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「仙童たち 天狗さらいとその予後について」栗林佐知/未知谷-天狗にさらわれた4人の子どもたち抱える苦痛。天狗はその苦痛から彼らを救ったのだろうか

 

 

ある日突然子どもが行方不明になる。子どもの神隠しを昔は『天狗さらい』といって、天狗が子どもをさらっていったと考えられていたという。平田篤胤の「仙境異聞」は、江戸文政年間に天狗にさらわれたといわれる寅吉という少年の記録である。

栗林佐知「仙童たち 天狗さらいとその予後について」にも、平田篤胤と寅吉の話が出てくる。「仙童たち」は、天狗さらいをテーマにした学芸員の学会発表音声の書き起こしと、天狗にさらわれたとされる4人の少年少女たちの物語を交互に描いている。

神奈川県ツルマ市立タンポポ台中学の1年生4人が学校の遠足で行った大山で行方不明になり翌朝発見されるという事件が起きた。行方不明になった4人の少年少女、仏沢せいじ、鯨川かんな、井戸口俊樹、堀江桂は、途中ではぐれてしまった理由について記憶がない子もいたが、中には「天狗につかまれて空を飛んだ」などと証言する子もあった。そして4人は、2年生に進級して同じクラスになる。ただ、接点はそれだけだ。たまたま一緒に遭難し、たまたま同じクラスになった。事実としてはそれだけ。それでも、どこかで4人は見えないつながりを持ち続ける。

4人の子どもたちはそれぞれに複雑な事情を抱えている。軽い知的ハンデキャップがある仏沢せいじ。母親からの強烈な圧力から字が読めなくなった鯨川かんな。父親のいない井戸口俊樹。母親からの過度な愛情にうんざりし大人の女性に憧れ裏切られる堀江桂。少年少女は、それぞれに何かしらの問題や悩みを抱え、それぞれに日々を生きている。彼・彼女が大山での事件を経た今、そして未来が4つの短篇によって描き出されていく。

4人の少年少女それぞれの物語をつなぐように挿入されるのが、「証拠物件 遺留品(ICレコーダー)の残された音声」だ。郷土資料館の学芸員クジラガワ・カンナによる『多摩西南地域の天狗道祖神-庶民信仰をめぐる一考察』と題する研究発表は、多摩西南地域に広く分布する石仏や庚申塚などの庶民信仰の遺物を調査研究した成果であり、その中で『天狗道祖神』が登場し、天狗の人さらいについて熱く語られる。

『天狗さらい』という非現実を題材にしているが、ひとつひとつの短篇に描かれる子どもたちの姿は知的ハンデキャップや家庭内暴力、過度な期待とそれにこたえられないことへの苦悩や重責からの逃避など、今の時代に生きる子どもたちが現実に抱える悩みや不安を映し出しているように感じる。

著者はあとがきで「衣食住の苦労こそない子どもたちの苦痛」を軸としていたと記している。4人の子どもたちは衣食住には問題がないが、それぞれにさまざまな苦痛を抱えている。『天狗さらい』は、彼らの苦痛を解消するために必要な事件だったのだろう。天狗にさらわれ、新しい人生観、新しい価値観を獲得した子どもたちは、その経験によって苦痛への対処を学び、成長して大人になっていくのだろう。

「仙童たち」における天狗とは、子どもたちの苦痛を理解し、正しい道へ導く大人の役割を示しているのだろう。現実の私たちは、『タマヨケ坊』のように子どもたちに正しい道を教えられる大人になれているのだろうか?