや推理を披露するが、そのたびにアノーから一蹴されムッとしたりするところは、殺伐として事件の描く作品の中で笑いを誘う。

「薔薇荘にて」は、全21章で構成されている。第1章から第14章までが、事件の発生から捜査のプロセス、解決までを描き、第15章からはキーパーソンであるシーリアの証言などから事件の真相を明かされていく。

殺人事件が起こり、名探偵が捜査に乗り出し、現場の状況や目撃者の証言などから真相を推理し解決に導いていく。そういう探偵小説の王道パターンが本書でも描かれる。だが、巻末にある塚田よしと氏の解説(メイスン愛が溢れているので必読!)によれば、メイスンは探偵役のアノーをホームズのようなアマチュア探偵ではなく、パリ警視庁に属する設定にしたことで差別化を図ったと記している。アノーとリカードのコンビは、ホームズとワトソンのコンビのパターンを踏襲しているが、そのキャラクター造形にはメイスンなりの考えもあったようだ。

110年前の作品なので、当然古めかしい。展開も大きなどんでん返しがあるというわけでもなく、物足りないと感じるところもある。でも、それは欠点ではなく、むしろ安心して読めるということだと思う。

国書刊行会の『世界探偵小説全集』は、刊行当時に買ったまま積ん読状態になっていた(積ん読歴25年!)。これを機会に積ん読を解消してみようかと思っている。