タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

パク・ミンギュ/斎藤真理子訳「三美スーパースターズ~最後のファンクラブ」(晶文社)-ラスト50ページに素敵な物語が待ち受けている。感動とユーモアが描き出す負け組たちの素晴らしき生き様。

 

275ページからの主人公とソンフンの会話で涙が溢れた。

パク・ミンギュ「三美スーパースターズ~最後のファンクラブ」は、「カステラ」や「ピンポン」で日本にもファンを増やしている作家のデビュー作になる。訳者あとがきにあるように、パク・ミンギュは、2003年に本書で第8回ハンギョレ文学賞を受賞し、同じ年に「地球英雄伝説」で文学トンネ新人作家賞を受賞している。同じ年に2つの新人賞を受賞したことで、一躍注目を浴びる存在となり、その後は「カステラ」、「ピンポン」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」と作品を発表している。

1982年に発足した韓国プロ野球で実在した〈三美スーパースターズ〉を題材に、1990年代後半に韓国経済に大打撃を与えた通貨危機に翻弄された韓国で生きた人たちを主人公に託して描いている。まだ少年だった主人公は、〈三美スーパースターズ〉を愛し、ファンクラブ会員としてチームを応援した。でも、チームは韓国プロ野球のお荷物になるほどに弱小チームで、とにかく負けてばかりだ。少しずつファンだった大人たちが離れていく中で、主人公と友人のチョ・ソンフンは、三美スーパースターズを愛し続けた。

本書は、負け犬たちの物語だと思う。三美スーパースターズという弱小プロ野球チーム、三美を愛し続け裏切られ続けたファン、三美を愛し裏切られ、一念発起して一流大学を出ても経済危機の真っ只中で馬車馬の如く働くことしかできなかった主人公。彼らはみんな負け組だ。だけど、彼らは何に対する負け組なのだろうか?

主人公は、三美スーパースターズの消滅をきっかけに猛勉強し一流の大学に入る。女性との出会いも経験し、一流企業に就職する。だけど、韓国経済は通貨危機の影響でどん底にあって、日々苦しい長時間労働と営業成績の低迷に対する罵倒が職場を支配していた。毎日のように誰かがリストラされ、残された社員たちも明日は我が身と不安に怯える。主人公も家庭を顧みず、すべてを捨てて会社のために働く。そして、家庭は崩壊し、リストラされる。

会社から弾き出され、家庭すら失ってしまった主人公は負け組だ。だけど、少年のころ一緒に三美スーパースターズを応援していたチョ・ソンフンが目の前に現れたことで、主人公の人生は一転する。ソンフンと再会し暮らし始めたことで、主人公は本当の生きる意味を見つける。

主人公が仕事を失ってソンフンと再会してからの物語は、この本でパク・ミンギュが一番書きたかったことなんだと感じる。一流の大学を出て、一流の会社に就職し、順調に出世していくこと。家族に恵まれて充実した人生を送ること。そんな幸福を基準にして、人生の『勝ち』や『負け』を決めつけることに意味なんてあるのかと、本書は私たちに問いかけている。

主人公とソンフンは、仲間を集めて野球を始める。それは〈三美スーパースターズ〉の野球だ。常識を外れた野球だ。それが、とても魅力的で楽しそうな野球なのだ。世間の常識を外れても、自分たちが楽しければそれでいいじゃないか。自分が楽しいと思えることを全力で楽しめば、それこそが人生の勝利じゃないか。

三美スーパースターズ~最後のファンクラブ」は、読者に希望を与えてくれる作品だと思った。

 

s-taka130922.hatenablog.com

 

s-taka130922.hatenablog.com

 

 

ケン・セント・アンドレほか/安田均編「ミッション:インプポッシブル~トンネルズ&トロールズ・アンソロジー」(書苑新社)-#はじめての海外文学 応援読書会参加レビュー。剣と魔法の世界を舞台に繰り広げられる異世界RPGアンソロジー

 

「ミッション:インプポッシブル」は、〈トンネルズ&トロールズ(T&T)〉の世界を舞台にした7つの物語が収録されているアンソロジーだ。

まず、〈トンネルズ&トロールズ〉というのが何か、を知っておく必要があるかもしれない。T&Tはいわゆる「ロールプレイングゲーム(RPG)」である。RPGというと、「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」がパッと思い浮かぶが、T&TはDQやFFの元祖みたいなものだと思う。

続きを読む

河田桟「馬語手帖~ウマと話そう」(カディブックス)-マジメに馬と話すための本

 

「馬と話ができたらな〜」

そんなことを考えたことがある人がどのくらいいるのかはわからないが、いろいろな事情で馬とのコミュニケーションを取らなければならない立場の人は少なからずいるはずだ。競馬関係者、牧場で働いている人、それから…まぁ、いろいろ。

河田桟「馬語手帖 ウマと話そう」は、2009年に馬と暮らすために与那国島に移住した著者が、馬たちと暮らす中で彼らとコミュニケーションを取るために、観察し発見した馬の言葉「馬語」について記した本だ。

続きを読む

北野勇作「水から水まで」(惑星と口笛ブックス)−摩訶不思議な世界を映し出す9つの物語

 

水から水まで (シングルカット)

水から水まで (シングルカット)

 

 

北野勇作「水から水まで」は、「水」からはじまって「水」に至る9つの掌編で構成されている。

ひとつひとつの掌編は、それぞれに独立した物語として読むこともできる。そして、9つの掌編が結びつき、「水」から「水」までの一連のストーリーが姿をあらわしたときに、物語はひとつの短編小説として目の前に立ち上がってくる。

続きを読む

【イベント】はじめての海外文学スペシャルイベントに参加しました!

11月から各地の書店で順次スタートしている『はじめての海外文学vol.3』フェア。そのフェアと連動したスペシャルなイベントが、12月17日(日)に開催されました。

f:id:s-taka130922:20171217140913j:plain


私も、『はじめての海外文学vol.3』フェアを応援するオンライン読書会書評コミュニティサイト「本が好き!」で主催している者として、このスペシャルなイベントに参加しないわけにはいきません。もちろん、行ってきましたよ!

#はじめての海外文学 vol.3応援読書会【本が好き!】

続きを読む

フランシス・ハーディング/児玉敦子訳「嘘の木」(東京創元社)-読み始めたらやめられない!ノンストップ・エンターテインメント小説!!

 

とにかくやたらと評判がいい。

フランシス・ハーディング「嘘の木」のことだ。プロの作家、翻訳家、書評家からアマチュア書評家にブロガーと、私が確認している範囲でこの作品を酷評しているのは見たことがない。2017年最高傑作という声もある。

「嘘の木」はファンタジー小説だ。といっても、ハリー・ポッターとかナルニア国とか、そういう王道のファンタジーとは異なる。ファンタジー小説ではあるけれど、ファンタジー色よりはミステリ色が強い。そして、そのミステリ小説としてのストーリーが評判に違わず本当に面白いのである。私は、週末の夜から読み始めたが、寝る時間になっても読むのをやめられず結局徹夜して読み通してしまった。本を読んで徹夜したのはずいぶんと久しぶりである。

簡単にストーリーを。

続きを読む

フランチェスカ・リア・ブロック/金原瑞人訳「“少女神”第9号」(筑摩書房)−なぜ今までこの作家の作品を読んでこなかったのか!と遅まきながらリア・ブロックの魅力にハマっている。

 

なぜ今までこの作家の作品を読んでこなかったのか!

10月のやまねこ翻訳クラブの創設20周年記念イベントで紹介されていたフランチェスカ・リア・ブロック。先日は〈本が好き!〉の「祝! #やまねこ20周年 記念読書会」に合わせて、「ひかりのあめ」(金原瑞人、田中亜希子(やまねこメンバー)共訳)を読み、リア・ブロックという作家の存在と作品の面白さを知ることができた訳だが、今回「“少女神”第9号」を読んで、さらにその思いを深くし、冒頭の叫びへと繋がるわけである。

s-taka130922.hatenablog.com

 

続きを読む